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福岡県うきは市 田籠 平川家
Tagomori Hirakawake,Ukiha city,Fukuoka

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うきは市浮羽町大字田籠388-1 平川家住宅(福岡県浮羽郡浮羽町) 主屋 重文 近世以前/民家 江戸後期 文政3(1820)以前 正面14.9m、側面10.0m、コの字形寄棟造、茅葺、背面庇附属、竹葺 19710622
うきは市浮羽町大字田籠388-1 平川家住宅(福岡県浮羽郡浮羽町) 納屋 重文 近世以前/民家 明治 明治 桁行5.9m、梁間3.9m、寄棟造、妻入、茅葺 19710622


Jan.18,2017 田中康平

福岡県うきは市浮羽町新川及び田篭

国指定重要伝統的建造物群保存地区:うきは市新川田篭、 選定年月日:2012.07.09(平成24.07.09)

筑後川支流隈上川沿いの新川及び田篭地区には江戸ー明治期の山村の原風景が維持されており一見の価値がある。石垣で組まれた棚田も美しい。

国指定文化財等データベース解説文:うきは市は、福岡県南東部に位置する。市域北端部には、筑後川が蛇行しながら東から西へと流れ、その流域に筑紫平野が広がる。筑後川の支流のひとつである隈(くまの)上(うえ)川は、うきは市南東部から市域を二分するように北西に向かって流れる。隈上川上流側は田篭地区、その下流側は新川地区とし、河川に沿って集落が分布する。
 新川地区及び田篭地区は、近世の新川村及び田籠村にあたり、元和(げんな)6年(1620)から江戸時代末期までは久留米藩の統治下にあった。当地では、江戸時代には灌漑施設が整備され、農地の開拓が進められ、こうした開拓は昭和30年代まで続く。
 うきは市新川田篭伝統的建造物群保存地区は、新川地区の本村(もとむら)及び分(ぶん)田(だ)並びに田篭地区馬場、日(ひ)森園(もりぞの)、中村及び注連(しめ)原(ばる)の六集落にまたがる隈上川両岸の延長約5,800メートルの区域に、同じ谷筋にある田篭地区の美住(びじゅう)を加えた面積約71.2ヘクタールの範囲で、河川、道、宅地、水田、井手を中心に構成される。
 保存地区では、灌漑施設として隈上川に堰を設けて取水する井手が各所でみられ、細長い形状の棚田と10軒から30軒程度にまとまった集落が分布する。水田や宅地は石垣で築かれ、これらの石垣が川に沿って階段状になっているのが特徴的である。
主屋は基本的に南向きに建ち、主屋前面は農作業のためのツボ(前庭)とされる。このほか納屋、土蔵、小屋などが建つ。
 うきは市新川田篭伝統的建造物群保存地区には、耳(み)納(のう)山系の山間部、隈上川沿いの谷筋に、井手を利用して稲作を営んでいる集落が分布する。近世以降の寄棟造(よせむねづくり)の茅葺の主屋や、明治時代以降に普及した入母屋造(いりもやづくり)の瓦葺の主屋が良好に残り、宅地や棚田をなす石垣、社殿、辻堂(つじどう)、石造物、樹木、河川等と一体となって特徴的な歴史的風致を形成しており、我が国にとって価値が高い。

平川家住宅 国指定重要文化財(建造物)重文指定年月日:1971.06.22(昭和46.06.22)

国指定文化財等データベース解説文:福岡県筑後川流域から佐賀県にかけて、凹字形の屋根をもつ「くど造り」の民家が分布する。 平川家住宅は前谷型の「くど造り」民家の整備されたもので、規模も大きい。 主屋と並んで納屋も遺存し、正面に妻が三つならぶ外観は福岡県南部の地方色豊かな民家である。

全体景観
                  

平川家住宅
                     

諏訪神社
             


May 2011 瀧山幸伸 HD video

A camera


              

B camera

           





Dec.2008 瀧山幸伸 HD video

             

                  


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