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福岡県柳川市 戸島家

Toshimake,Yanagawa city,Fukuoka

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October 26, 2019 野崎順次 source movie

福岡県柳川市鬼童町49-3

旧戸島家住宅

城内地区の西端、鬼童町の一角に、旧柳川藩士の隠宅として建てられた数寄屋風の意匠を持つ葦葺屋根の建物が、堀割から水を引き入れた池を持つ国の名勝庭園と併せて趣のある空間を形成しています。内部には、江戸後期の流行を反映して随所に文人趣味の意匠がみられます。

(柳川市観光案内所ウェブサイトより)

立花氏庭園から歩く。

           

パンフレットと現地説明板

    

県文 主屋 寛政年間(1789~1800)または文政11年(1828)

建物外部

                              

この亭は萱葺入母屋の平屋建築であるが、外側に回り縁がつき、その中に細長く三畳が三間あり、さらに朱塗障子の内に四畳半の茶室があって、これに附書院、床、棚と並んでいる。そしてその内側にまた三畳二間があり、左が水屋になっている。この茶亭は大津市堅田の居初家のものに似たところがあって、なかなか風雅でよく出来ている。

(重森三玲「日本庭園歴覧辞典、昭和49年」戸島邸庭園より)

建物内部、玄関の6畳

        

寝室

    

仏間

     

仏間北の間

      

茶室

     

なかのま、次の間

    

座敷(4畳半)と入側

            

国名勝 戸島邸庭園 江戸末期 池泉鑑賞式

この書院の前庭が池泉鑑賞式の庭園であるが、面積は約二百坪前後である。そしてこの池庭は、ずいぶん特色のある地割をもっていて、向かって左方奥部の山畔に軽く滝を設け、その付近から曲水的な線を盛って前に出て、さらに一度左に曲がり、またまた右に細長く作られていて、江戸末期池庭の地割としては他に例を見ない独自な作庭である。これはむしろ元禄期に出現する流水亭などに見る地割であって、この地方としても珍しい作風を示している。しかもその曲水式の線が極めてなだらかであり、本邸から軽く勾配を作ってこの池畔に下るあたり、江戸初期明暦頃の作風を模している。

そしてまた、この池畔の建築側と、さらに左方の出島とには、栗石敷を見せ、仙堂御所の栗石敷を小規模にしたような景観とされていて、九州地方のみでなく、全国的にみても、江戸末期の庭としては、まことに珍しい存在である。

この池庭には掘割の水が利用されている。全体的に軽快で明朗な庭相を表現している関係から、石組は正面の対岸のところに二石組のものと雪見燈籠を配し、奥部にも二石組の石組が二ヶ所見られる。そして池の中央には沢渡が打たれていて、対岸に渡ることが出来る。

池中には二個の岩島があるだけで、水は軽く流れを見せている。植栽としては左に日月梅と松を配し、前方には大刈込籬をもって背景としてある。そのあたりは、やはり一種の文人好みである。

(重森三玲「日本庭園歴覧辞典、昭和49年」)戸島邸庭園より)

                              


Dec.2014 瀧山幸伸

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Dec.2005 瀧山幸伸 source movie

  

柳川藩で中老職などの要職についた吉田舎人兼儔が隠居後の住居として建築したもの。

寛政年間(1789〜)に築造され,その後藩公の茶室となっていた。

建物は県文化財、庭園は国の名勝。

建物内部は上品で、三日月の意匠、障子、襖、潜り戸、欄間など、女性好みの美的なしつらえ。たいそう居心地が良い。

庭園もこじんまりとして、建物と調和する。

このように美しく快適な空間は全国的にも珍しい。

茶室というのは表向きで、別邸の奥の間のような利用目的だったのではなかろうか。

                                 

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