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京都府京都市上京区 北野天満宮
Kitano Tenmangu,Kamigyoku,Kyoto city,Kyoto

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菅原道真ゆかりの神社
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京都市上京区馬喰町931 北野天満宮 本殿、石の間、拝殿及び楽の間 国宝 近世以前/神社 桃山 慶長12(1607) "本殿 桁行五間、梁間四間、一重、入母屋造、右側面三間庇付、檜皮葺 石の間 桁行三間、梁間一間、一重、両下造、檜皮葺 拝殿 桁行七間、梁間三間、一重、入母屋造、正面千鳥破風付、向拝七間、軒唐破風付、檜皮葺 楽の間 東西各桁行正面二間、背面三間、梁間二間、一重、一端入母屋造、他端拝殿に接続、檜皮葺" 棟札6枚 18971228 19590627
京都市上京区馬喰町931 北野天満宮 中門 重文 近世以前/神社 桃山 慶長12(1607) 四脚門、入母屋造、前後千鳥破風及び軒唐破風付、檜皮葺 左右袖塀2棟 18981228
京都市上京区馬喰町931 北野天満宮 廻廊(左) 重文 近世以前/神社 桃山 慶長12(1607) 桁行折曲り延長十六間、梁間一間、一重、切妻造、檜皮葺、潜門一所を含む 18981228
京都市上京区馬喰町931 北野天満宮 廻廊(右) 重文 近世以前/神社 桃山 慶長12(1607) 桁行折曲り延長十六間、梁間一間、一重、切妻造、檜皮葺、潜門一所を含む 18981228
京都市上京区馬喰町931 北野天満宮 後門 重文 近世以前/神社 桃山 慶長12(1607) 一間一戸平唐門、檜皮葺 18981228
京都市上京区馬喰町931 北野天満宮 透塀(左) 重文 近世以前/神社 桃山 慶長12(1607) 折曲り延長十四間、檜皮葺、潜門一所を含む 18981228
京都市上京区馬喰町931 北野天満宮 透塀(右) 重文 近世以前/神社 桃山 慶長12(1607) 折曲り延長十六間、檜皮葺 18981228
京都市上京区馬喰町931 北野天満宮 東門 重文 近世以前/神社 桃山 慶長12(1607) 四脚門、切妻造、銅板葺 19040218


November 26,2016 大野木康夫 movie

北門付近

 

文子天満宮

 

地主社付近

            

本殿西側へ

      

本殿、三光門

      

もみじ苑入口で順番を待ちながらの撮影

           

もみじ苑、大ケヤキ付近から入場

        

南側の舞台へ

                       

北側に戻って本殿展望所へ

                     

本殿展望所

               

北側を回って御土居の下へ

                        

悪水抜き

    

鶯橋へ

   

鶯橋

                    

紙屋川沿いに南下

                                  

南側の橋

  

紙屋川の梅林付近

    

御土居の上へ

                        

絵馬所付近の出入り口からもみじ苑を出る

      

三光門

        

もみじ苑の行列

 

帰路

        


February 28, 2016 野崎順次 movie

京都府京都市上京区
北野天満宮

梅が見ごろということで行ってきました。

        

有料の梅苑は御土居は7分咲き程度で少し寂しい感じがしました。

                                                

御土居

                  

西回廊の南の区画も有料らしいが入り口がよく分からなかった。

              

御本殿回りは梅もいいし、楽しむ人々もよい。

                                                           


February 27,2016 大野木康夫

本殿

   

梅苑

                                                                                 
 
 参道から宝物殿へ

              

宝物殿で宝刀展が開催されていました。
携帯電話、スマートフォンに限り撮影が可能でした。

太刀 銘安綱(鬼切) (重要文化財)

    

脇指 銘猫丸

 

刀 銘波平安利

 

太刀 銘日本鍛冶宗匠伊賀守藤原金道

 

刀〈銘北野天満天神豊臣秀頼公御造営之時于時/慶長十二丁未十一月日信濃守国広造(豊臣秀頼寄進)〉 (重要文化財)

  

太刀 銘月山貞勝勤作 (昭和)

 

太刀 銘恒次 (重要文化財)

  

太刀〈銘備州長船師光/応永九年(以下不明)〉 (重要文化財)

  

太刀 銘助守 (重要文化財)

  


Dec.2,2015 am  田中康平

京都府京都市上京区 北野天満宮
Kitano Tenmangu,Kamigyoku,Kyoto city,Kyoto pref.

