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熊本県湯前町 明導寺(城泉寺)
Myoudouji (Jousenji),Yunomae town,Kumamoto

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球磨郡湯前町5664 明導寺阿弥陀堂 重文 近世以前/寺院 鎌倉前期 寛喜元(1229) 桁行三間、梁間三間、一重、寄棟造、茅葺 19330123
球磨郡湯前町5664 明導寺九重石塔(城泉寺九重石塔) 重文 近世以前/その他 鎌倉前期 寛喜2(1230) 石造九重塔 寛喜二年庚寅九月廿三日の刻銘がある 19330123
球磨郡湯前町5664 明導寺七重石塔(城泉寺七重石塔) 重文 近世以前/その他 鎌倉前期 寛喜2(1230) 石造七重塔 寛喜二年庚寅十一月日の刻銘がある 19330123


Aug.2015 酒井英樹

 明導寺は、人吉盆地東端、湯前町にある。 鎌倉時代の初め、この地方を支配していた豪族・久米氏の沙弥浄心(久米三郎真家)によって創建された。
 茅葺、寄棟造りの阿弥陀堂は鎌倉期初期の様式を持ち、堂内の木造阿弥陀三尊像(寛喜元年(1229)の銘があり)と同時に建立したとされる。
 沙弥浄心の名をとって浄心寺と呼ばれていた。
 明治以降無住で廃寺となったが、阿弥陀堂は残され昭和8年(1933)に九重石塔と七重石塔とともに旧国宝(現在の重要文化財に相当)に指定された。
 現在は明導寺の飛地境内になっていることから、阿弥陀堂は明導寺阿弥陀堂と呼ばれている。


<阿弥陀堂>
 桁行3間、梁間3間、組物平三斗、二軒繁垂木、寄棟造、茅葺
 鎌倉時代前期[寛喜元年(1229)]


<九重石塔>
 石造九重塔、各重塔身の4面に仏像を刻む、相輪欠失
 鎌倉時代前期[寛喜2年(1230)]
 

<七重石塔>
 石造七重塔、各重塔身の4面に仏像を刻む、相輪は昭和60年(1985)に復旧
 鎌倉時代前期[寛喜2年(1230)]




Apr.29,2015 瀧山幸伸 movie



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