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神奈川県伊勢原市 大山
Oyama,Isehara city,Kanagawa

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Nov.25, 2016 松田浩志 movie

神奈川県伊勢原市 大山寺
Oyamadera, Isehara city, Kanagawa

54年ぶりの紅葉と雪。ケーブルカーから遠く江の島も。

                                                                                                                                                               


Nov.07, 2015 松田浩志

神奈川県 大山

           


茶湯寺(ちゃとうでら)
             

大山寺
                                                                  


    


阿夫利神社下社
           


                  

旧緒方竹虎別邸
        


阿夫利神社社務局・カナ-ガワ リ・古典プロジェクト|2015 in 大山
                                   

 「宿坊 かげゆ」に於ける「大山寺縁起絵巻」(内海家蔵本)特別公開
                                                            


『カナガワ リ・古典プロジェクト 2015 大山 大山まうで 舞をどり』

『悠久の歴史を持つ山「大山」が、エンターテインメントの舞台に…。かつて江戸の庶民が「大山詣で」で大挙して訪れた地で、
この秋、歴史と文化を新しい形で伝える「お祭り」が開催されます。大山の空を彩るのは、日本舞踊あり、民俗芸能あり、芝居あり、
踊りあり…の祝祭感あふれる歴史絵巻ショー。そのほか、大山の魅力を体験できるイベントもたくさん用意しています。さあこの秋みんなで、いざ大山へ!』
かながわの伝統文化の継承と創造プロジェクト実行委員会ホームページより転載大山寺縁起絵巻(内海家蔵本)

かつての大山詣の賑わいの現代的に復興させようとの試み。演目後半にかなりの雨が降り始め興がそがれたのが残念。今年は下社直下が紅葉し始めており、茶店の方も例年になく早いとのこと。
 

『大山寺縁起絵巻』

『相模国の国主「太郎大夫時忠」夫婦は、子が無く、子授けの祈願をし、ようやく念願の子をもうける事ができました。 その喜びはひとしをでしたが、ある日、鷲にその子をさらわれてしまいました。 さらわれたその子は、遠く奈良の都、深山の楠の鷲の巣に連れていかれましたが、猿により助けられ、やがて僧として成人しました。 そして「良弁」僧上と名を改め、東大寺を建立、その別当になっていました。
 一方、時忠夫婦は、地位も捨て、全てを投げうって、最愛の我が子の行方を諸国に尋ね歩いていました。 大変な苦難な旅を超え、東大寺で夫婦は、とうとう我が子良弁と出会うことができました。 時忠は、良弁を伴い、そろって相模国へ帰国、再び国主になりました。 
相模の国に来た良弁は、頂上より照らす光を感じ、大山山頂へ登山、金色の不動明王の出現により、 良弁は、そこに霊験あらたかな大山寺を開くことになりました。』
 宿坊 かげゆホームページより転載





