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石川県輪島市 門前 

Monzen,Wajima city,Ishikawa

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July 15,2018 瀧山幸伸 source movie

そば 手仕事屋

     


May.15.2014 中山辰夫

總持寺祖院

石川県輪島市門前町

宗派:曹洞宗

江戸時代には加賀藩主前田家の外護を得て、伽藍整備が進み、越前永平寺と並ぶ両本山として、曹洞宗の中心寺院であった。

殆どの建物が国登録有形文化財である。

曹洞宗のかつての本山「總持寺」の門前町として栄えた場所。明治31年の大火で「總持寺」の多くを消失すると、それを機に本山を横浜市鶴見区に移転した。

その際、「總持寺祖院」と改称され、現在も曹洞宗の一大聖地として尊ばれている。

道元禅師が日本に伝え、瑩山禅師が全国に広めその礎を築いた曹洞宗。その曹洞宗に二つある大本山の一つが總持寺である。その始まりは、瑩山禅師が約700年前に能登の門前(現・輪島市)に開いた現在の總持寺祖院で、往時は全国に一万数千の末寺を数えるほど隆盛を極めた。

明治31年4月、大火に見舞われ七堂伽藍の多くを焼失したことにより、本山は横浜へ移された。その後七堂伽藍が再建された。

焼失を免れた伝燈院、慈雲閣、経蔵などは焼失を免れ、曹洞宗大本山の威厳と風格を留めている。

参道〜総門付近

参道の右・左側に中学校と小学校が並び建つ。

総門と芳春院

この総門は、禅宗寺院の第一門としては珍しく、特異な高麗門の様式で建てられている。

「三樹松関(さんじゅしょうかん)」と書かれた扁額は、總持寺中興の祖といわれる石川素童(そどう)禅師(1841〜1924)が揮毫されたもので、總持寺の祖院がある能登には、みごとな龍の形をした三本の松樹があったことに由来している。

総門に入ってすぐ右側に芳春院という建物が建つ。前田利家の妻「まつ」の法名が芳春院で位牌が安置されている。

経蔵

京都の銀閣寺、石山寺の多宝塔を思わせる美しいお堂。修行僧が学習するための経典を保管している。六代目加賀藩主吉徳公より寄進され、石川県指定重要文化財である。1743(寛保3)年に建立され、漆塗り鍍金金具で重圧な美しさをだしている。

三門までのアチコチ

三門

総門をくぐり、七堂伽藍の最初に出会うのが「三門」。国登録有形文化財。鉄筋コンクリート造りでは、日本一の大きさという。

総欅造りで高さ17.4m、間口20m、奥行14.4mで昭和44年完成し、楼上に観音、五百羅漢の古物を祀っている。三門には阿吽の仁王像が納められています。

香績台

香積とは、香気が充満している世界のことで、『維摩経香積品』が説くところによると、そこに住む如来の名でもあるとされている。

転じて、禅門では食事を調理するところの庫院(くいん)、庫裡(くり)を意味する。「庫」は、物を貯える蔵のこと。

正面正坐に韋駄天尊を安置している。総受付、大調理場、配膳、浴場、東司を付属し總持寺を運営する中枢部である。(50畳の大広間になる)

仏殿

1912(大正元年)に再建。間口20m、奥行16mと大きい。七堂伽藍の中心部に配置されている殿堂で、「大雄宝殿(だいゆうほうでん)」とも呼ぶ。

總持寺では、中央の須弥壇上に禅宗の本尊である釈迦牟尼如来(坐像、木彫)を祀っている。

客殿を兼ねた相見の間の襖の書は山岡鉄舟の作である。

法堂(大祖堂)

欅造理の大伽藍である。正式な名称は「法堂(はっとう)」であるが、總持寺では通称「大祖堂(だいそどう)」と呼ばれている。

正面には開山瑩山(けいざん)禅師、右に高祖道元(どうげん)禅師、左にニ祖峨山(にそがざん)禅師の真像と真牌が奉られている。

欄間には塋山禅師の誕生から諸国行脚の一代記が、山形の名工・親子2代の手で彫刻されている。

放光堂

この堂宇は安政年間に山形・鶴岡の総穏寺本堂として建立されたが、總持寺移転に際して特別に献納された由緒があり、当時は、大祖堂として中心的な役割を果たしていた。

大祖堂北面東端に付く、延長12m幅1.9mの廊下を介して繋がる。西面する3間堂で、軒唐破風付の入母屋造桟瓦葺とする。内部は奥行3間を外陣、その奥2間を内陣とし、背面に方1間の仏間を突出する。円窓や虹梁、出組、蟇股により装飾的な正面を構成する。

伝燈院

ここが總持寺開山瑩山禅師の霊廟であり、本山が横浜・鶴見に移ってもここが祖廟のあかしにもなっています。

江戸時代の元禄6年に建立されたが、大火にも難を免れた建物の一つです。

僧堂

入口に「選仏場」の扁額が掲げられている。禅寺では、修行の中心はあくまで坐禅であるのでこの修行道場が中心である。正面には文珠菩薩が奉られ、昭和5年に再建された。

鐘鼓楼

鐘鼓楼は放光堂から衆寮に通じる回廊の中にある。

禅門の行・住・坐・臥、日常生活の合図は、すべて言葉ではなく梵鐘、木版、雲版、太鼓などの打楽器群の合奏によって、全山に休まず有時を刻み、報知される。

参考資料≪パンフレット,總持院祖院HP,ほか。一部写真も含む≫


June 2010 柚原君子


June 2010 瀧山幸伸 source movie

街並

総持寺祖堂

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