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鹿児島県霧島市 霧島神宮
Kirishima jingu,Kirishima city,Kagoshima

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霧島市霧島田口2608-5 霧島神宮 本殿・幣殿・拝殿 重文 近世以前/神社 江戸中期 正徳5(1715) "本殿 桁行五間、梁間四間、一重、入母屋造、向拝一間 幣殿 桁行二間、梁間三間、一重、両下造 拝殿 桁行七間、梁間三間、一重、入母屋造、正面千鳥破風付、向拝一間 総銅板葺" 境内社門守神社2棟、神饌所1棟、棟札2枚 19890519
霧島市霧島田口2608-5 霧島神宮 登廊下 重文 近世以前/神社 江戸中期 正徳5(1715) 桁行十間、梁間一間、一重、切妻造、銅板葺 19890519
霧島市霧島田口2608-5 霧島神宮 勅使殿 重文 近世以前/神社 江戸中期 正徳5(1715) 桁行一間、梁間一間、一重、入母屋造、向拝一間、唐破風造、銅板葺 19890519


Dec. 2014 瀧山幸伸 video








Dec.21,2013 瀧山幸伸 video

A camera


B camera




Nov.23,2013 田中康平

鹿児島県霧島市霧島田口2608-5

国重要文化財 1989.05.19(平成1.05.19)指定

元は天孫降臨の地と伝えられる高千穂峰にあったが度々の噴火で焼失、高千穂河原に移されたがこれも焼失し、現在の場所に建てられた。現存の建物は1715年島津藩主津吉貴公により建造寄進された。
紅葉の美しいことでも知られている。

文化財データベースの記述:
1715年建造 総銅板葺
解説文: 霧島神宮は霧島山の中腹の傾斜地に鎮座し、高千穂山頂に向かって社殿が配置されている。現在の社殿は鹿児島藩主によって、正徳五年に復興されたものである。
本殿・弊殿・拝殿は大規模な複合社殿で、登廊下で達する一段高いところにあり、登廊下の下に勅使殿が建ち、この前方両側に門守神社が配置される。また登廊下の途中から西に廊下が出て、神饌所につながっている。
本殿は正面五間、側面四間、入母屋造で、正面に一間の向拝をもつ大規模な建物で、組物や各所に用いられた彫刻には極彩色を施し、また小壁や天井に絵を描き、柱等軸部は漆塗とする。また向拝柱には龍の彫刻を施している。拝殿は入母屋造で、正面に千鳥破風、向拝一間をつけ、極彩色、漆塗としている。勅使殿は方一間、入母屋造で正面に唐破風造の向拝をつけるなど派手な意匠によっている。
本殿・弊殿・拝殿、登廊下、勅使殿など同時期の建築が群を構成している。各建物は極彩色、漆塗・朱塗などとし、彫刻や絵画などで装飾した豪華な表現をしており、建物の質がよく、保存状況もよい。また各建物にみられる彫刻や絵様には時代の先取りの傾向が強くみとめられ、また本殿向拝柱の龍の彫刻の手法などに地方色がみられ、鹿児島地方の代表的な近世社寺建築である。






Sep.2012 野崎順次

鹿児島県霧島市霧島田口2608-5
霧島神宮
(Kirishimajingu Shrine, Kirishima City, Kagoshima Pref.)

撮影日: 2012年8月31日

欽明天皇の時代(6世紀)、慶胤(けいいん)なる僧侶に命じて高千穂峰と火常峰の間に社殿が造られたのが始まりとされる。実際の所は高千穂峰に対する山岳信仰から始まった神社であろう。しかし、火山の麓にあるという立地のためたびたび炎上する。天暦年間には性空により瀬多尾越(現在の高千穂河原・古宮址)に遷されるが、ここもたびたび噴火の巻き添えで炎上する。文明16年(1484年)、島津忠昌の命により兼慶が再建したのが、現在の霧島神宮である。但し、建物はその後も幾度も炎上し、現在の社殿は正徳5年(1715年)、島津吉貴の奉納により再建した物である。

国登録文化財 社務所 昭和五年(1930)
木造平屋建、銅板葺、建築面積548u
南東を向いて建ち,正面中央に切妻造の玄関を突出し,北に座敷飾りを備えた応接室等,南には中廊下式で斎館や事務室等を配する。良材を用いた上質なつくりになる大規模和風建築で,複雑な平面に対応した屋根を巧妙に架け,落ち着いた社頭景観を構成している。

広い石段を上り、鳥居をくぐり、参道を進む。

神木の杉は樹齢約800年と推定され、南九州の杉の祖先ともいわれている。

本殿・弊殿・拝殿、登廊下、勅使殿など同時期の建築が群を構成している。各建物は極彩色、漆塗・朱塗などとし、彫刻や絵画などで装飾した豪華な表現をしており、建物の質がよく、保存状況もよい。また各建物にみられる彫刻や絵様には時代の先取りの傾向が強くみとめられ、また本殿向拝柱の龍の彫刻の手法などに地方色がみられ、鹿児島地方の代表的な近世社寺建築である。

国重文 勅使殿 江戸中期 正徳五年(1715)
桁行一間、梁間一間、一重、入母屋造、向拝一間、唐破風造、銅板葺

国重文 登廊下 江戸中期 正徳五年(1715)
桁行十間、梁間一間、一重、切妻造、銅板葺

国重文 本殿・幣殿・拝殿 江戸中期 正徳五年(1715)
本殿 桁行五間、梁間四間、一重、入母屋造、向拝一間
幣殿 桁行二間、梁間三間、一重、両下造
拝殿 桁行七間、梁間三間、一重、入母屋造、正面千鳥破風付、向拝一間、総銅板葺

その他境内

参考資料
国指定文化財等データベース
ウィキペディア「霧島神宮」







Dec.2005 瀧山幸伸 Preview video 500Kbps High Vision

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