京都府京都市上京区馬喰町

社殿:国宝
三光門、東門:重要文化財
御土居:史跡

947年に創建された菅原道真を祀る神社。大宰府天満宮とともに全国天満宮の総本宮と称されている。
紅葉の時期はもみじ苑と呼ばれる御土居の紅葉が美しいことでも知られる。


本殿、三光門、及びその周辺
                                                   
 

もみじ苑の紅葉
                                                   


May 2,2015 大野木康夫

新緑の時期に行われたもみじ苑の公開に行きました。

境内北側のケヤキ

  

本殿とその付近

          

三光門からもみじ苑入口(本殿西側)へ

      

もみじ苑は御土居の一部として国指定史跡となっています。

              

紙屋川に下りて川沿いに南下

                         

再び御土居の上へ

              

大ケヤキとその周辺

    

三光門から境内東側

            



ovember 24,2014 大野木康夫 movie

もみじ苑へ

 

御土居の上、紙屋川への通路は一方通行

         

舞台付近

                                 

本殿展望所付近

                     

紙屋川への通路

     

鶯橋付近

          

紙屋川沿いの通路

                    

御土居の上へ

      

楼門下の茶店から

  

本殿脇から見た大ケヤキ

   

本殿西側からもみじ苑

    

本殿北側

                      

明月舎付近

    

本殿

    

三光門付近

       





Mar 11,2013 大野木康夫 HD video

北野天満宮

梅が盛りになってきたので、北野天満宮に行きました。

  

梅苑

参道の西側に広がっています。
まっだ少し早かったですが、十分見頃でした。

                                                                               

境内の梅も見頃です。

                                         

中門(三光門、重要文化財)
慶長12(1607)年の建築
四脚門、入母屋造、前後千鳥破風及び軒唐破風付、檜皮葺
附指定:左右袖塀2棟

                     

中門の装飾

                    

廻廊(重要文化財)
左右とも
慶長12(1607)年の建築
桁行折曲り延長十六間、梁間一間、一重、切妻造、檜皮葺、潜門一所を含む

                  

本殿、石の間、拝殿及び楽の間(国宝)
慶長12(1607)年の建築
本殿 桁行五間、梁間四間、一重、入母屋造、右側面三間庇付、檜皮葺

石の間 桁行三間、梁間一間、一重、両下造、檜皮葺

拝殿 桁行七間、梁間三間、一重、入母屋造、正面千鳥破風付、向拝七間、軒唐破風付、檜皮葺

楽の間 東西各桁行正面二間、背面三間、梁間二間、一重、一端入母屋造、他端拝殿に接続、檜皮葺

                                                             

拝殿の装飾

                 

楽の間(西)の装飾

       

石の間の装飾(西)

   

本殿回りの装飾

         

石の間(東)の装飾

   

楽の間(東)の装飾

     

本殿破風の装飾

  

後門(重要文化財)
慶長12(1607)年の建築
一間一戸平唐門、檜皮葺

                

透塀(重要文化財)
左右とも慶長12(1607)年の建築
左:折曲り延長十四間、檜皮葺、潜門一所を含む
右:折曲り延長十六間、檜皮葺

        

透塀の装飾

                               

東門(重要文化財)
慶長12(1607)年の建築
四脚門、切妻造、銅板葺
       







Feb.2011 瀧山幸伸 HD video

A camera
                                                                                               

B camera
                                                                                                           


Dec.2010 撮影:大野木康夫 HD video

北野天満宮 終い天神

毎月25日、北野天満宮境内では天神市が開かれています。
12月の天神市は「終い天神」と呼ばれ、多くの人で賑わいます。

   

石鳥居から楼門にかけて、多くの露店が出ています。
多くは食べ物の露店ですが、古着や骨董の露店もあります。

       

楼門には初詣用の大絵馬が掛けられていました。

   

楼門の内側には露店は出ていませんが、多くの人が本殿に参拝に訪れていました。
絵馬所に掲げられている絵馬は、多くが江戸時代のものでした。

           

三光門(重要文化財)をくぐると、拝殿(国宝)前は、参拝者の列ができていました。
廻廊(重要文化財)の内側には幕が張られるなど、初詣の準備がされていました。

             

