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金沢 本泉寺
Kanazawa,Honsenji

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June 2010 柚原君子


June 2010 撮影:中山辰夫 

二股本泉寺

金沢市二股町子8

JR森本駅から約11km、バスも回数が少なく、車でないと難い所にある。
かつては製紙業が盛んだったが、今は数軒しか従事していない。
瑞泉寺に50年ほど遅れて建立された。弟分的な関係にあるとのこと。

20〜30段の石段を登ったところにある山門は、中々のものであった。
山門は登録有形文化財である。

境内は結構な広さで、本堂の奥に庭園がある。
相当な歴史を感じさせる佇まいであった。

金沢市東部、医王山の麓に位置する二股町にあって、二股御坊とも称される。
嘉吉2年(1442)本願寺六世巧如の第3子で、越中井波瑞泉寺二世如乗(にょうじょう)が開創した寺で、天文14年(1545)、現在の金沢城本丸付近に尾山御坊が建てられるまでは加賀三カ寺の一つとして真宗勢力の中心だった。
天正年間、佐々成政の兵乱にあって堂宇が消失したが、加賀藩三代藩主前田利常により再興された。

山門
一間一戸の二重門である。入母屋造、桟瓦葺 文政6年(1823)の建立 豊富な装飾が特長

手水舎
国指定登録文化財:基準 造形の規範となっているもの
構造:木造、瓦葺 面積5.7u
建築:明治5年(1872)
本堂前方南東寄りに建つ木造桟瓦葺の手水舎。
断面六角形の柱3本を内転びに立て、アーチ式の梁を渡して丸桁えを支える。
屋根棟頂部には棒子状の石を据える。大工石崎清左衛門の手になり、明治初期の新しい建築様式への取組みを表す独特な遺構である。

本堂
2〜3年前からガラスで風雪を防御している。

式台(お座敷)
座敷の区割りがしてある。行事の際に使用する。

参詣所
奥に廟所があり、ここでお参りをする。

庫裏


二俣本泉寺九山八海の庭
ふたまたほんせんじくせんはっかいのにわ

県指定名勝 昭和45年11月25日指定
 室町時代
 金沢市二俣町子−8、子−9
 指定面積 808平方メートル

当寺は、本願寺蓮如の叔父宣祐(如乗)によって、嘉吉2年(1442)に開かれたと伝えられ、次いで蓮如の子の蓮乗・蓮悟が住した。
蓮如は、宝徳年間(1449〜1452)に初訪。約20年後の文明3年(1471)に再び訪れ、この時、本庭を造園したとされる。
庫裡の北背面山麓に池を掘り、阿弥陀如来の浄土世界を象って、池中に六ヶ所の岩島を配し、自ら「九山八海」と名づけたと伝承される。
室町期の典型的な庭であり、蓮如意匠の原型をとどめる数少ない庭の一つで、県下最古の中世庭園といえる。

きりたつ崖岩を背後に、池泉が掘られ、池中に大きな岩石の配石、年輪を重ねた御手植の檜の巨木、陰陽一対となす御硯石と御背比石、その間にある御腰掛石など、素朴で力強い表現となっている。
池泉の西岸の部分の護岸が、池の護岸の手法とあまりにも異なっていることから、池泉は庫裡の北正面に今よりずっと広がっていたように思われる。 
(昭和60年「石川県の文化財」より)

室町時代に京都では、僧侶による作庭が盛んに行なわれ、我が国の代表的庭園として数多く残されている。
このころ九山八海の手法は金閣寺を始めいくつかの庭園で用いられた。
蓮如上人は布教の折にこまめに建物を修理し、作庭したので蓮如上人作と伝えられる庭園が各地にある。
応仁の乱で荒廃した京都の西芳寺も修復した。


Jun 2010 撮影:瀧山幸伸 HD video

A camera


B camera





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