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兵庫県神戸市北区 箱木家住宅

Hakogike,Kitaku,Kobe city,Hyogo

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神戸市北区山田町衝原字道南1-4 箱木家住宅(兵庫県神戸市北区山田町) 主屋 重文 近世以前/民家 室町後期 室町後期 桁行11.4m、梁間8.4m、入母屋造、茅葺 19670615

神戸市北区山田町衝原字道南1-4 箱木家住宅(兵庫県神戸市北区山田町) 座敷 重文 近世以前/民家 江戸中期 江戸中期 桁行9.0m、梁間5.8m、入母屋造、茅葺 19670615


April 22,2023 大野木康夫 source movie

全景

  

主屋(重要文化財)

                                     

主屋と座敷の取合

  

座敷(重要文化財)

                      


Mar.16, 2013 大野木康夫 source movie

所在地 兵庫県神戸市北区山田町衝原字道南1-4

箱木家住宅は北神の西北部、呑吐ダムによってできたつくはら湖の東岸に位置しています。

元あった場所はつくはら湖の湖底に沈み、昭和54(1979)年に現在の位置に移築されました。

主屋は十四世紀に建てられたという、極めて古い民家で、「箱木千年家」と呼ばれています。

 

土蔵(展示室)

  

主屋と座敷は江戸時代の末に一つの建物のように繋がれましたが、移築の際に元の形に分離されました。

         

主屋(重要文化財)

室町後期の建築

桁行11.4m、梁間8.4m、入母屋造、茅葺

茅葺屋根が非常に低い位置まで伸びています。

指定時(昭和43(1968)年)は室町後期とみられていましたが、移築時にもっと古かったことが判明しました。

                                            

主屋と座敷の取合い部分

      

座敷(重要文化財)

江戸中期の建築

桁行9.0m、梁間5.8m、入母屋造、茅葺

                              


Feb.2012 酒井英樹

 撮影:2011年10月

 箱木家は兵庫県神戸市北区にある山田の集落に位置する。元禄年間にはすでに「千年家」とよばれていた。

 近年、ダム建設にともない水没地域に位置していたため、200m程離れた現在地に移築された。

 

 建築後しばらくして主屋の西隣に別棟が建てられ、1〜2度ほど建て替えられた後18世紀初めごろ、現在の離れ座敷が作られた。

 19世紀に入ってからこの座敷と主屋は間に部屋を設けて連結され、1棟の大屋根がかけられ、ダム建設による移築までその姿を留めていた。

 移築の際の調査で旧態が判明し、それを基に移建後は室町期の姿に復元されている。

 主屋は桁行5間、梁間4間であるが、柱間の寸法はばらついている。入口から見て左側半分以上を土間として、左側床上は表がわ1室、裏側2室の3間取り型となっている。

 箱木家住宅は日本最古の民家であるが、比較的保存状況がよく、中世の民家を具体的に知ることのできる貴重な遺構である。

<主屋>

 正面11.4m、側面8.4m、入母屋造、茅葺

 前座敷広間(3間取り)型、開口部の少なく閉鎖的、中世農家の貴重な遺構

 室町時代後期

     

《主屋内部》

 

<座敷>

 正面9.0m、側面5.8m、入母屋造、茅葺

 江戸時代中期

     


Aug.2009 撮影/文: 野崎順次

兵庫県神戸市北区山田町衝原

日本最古の民家

重要文化財 

箱木家は地元の豪族、別所氏に仕えたとされ、後に庄屋になった一族である。

「おもや」と「はなれ」があり、「おもや」は室町時代後期に建てられたようである。

近世初期から「千年家」と呼ばれていた。

当初から部材で残っているのは柱6本、桁、梁、貫などで、放射性炭素年代測定の結果、柱(松)は1283〜1307年(鎌倉時代後期)に伐採されたという。

江戸時代中期に「おもや」と隣接した「はなれ」の改築が行われ、江戸時代末期に「おもや」と「はなれ」を連結し、屋根を広げて一つの家屋とした。

ダム建設による水没のため、1977〜79年にかけて現在地に移築したが、「おもや」と「はなれ」を別棟とした。

アプローチ。

三宮から六甲山を貫通する北神急行電鉄で谷上駅で出て、神戸電鉄で一駅戻ると箕谷駅である。

ここからバスで衝原まで15分。三宮からうまくいけば、1時間かからない。

バスの乗客は老人二人だけで志染川(加古川の支流)に沿って水田の中を走った。

         

パンフレットと箱木家住宅の入口。

      

「おもや(母屋)」の外観。

入母屋造りで非常に厚い(約40cm)茅葺きの屋根に覆われており、竪穴式住居と日本家屋の中間と思われる。

軒が低く、室町時代の居住者の身長は150cmくらいか。

小さな窓には土壁の小舞(こまい、下地材)を露出させて格子としている。

                 

中に入って天井を見上げると、丸太と竹で茅葺き屋根を構成している。

       

「おもや」の内部は「にわ(土間))と床上部にわけられ、床上部の広い部屋は、囲炉裏のある「おもて(客間兼居間)」である。

カンナがまだ発明されていなかったので、板類の表面はすべて手斧(ちょうな)で仕上げられている。

丸みを持って規則的に凸凹し、なかなかよい。

柱は広めに面取りされている。

                

「おもて」の隣は「だいどこ(台所)」で、その奥の暗い小さな部屋は「なんど(納戸)」である。

「なんど」といっても寝室である。

         

「どま (土間)」には古い生活道具が陳列されている。古い竈(かまど)、流し、厩(うまや)が見られる。

               

「はなれ」は江戸時代中期に改築され、「おもや」と同じく入母屋造り、茅葺きである。

                  

土蔵は資料館で、縮尺模型、発掘遺物などを展示する。ツバメの巣があった。

             

 

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