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石川県金沢市 兼六園
Kenrokuen,Kanazawa city,Ishikawa

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水戸偕楽園、岡山後楽園と並ぶ日本三庭園の一つ。
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Nov.18,2016 瀧山幸伸

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June 2012 川村由幸

所在地:石川県金沢市丸の内
訪問日:2012.06.6

霞ケ池のまわりのカキツバタとつつじがとてもきれいでした。
                          






May 2012 大野木康夫 HD video

April,2012 撮影

早朝開放

                       

開園中

                     

金城霊澤

  

広坂

  




June 2010 柚原君子

                               

 


June 2010 川村由幸 HD video

    
                                            


June 2010 撮影:中山辰夫 

金沢市兼六園町1−1

文化財指定庭園 特別名勝
江戸時代の代表的な林泉回遊式大庭園の特徴をそのまま今に残している。

金沢といえば兼六、兼六といえば金沢と、兼六園は全国的に有名である。
一度でも訪れた人の脳裏には、雪吊りとともに園のシンボルである琴柱燈籠(黴軫燈籠)が深く刻み込まれている。
季節ごとに咲く花もことなる。今の時期は新緑の中に、つつじの紅とあやめの薄緑がソフトで優しい雰囲気作りをしていた。

兼六園のスタートは5代藩主綱記の時代、延宝4年(1676)の頃とされる。場所は金沢城に面した傾斜地で、今の蓮池門をはいった所辺りとされる。名前も蓮池庭だった。

宝暦7年(1759)の金沢大火で蓮池庭も背反焼失した。11代藩主が復興に着手し、安永3年(1774)いまの夕顔亭や翠滝(みどりたき)を築造した。
文政5年(1822)12代藩主・斉広が豪壮な隠居所―竹沢御殿を建てた。その庭には辰巳用水を取り入れて曲水をつくり、石橋を架けた。
完成時に、奥州白河藩主・松平定信に庭園の命名を依頼し、「兼六園」という名を付けてもらった。
「兼六園」のいわれは、中国の宗の時代の有名な詩人・李格非が「湖園」という名園を推奨した時に表現した「宏大・幽遠・人力・蒼古・水泉・眺望が全部揃っている庭」という意味を含んでいる。「六要素揃った庭」として命名したとされる。

名前が素晴らしいだけに、美しくこの庭を保つ苦心はとても書きつくせないものがあろう。
樹木には寿命がある。日常の管理だけでは解決できない。将来を見据えての跡継ぎの樹木の確保などにも目配りが必要と管理のご担当が話されていた。
   

花見橋
結婚式を終えたカップルと出会った。瞬間、庭園の一角があつく燃えた。ここから眺める花は見事である。桜・ツツジ・カキツバタが花をつける今頃が特に美しい。

       

辰巳用水取入れ口上の山崎山と御亭の佇まいが素晴らしい

  

噴水
上にある霞ケ池を水源とし、自然の水圧で噴出している。通常の水の高さは3.5mで、池の水位の変化で変わる。
文久元年(1861)金沢城二の丸の居間先に噴水が上がっているが、兼六園の噴水はその試作といいわれる。日本最古とされる噴水である。

 

根上松

     

七福神山と景色と曲水が妙
園内を流れる曲水の豊かな水は、1631年の寛永の大火の翌年、3代藩主・利常の命により町人板屋兵四郎が、城の「防火用水」として作った辰巳用水を利用している。
両岸には桜が植えられ、4月の開花時には杜若(かきつばた)の若緑とともに美しい景観が楽しめる。
  

雁行橋(がんこうばし)
11枚の赤戸室石を使って雁が列をなして飛んでいる姿に作られていることから雁行橋と呼んでいる。
また、一枚一枚の石が亀甲の形をしているので別名を亀甲(きっこう)橋ともいう。

    

琴柱燈籠
兼六園のシンボルとさえ言われる。
燈籠の名前は琴柱燈籠とか黴軫燈籠と書かれるが、意味するところは楽器の琴に張る弦を支えている人の字形の道具で、読み方はどちらも(ことじとうろう)である。
右側に脚が半分である。

        

霞ケ池
池の周辺の唐崎松は兼六園の中でも最も枝振りがよく、13代藩主・斉泰が琵琶湖畔の唐崎から種子を取り寄せて実生から育てた黒松である。
11月1日に雪吊り作業を始める。北陸には冬の訪れを告げる風物詩となっている。
栄螺山(さざえやま)から対岸の唐崎松方向の眺めが素晴らしい。

                    

内橋亭
もと蓮池庭にあった四亭の一つである。明治7年(1874)兼六園が一般に開放された後、この地に移築された。

       

夕顔亭
園内で最も古い建物で、安永3年(1774)に建てられた茶室である。茶席の次の間の袖壁に夕顔(瓢箪)の透かしがあるので夕顔亭という亭名が付けられている。

     

竹根石手水鉢
竹の化石のように見えるため、この名があるが椰子類の茎と根の化石で学術上極めて珍しい。

 

伯牙断琴の手水鉢

 

瓢池(ひさごいけ)

          

維持作業
年間通して観察の目を休めず、細かな配慮で、連続した作業が樹木を永らえさせる。
金沢はアカマツの文化、人がアカマツを育てアカマツが人を育むといわれる。

      


兼六園時雨亭(しぐれてい)

金沢市兼六町1−5

平成6年、長谷池周辺の整備検討がなされた際に、かつて存在した時雨亭を中心とした茶苑の復活と周辺の整備を行うことになり、平成16年3月竣工した。
新しい庭の中へ曲水からの延長という形で流れを通すことで、新旧の兼六園を結び付けている。
兼六園の新しい顔としての時雨亭は、休憩だけの利用もできることから、思索瞑想にふける若者の姿も多くみられる。

構造:木造平屋建、柿葺 面積:約270u 座敷:10・10・8・8・13(畳)、寄付 8畳、水屋2ケ所、事務室、芝:約700u

時雨亭は、5代藩主・綱紀がはじめて兼六園を作庭した頃からあった建物で、蓮池御亭(れんちおちん)と呼ばれていた。
それを6代藩主・吉徳によって建替えられたが、藩政後期には時雨亭とも呼ばれ、今の噴水の前にあった。
明治の初めに取り壊された。これが平成12年(2000)3月に再現となった。
「お休み所」及び文化的な催しの開催場所として広く使用されている。

   


            

樹木・長谷池越しの時雨亭

                

          


Jun 2010 撮影:瀧山幸伸 HD video

A camera
                                                                          


B camera
                                                                                            





July 2009 撮影:瀧山幸伸 HD video

                                                                                                                

                                                                                                                                             



Sep.2008 撮影:瀧山幸伸 HD video

                        
                      




Nov 2004 兼六園 撮影:瀧山幸伸 Preview video 500Kbps Hi Vision

                           





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