Nov.22, 2014 松田浩志 movie


 大山第二駐車場〜大山ケーブル駅(こま参道)〜大山寺
                

 大山寺
                                                    

大山寺〜阿武利神社 下社
                                                      

 大山寺 十一面観世音観音
       

 大山紅葉
                                                                       


Nov.18,2013 松田浩志

「相模平野の中央にそびえ立つ大山(標高1252メートル)は、神仏の宿る霊山として、古くから貴賤上下の厚い信仰を集めてきた。
特に江戸時代中期(宝暦・明和年間、18世紀後半)以降には、大山御師(註1)(明治時代以降は先導師という)の活動による大山講の組織化が進展し、相模・武蔵国内はもとより、駿遠豆・甲信越・房総方面の庶民は鉄造の不動明王に五穀豊穣・雨乞い・家内安全・商売繁盛などの現世利益を求めて、盛んに「大山参り」(「大山詣で」)を行った。
このため、各所に大山に通じる大山道や大山道標が開かれ、山麓一帯には講中を迎えるために御師が経営する宿坊や土産物店が軒を連ね、門前町(註2)(伊勢原市側6町・秦野市側1町)の様相を呈するに至った。
大山参詣をすませた庶民のなかには、南に進路をとって裸弁才天で有名な江の島に脚をのばし、家内安全・商売繁盛・病気平癒などを祈る者も多く、大山と江の島は当時の江戸をはじめとする関東庶民の物見遊山の二大拠点でもあった。」
「・・・徳川家康が天下を制すると、天正18年(1590年)の小田原征討に際して、大山修験勢力が北条方に与して激しく徳川方に敵対した(註12)こともあり、慶長10年(1605年)、家康は大山の大粛清に着手した(註13)。
その結果、大山山中からは修験勢力を一掃して山内居住は清僧(学僧)25口に限定するとともに、宗旨を天台宗から古義真言宗へ転宗させ、相模国八幡村(現 平塚市)の成事智院住持、法印実雄(小田原中村原出身、二宮等覚院開山)を大山寺初代学頭に任命して八大坊(十二坊の筆頭)に常住させることなどを命じた。
さらに幕府は、慶長13年(1608年)には硯学領として実雄に小蓑毛郷(現 秦野市)57石余(註14)を、翌々年には寺領として坂本畠屋敷72石余と子安村の一部27石余、併せて100石を御朱印地として寄進し、経済的な保護を与えた(註15)。
特に「寛永の大修理」の際には、三代将軍 徳川家光は造営費1万両を下付するとともに、春日局を大山寺落成祝賀式も含めて代参として二度も参詣(註16)させている。
一方、下山を命じられた修験者たちは抵抗の姿勢を示しつつも蓑毛と大山の麓に居を構え、以後御師として、新たに宿坊・土産物屋経営や祈祷・檀家廻りなどの教宣活動を行うことによって、生活の支えを得ることになった。
その結果、大山門前町(秦野市側に蓑毛町、伊勢原市側に坂本・稲荷・開山・福永・別所・新町の6町)の形成と大山講の信仰圏の拡大が達成されることになった。
明治初期にまとめられた『開導記』(註17)によると、大山講は相模・武蔵国を中心に房総・甲信越・駿遠豆に同心円的に拡大し、総講数1万5700、総檀家数約70万軒にも達している。・・・・
しかし、明治元年(1868年)3月に明治新政府によって神仏分離令が発令され、全国的に廃仏毀釈運動の嵐が吹き荒れる中で、大山寺はその煽りを受けて取り壊された。
その旧跡には新たに阿夫利神社下社が建立されたため、大山寺は女坂の途中の現在地(旧来迎院地)に、明治18年(1885)に明王院として再建され、大正4年(1915年)に観音寺と合併してようやく雨降山大山寺の旧称に復した。」
神奈川県ホームページ 「紀要 第6号(8)古記録からみた大山信仰の諸相 郷土資料課 川島 敏郎」より抜粋転載

「大山講とは、伊勢講・富士講・筑波講・成田講などと同様、信仰者が寺社に参拝する行為やグループをいいます。
江戸時代中期には社会情勢や経済も安定し、 庶民はレジャーに目を向け始め湯治や花見などを楽しむようになりました。
中でも旅行は庶民にとって最大の楽しみで、当時は国境を越えるには通行手形が必要でしたが、○○参りや○○講に行くといえば簡単に手に入れられました。
庶民は町内単位や職人の師弟関係、業界仲間などで講を作り、参拝がてら道中を楽しみました。
特に大山は歌舞伎界の人たちには芸事にご利益があると言われ、町火消しや農家の人たちには雨の神様として崇められ、とても人気がありました。
雨乞い信仰の講としては関東一円の農村部に展開し、遠くは甲信越(山梨・長野・新潟)や静岡・福島などにも及びました。
農家の講の多くは、講員を代表して毎年数名ずつが交替で参拝する「代参」という方法を取りました。
費用は積立を実施してそれを当て、 全員が参拝した時点で満願としていました。
また、子供が15歳になると大人として扱われ、そのお祝いとしての「十五参り」に木太刀を携え大山に参拝されました。
これは源頼朝が戦勝祈願に太刀を奉納した古事にならったものです。」
東學坊ホームページより転載


あたご瀧〜良弁瀧
                                            

とうふ坂〜大山ケーブル(バス終点)
             

東學坊
                                  

こま参道
               

大山ケーブル駅〜阿夫利神社駅
              



阿夫利神社下社
                                     


本坂コース
                                              


阿夫利神社本社(大山山頂)
                   


大山寺
                                  


大山観光パンフレット
              





大山 阿夫利神社
Oyama Afuri jinja

Oct.2005 瀧山幸伸 Preview video 500Kbps HD(1280x720) Video FAQ

ケーブルカー発駅
    

ケーブルカー下社駅から下社へ
  

下社
      

神社地下の泉
        

頂上への道
    

   

下社からケーブルカー下社駅へ
     

     

駐車場からの参道
   

柿、みかんを栽培している80歳のおじいさん直売
  

豆腐懐石の蓬生亭
                  

大山 ケーブルカー 車窓風景
Oyama cable car

Oct.2005 Preview video 500Kbps HD(1280x720) Video FAQ

      

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