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岐阜県美濃市 美濃市街 
Mino downtown,Mino city,Gifu

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うだつの商人町。古い建物を動態保存活用する新しい試み
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Mar.9,2017 中山辰夫

日本の中心部または岐阜県の中心部に位置し、美濃和紙の産地として有名である。
「うだつのあがる町並み」として知られる市街地は1999(平成11)年5月13日に国の重要伝統的建造物群保存地区として選定された歴史的風致の街である。
案内
         

豊富で良質な地下水と良質な楮{コウゾ)が得られるこの地は、古代から良質の美濃紙の産地として1300年の伝統と技術が受け繋がれており、2014(平成26)年にユネスコ世界無形文化遺産に登録された。
 

主要な産地「槇谷」は牧渓郷とも呼ばれ、周囲を山塊にかこまれた平地の少ない農作に不向きな地であったが、、豊富な地下水に恵まれ、「津保草」と呼ばれた良質の楮が周辺に栽培されたこと、中世後期に、美濃藩守護土岐氏の産業振興策により、美濃和紙の生産が保護されて、主要産地に発展した。
牧谷(古くは牧渓郷といわれ、板取川の清流と豊富な地下水が流れる)
 

江戸時代の初め、「うだつの上がる町並み」は城下町であった。長良川の左岸の小倉山城の築城に合せて造られた城下町は、二筋の大通りを中核に明治時代から大正、昭和にかけて継続され、その中核が重要伝統的構造物保存地区として、守り伝えられている。
1606〜11(慶長11〜16)年の僅か6年間、城下町であった。
新たなまちづくりに取組んだ金森長近は、上有知(こうづち)を商業の中核とするため、美濃紙を礎に城下町を発展させた。湊の開港で水運の貢献もあった。
金森家断絶後、幕府直轄領、尾張藩領となり明治維新を迎え、城下町上有知、商業町上有知、美濃町へと変革した。

上有知は美濃紙により繁栄し、幕末から明治、大正、昭和初期に最盛期を迎えた。その象徴であるうたつの上がる町並みが今に引継がれている。
小倉山展望台からみるうだつ町並み
 

「うたつ」は元来火災の際の防火壁であった。城下町から商業町に発展する過程で、防火壁の機能と共に商人の権威の象徴としての意味を含むようになった。
鬼瓦、破風瓦、懸魚瓦、軒桟瓦で豪華に飾られたうだつは、江戸時代後期から1872(明治5)年に掛けてつくられ19棟が今も残っている。
同じ家でも二種類かかる(小坂家)
  

うだつの上がる町並みは江戸から明治にかけて度々大火に見舞われた。屋根神様と呼ばれる火伏せの神様である秋葉様や津島様を祀り、安泰を願った。防火への意識が高い。
    

町並みの商家の多くは、時代の変革と供に業種を変えて営まれ、今も活気ある商家、商店が集まり、残っている。


旧名鉄美濃線美濃駅

本屋   国登録有形文化財
          
1911(明治44)年から1999(平成11)年まで90年間にわたり、名鉄美濃町線は市民の足として親しまれてきた。
美濃電気軌道鰍ェ開設した鉄道により、美濃紙や楮(楮:こうぞ)などの原料輸送が飛躍的に改善された。
美濃-新関間の路線廃止に伴い、歴史ある駅舎を整備し、美濃町線にゆかりのある「モ512号」「モ601号」「モ593号」の路面電車3両及び電車に関するパネルを展示している。
近代軽便鉄道の特徴を今に残しているターミナル型の駅本屋で、南面にプラットホームが取り付き、東妻面に待合室出入口を開ける。
切妻造、下見板張の外壁と正面東妻綿には木骨を装飾的に配している。


長良川鉄道美濃市駅プラットホーム及び待合所  

国登録有形文化財
          
建築:1933(大正12)
プラットホーム;石造、延長:98m、上棟2棟及び階段用上層付
待合所:木造平屋建、スレート葺、建築面積:20u
駅舎の南側に位置する。延長九八メートル、側面玉石積の直線状構造物で、両端をスロープ状とする。
ホーム上には桁行6.4m、梁間3,2m下見板張の木造待合所一棟、古レールでつくった上屋二棟及び木造階段室を設け、歴史的な鉄道景観を創る。


旧美濃町産業会館   (現・美濃和紙あかりアート館)
美濃市本住町1901−3

国登録有形文化財
      
美濃町信用購買販売利用組合が建設。桁行22m梁間11m規模,切妻造の木造総2階建で,外壁は腰タイル張、上部下見板張とし,正面の軒下には瓔珞飾りを付ける。窓の‡26979;と窓台を繋げてほぼ全周に廻し,水平線を強調した外観意匠に特徴がある
伝統の美濃和紙を使ったあかりアート作品を展示している。


小坂家住宅

国重要文化財

美濃市内には江戸時代に建てられた商家が十数軒現存している。その中で代表的なものが小坂良治家である。
1772(安永元)年頃の尾張藩政下から酒造業を営み、もとは「杉本屋」と称された。

1983(昭和58)年、半解体修理が行なわれた。
その結果、主屋入口に打ちつけられた祈祷札の一番古いものが1773(安永2)年であり、主屋背後の酒倉の二階柱の1772(安永元)年の墨書、製麹室の屋根瓦の明和9年(安永元年)の箆書(へらがき)などにより、その頃の建築と推定された。
   

