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石川県志賀町 能登金剛
Notokongou,Shika town,Ishikawa

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Mar.21 2014 中山辰夫

能登金剛

志賀町に位置する景勝地である。
約30kmに亘って奇岩、奇勝、断崖が連続する海岸であり、能登半島国定公園の代表的な景観の一つ。
一帯の海岸は日本海の荒波によって浸食されたもので、名称は朝鮮半島有数の景勝地、金剛山に因み、それに匹敵する景観という意味合いを持つ。
見所としては巌門、関野鼻、機具岩、ヤセの断崖、碁盤島、吹上滝、増穂浦、玄徳岬などがある。

巌門
富来町牛下厳門

厳門は能登金剛の象徴ともいわれ、能登金剛のほぼ中央に位置する貫通洞門で、個性的な名勝である。
波食によって形成された天然の洞門で、火成岩の岩山に大きな穴が門のように開いている。

千畳敷岩
大波の間に波の花も飛び交う。海底が隆起してできた。夏場は磯遊びが出来る。冬場は大波の間に波の花が飛び交う

厳門洞窟
日本海の荒波がつくった自然の景観。洞窟の洞門は幅6m、高さ15m、奥行き60mにも及ぶ大規模なものである。

洞門付近
洞門の上には松が生える



機具岩(はたごいわ)
志賀町富来七海

厳門から輪島方面に車で5分程北上する。
能登金剛の代表的な奇岩で、注連縄で結ばれた大小つの岩である。

能登に織物を広めた女神が山賊に襲われ、背負っていた織機をこの海に投げて岩になったという伝説が伝わる。
二つの岩がしめ縄で結ばれていることから能登二見ともいわれる。夕日に映えるシルエットはロマンテックと評判。
機具岩は大小2つの岩から成っており、「夫婦岩」や「能登二見」などと呼ばれ信仰の対象で、太い注連縄が張られ頂部には祠が建立されている古歌に「織姫の たてしや磯の 機具岩 綾織りかかる 波のかずかず」と夏期、冬季にライトアップも行っており、機具岩が、カクテル光線により夜の海に浮かび上がる。



ヤセの断崖と周辺
富来町笹原

松本清張の人気作「ゼロの焦点」の舞台にもなった断崖絶壁。
切り立った岩場の高さは海面から約35m。見下ろす日本海は見ものである。砕ける白波が日本界の荒さを示す。
今回は風が強く近づかなかった。遠景である。



義経の舟隠し
志賀町笹波

源頼朝の追手から逃れて板義経が、荒波から守るため48隻もの船を隠したという伝説を持つ入江。
道路から少し歩く。

波高し

舟隠し

≪参考≫


世界一長いベンチ
志賀町富来領家町

生憎の悪天候。雨、風、あられ、雪が交互に襲う中を歩く。あられが顔に食い込むように突き刺さる。
手先が凍てつくように冷たかった。トンネルの中は突風が荒れる。

長さ460mを誇るこのベンチは、ギネスブックにも載っている。ボランティア延830人の手により完成された。
このベンチは、「増穂浦海岸の美しい夕日を、多くの人に眺めてほしい」という地元の人々の思いから作られta。
一度に1346人が座った記録が残る。
このベンチ坐り、美しい海岸の広がりや夕日を眺めながら物思いにふけるのも乙である。

岸壁の母の碑

雪が積もっていました

旧福浦灯台とその付近
石川県志賀町

志賀町
町は、能登半島中央部に位置し、東西12.7q、南北31.0qと南北に細長く、西側は日本海に面し、北は輪島市や穴水町に、東は眉丈山系に連なる丘陵地帯で七尾市や中能登町に、南は羽咋市に接している。

車では金沢から能登有料道路経由で北へ約1時間、公共交通機関では、JR羽咋駅からバスで約30分、能登空港からは、車で約40分の位置にある。
面積は、246.55平方キロメートルで、まちの土地は、林野が65.9%を占め、経営耕地が10.3%、宅地が3.1%、その他が20.7%となっている。
町は豊かな自然に恵まれ、奇岩・怪石や白砂青松の海岸線は、能登半島国定公園の一部で、能登金剛と称され、源義経の伝説とともに能登を代表する美しい景勝地となっている。
車窓 志賀原子力発電所

福浦港近くにある目立った建物二件

猿田彦神社
志賀町福浦港ケ2
861(貞観3)年2月3日創立。1396(応永3年)6月畠山修理大夫満則が社殿を造営し、その後、荒廃したので1775(安永4)年より1862(文久2)年にかけて拝殿が再建された。
古くより福浦港に出入りする船舶の信仰を集め、9月11日の祭礼には神輿渡御船の儀があり、海上渡御などの神事が今も盛大に行われている。

福専寺
真宗大谷派

福浦港
奈良・平安時代には、大陸の渤海国(現在のロシア、中国、北朝鮮あたり)との交流があり、藩政期には、福浦港は北前船の西廻り航路の寄港地として栄えた。
江戸時代以降も重要な港として、能登文化の中心になった。
最近は利用する船舶の減少が続いていたが、好漁場まで近距離にあることを生かし、漁業の根拠港の役割を果たしている。能登半島国定公園の景勝地、能登金剛も近い。

旧福浦灯台までは約300mの距離がある。幅の狭い、かなり急な道をのぼることになる。灯台に着くまでの間の風景である。金比羅神宮も祀られている。

旧福浦灯台
日和山(ひよりやま)と呼ばれる絶壁の上にある日本で一番古い木造灯台である。
1603(慶長13)年に日野資信が持ち舟の安全をはかるため断崖上でかがり火を焚いたのが始まりで、1910(明治43)年、旧福浦村営の灯台になるまで、日野家代々の手で守られて来た。
「沖のいさり火 鳥賊釣り船か あれは能登衆の 胸の火か」(加能作次郎作)

今日は穏やかな海

板塀の家並みと雨上がりの黒瓦そして間垣 この近辺の集落の特徴である。





July 2011 瀧山幸伸 HD video

A camera

巌門


千ノ浦


ヤセの断崖、義経の船隠し


B camera

巌門


中浜


千ノ浦



ヤセの断崖、義経の船隠し





志賀原子力発電所




June 2010 柚原君子



June 2010 瀧山幸伸 HD video








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