拝殿では、絶え間なく御祈祷が行われており、石の間(国宝)から覗くことができます。
本殿(国宝)の北側の神門から参拝をされている人もおられました。

                 

東門(重要文化財)から外、参拝用の駐車場や御前通には、骨董や古着の露店が集まっています。

           

子どもの頃、「天神さん」に行ったら必ず買ってもらった「こぼれ梅」(味醂の粕)を探しました。その頃は何軒も露店がありましたが、今は石鳥居近くの1軒だけだそうです。
子ども向きでない味で、そのままでは少ししか食べられませんでしたが、酒粕よりも甘いので、甘酒にしたら美味しいかったです。

   

石鳥居周辺に戻りましたが、人の数は一向に減りませんでした。

     





Jan.2010 撮影/文:野崎順次

京都府京都市上京区馬喰町
官幣中社
北野天満宮
(Kitanotenmangu Shrine, Kyoto, Kyoto)

撮影日: 2010年2月6日

御祭神 菅原道真公
御相殿 中将殿(菅公の御子息)
吉祥女(菅公の北の方) 

当宮は菅原道真公をお祀りした神社の宗祀であり、国を鎮め守る神として平安時代中期多治比文子らによって北野の右近馬場に菅原道真公の御霊をお祀りしたのが始まりとされています。
菅公は「和魂漢才」の精神を以って学問に勤しまれ、幼少の頃より文才を表し、朝廷の官吏として活躍されました。
永延元年(987)一条天皇の令により初めて勅祭が執り行われ「北野天満宮天神」の神号を得ました。
寛弘元年(1004)の一条天皇の行幸を初めてとし、代々皇室の御崇敬を受け、江戸時代には寺子屋の精神的中心として菅公の御分霊がお祀りされるなど、「天神様」として親しまれ、以来学問の神様としての信仰は現在に至るまで受け継がれています。
(北野天満宮HP)

東門から入り、本殿沿いに南側の楼門まで戻ってから、絵馬掛所の前の参道を進み、三光門および本殿に向かいます。

                                      

重文 三光門

        

国宝 本殿および拝殿
国宝の指定を受ける現在の本殿は慶長十二年(1607)、豊臣秀頼公が造営されたもので、この時作られた中門、東門、絵馬堂、神楽殿、校倉等も現存しています。
また、この社殿造営は、父秀吉公の遺志であったと伝えられます。
古来、神社祭祀は庭上で行われて来ましたので、壮大な殿内で祭典を執行し得る当宮現社殿の出現は神社建築史上画期的なものであったと言えます。
八棟造と称され、総面積約五百坪の雄大な桧皮葺屋根を戴くその威容は、造営当時そのままに絢爛豪華な桃山文化を今に伝えています。

                                 

本殿から梅園のほうへ。

        

御土居は天下統一を成し遂げた豊臣秀吉が,長い戦乱で荒れ果てた京都の都市改造の一環として外敵の来襲に備える防塁と,鴨川の氾濫から市街を守る堤防として,天正19年(1591)に多くの経費と労力を費やして築いた土塁です。 
台形の土塁と堀(堀の一部は川,池,沼を利用)からなり,その延長は22.5キロメートルに及び,東は鴨川,北は鷹ヶ峯,西は紙屋川,南は九条あたりにそって築かれました。
土塁の内側を洛中,外側を洛外と呼び,要所には七口を設け,洛外との出入口としました。
鞍馬口,丹波口などの地名はその名残です。
(京都市情報館HP)

              

梅園に入場料(茶果付き)を払って入りましたが、残念ながら梅がほとんど咲いていません。 
茶果(こぶ茶とフワフワせんべい2枚)食べて、楼門の横に出ました。

         

梅園を出て一の鳥居へ行きます。寒い。神牛像が多く見受けられます。

                 

バスで三条大橋に行くと吹雪でした。

       






Dec.2008 高橋久美子

上七軒茶屋町




Jan.2007 撮影:瀧山幸伸 Preview video 500Kbps HD Video Video FAQ

  
     
                                                                     

Feb.2005 撮影:瀧山幸伸 Preview video 500Kbps HD Video Video FAQ





Oct..2004 撮影:瀧山幸伸 Preview video 500Kbps HD video Video FAQ

     

祭りの稚児行列
     

上七軒茶屋町



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