うだつ造りの代表的な商家で、主屋は間口六間、奥行八間半、うだつは両妻と中央(現在は表側棟際を残すだけ)の3本あり、屋根は前面に起り(むくり)をもつ優美な姿、桟瓦葺の珍しい形式である。

江戸時代から続く酒屋の店構えもよく保存され、美濃地方商家の代表的遺例として、1979(昭和54)年2月、国の重要文化財に指定された。
 

この建物は、明治初年の小坂家再興の時に修理改造され、その時に内部が吹き抜けとなり、二階には見張り間が設けられ、さらに明治20年頃に大改造し、二階座敷等を設けてほぼ現在の姿となった。

特長のある屋根部−むくり〜煙出し・中うだつ〜袖うだつ
            

酒造場−奥は深い
ここでは銘酒「百春」を醸造している。庭に敷かれた二筋のレンガ、かっては大八車や荷車が通った。
                   

展示のひな
    

参考資料<美濃市HP>

小倉山
                      


上有知湊 (こうずちみなと・川湊灯台)
美濃市港町

交通の変遷と美濃市の繁栄に貢献した歴史を語る貴重な史跡として、灯台をふくむ一帯の地が県指定史跡となっている。(市HPより引用)

県有定史跡、長良川の上有知湊に建てられた灯台、幕末に建てられた。
      
長良川畔の上有知湊(こうずちみなと)は金森長近によって開かれた湊である。
長近は関ケ原戦の功によりこの地を加封されると、小倉山城を築き、低地にあった上有知の町を丘上に移して、城下町上有知の町造りを行った。
さらに町の繁栄策として六斎市(ろくさいいち)を開かせ、物資運送の玄関口として上有知湊をひらき、番船40艘をおいて長良川下流への舟運の拠点とした。
上有知湊は江戸時代から明治時代末年までこの地方の物資の流通、交通の中心として繁昌したが、明治44年、電車の開通によって全く廃れてしまった。

今はわずかにかつての上有知湊を象徴するかのように川畔に建つ高さ9mの長良川湊灯台と舟着場への石段、舟運の安全を祈るために1818(文化10)年に奉祀された住吉神社、石灯籠などが昔を物語る姿をとどめるだけである。(市HPより引用)
長良川
  


美濃橋

美濃市曽代・前野

国重要文化財

小倉山の西方を湾曲して流れる長良川にかかる
      
長良川を渡る真っ赤な橋は、現存する日本最古の近代吊り橋で1916(大正5)年に竣工された。
    

この吊り橋は、日本最大級の支間を実現した吊り橋として、歴史的価値の高い近代建造物。2001年(平成13年)に土木学会選奨土木遺産を受賞
橋長113m、支間116m、幅員3.1mの単径間補剛吊橋で、人・自転車専用。
両岸に据えられたアンカーレイジに、鉄筋コンクリート造の主塔から吊るされた主ケーブルを碇着し、吊ケーブルで支持された橋桁を鉄骨トラスで補剛されている。
        
参考資料<美濃市HP・ほか>




Apr.16, 2012 川村由幸

名称:美濃うだつのあがる町並
所在地:岐阜県美濃市

重要伝統的建造物群保存地区に指定されている美濃市。
町並もよく整備され、保存状況もよく歴史をうまく残していました。
もう一つのうだつのあがる美馬の町並と比べてもずっと状況が良いと感じました。

                                                               

 

 


Apr.2010 撮影:高橋久美子

                                                                                                                                   



July 2009 撮影:瀧山幸伸

美濃橋付近 HD video

                                       
                                             




Jan.2008 撮影:及川政治

       


                                


Apr. 2008 撮影:瀧山幸伸 AVCHD video Video FAQ

美濃和紙で有名な美濃の町は「うだつの上がる街」としても有名だ。この街並は、平成11年(1999)国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
街の歴史は、慶長5年(1600)の金森長近によるもの。歴史は比較的浅いが、地理を活かし舟運の要所として和紙などで商業が発展することとなった。
街並は調和がとれているが、よく見ると、各戸のうだつや瓦の形状が微妙に異なり、各戸が個性を競っていたことがうかがえる。特に小坂家のうだつは圧巻。
場所柄、和紙の店、和紙を使った洋服の店など、和紙のフィーチャリングが目立つ。
美濃和紙あかりアート館もぜひ訪問したい。二階には芸術家の和紙照明作品が並ぶ。和紙のインテリアは洋風の部屋にも調和する。もっと評価されてよいのではなかろうか。

 

                

    


小坂家
Kosakake
                                 
         


紙遊
See you
               


                    

今井家
Imaike

庭園の水琴窟は、日本の音風景百選に選定されている。
     


     

     

           

  

        

岡専旅館
    

   

美濃まつりの準備
       



美濃和紙あかりアート館
Mino paper akari art museum
Apr.2008 撮影:瀧山幸伸 AVCHD video Video FAQ

                            



Nov.2003 撮影:瀧山幸伸 Preview video 500Kbps Hi Quality


  

今井家
 


小坂家
   

  

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