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京都府木津川市 浄瑠璃寺

Joruriji,Kizugawa city,Kyoto

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木津川市加茂町西札場40 浄瑠璃寺三重塔(九体寺三重塔) 国宝 近世以前/寺院 平安後期 治承2(1178)以前 三間三重塔婆、檜皮葺 18971228 19520329

木津川市加茂町西札場40 浄瑠璃寺本堂(九体寺本堂) 国宝 近世以前/寺院 平安後期 保元2(1157)頃 桁行十一間、梁間四間、一重、寄棟造、向拝一間、本瓦葺 18971228 19520329


October 7, 2023 野崎順次   source movie

石仏めぐりと手打ちそば賞味の後、奈良行のバスが来るまで、浄瑠璃寺の野花を楽しんだ。もう秋だ。

嫁菜(ヨメナ)かな?

    

彼岸花(ヒガンバナ)、今年は満開が数日遅れたようだ。

   

男郎花(オトコエシ)かなあ?

   

境内へ

    

薄(ススキ)と秋桜(コスモス)

            

その他

  


September 18, 2023 野崎順次 

京都府木津川市加茂町
真言律宗
小田原山 浄瑠璃寺

門前の吉祥庵の手打ち蕎麦が食べたいのと、一般ハイキングルートにない石仏を探して撮影するため、浄瑠璃寺に来る機会が増えた。今回は本堂内の国宝仏像群(撮影禁止)をじっくり拝観してから、参道や境内の野花を愛しんだ。

門前参道脇の塔尾茶屋。看板の字は浄瑠璃寺先代ご住職(故佐伯快勝大和尚、2016年没)の筆による。

 

参道の花々 萩(ハギ)

        

男郎花(オトコエシ)かなあ?

  

擬宝珠(ギボウシ)

       

本堂と芙蓉(フヨウ)

  

百日紅(サルスベリ)

    

芙蓉(フヨウ)

      

蓮(ハス)といっても沢山の種類があるけど

  

ネコ

  

嫁菜(ヨメナ)らしい?

 

芙蓉(フヨウ)と境内

       

秋明菊(シュウメイギク)

      

その他

         


July 16, 2023 野崎順次 source movie

特に石造物に注目してみた。

笠塔婆 南北朝時代 文和四年 1355年、花崗岩、高さ 135cm
笠塔婆は、大和様式の複弁反花座上に据えられ、頂部に別物の宝篋印塔 笠を載せている。塔身上部の四面に、胎蔵界大日如来の種子「ア」を刻む。塔身の一面に「右為房兼聖霊任遺言立之、文和四年(1355)霜月廿三日」の銘文が刻まれている。
(河合哲雄「石仏と石塔」ウェブサイト)

       

細い参道から池畔へ、国宝三重塔を遠望する。

            

塔前と本堂前に二基の石燈籠があり、共に重要文化財で、形状が似ているが、塔前の方が名品の誉れが高い。

国重文 石燈籠 南北朝時代後期 高215cm 花崗岩
三重塔正面の石段下、池の岸に近く立っている。広い六角形にした切石の壇の中央に立つ六角型石燈籠で、基礎側面は二区格狭間、上端一ぱいに複弁反花、その中心に竿受けの円座を作り出し、側面に上向きの小蓮弁を刻み、円座上端の周辺には蓮の種子の玉をめぐらせる。大和系の基礎の典型である。竿は三節つきの円柱で、節は余り品外へ張り出さずおだやかである。中台側遺も二区格狭間、上端は火袋受けの反花座を刻出する。火袋の下区も二区格狭間として、壁而には蓮座上に円窓をうがつ。笠の蕨手や頂上の宝珠も完備する。竿の中節の上下にわたり、「為法界衆生、貞治五年(1366)十一月造立之者也、願主阿闘梨祐実」と刻む。
(川勝政太郎「新装版日本石造美術辞典」1998年9月30日)

                   

中島の石組

         

国宝本堂あたり

               

石臼 鎌倉時代後期 高さ51cm 花崗岩
この石臼は本堂前の池辺にあるが、本来の場所かどうか判らない。円形平面に近い12面の伏鉢状と、その上の同じく12面の盤状の部分を一石で彫成する。盤部は直径75cmで、幅7.5cmの縁を残して、内部は中心ヘ向って斜に深く円形の穴をうがつ。盤状の12面のうち5面にわたって、「西小田原、永仁四季(1296)丙申、正月廿日」の刻銘がある。西小田原は浄瑠璃寺の所在する地名で、今は略して西小という。この形状と構成は、つき臼と考えられるもので、簡野道明『字源』付録の農工類に見える臼の図が参考になる。
(川勝政太郎「新装版日本石造美術辞典」1998年9月30日)

            

国重文 石灯籠 高さ246.5cm 花崗岩
三重塔と同じく花崗岩であるが少し粗目で、二区格狭間付六角形基壇と反花座、三節の竿、上下に蓮華と側面に二区格狭間を持つ中台、円形窓と二区格狭間を刻む火袋を持ち、同じ紋様構成を有する。火口四隅には扉軸受け孔を穿つ。
(「日本石造物辞典」2012年12月10日 吉川弘文館)

             

六字名号板碑 江戸時代前期 寛永二年 1625年、花崗岩、高さ 173cm
塔身に「寛永二年(1625)乙丑四月十口五日」の紀年銘がある。
(河合哲雄「石仏と石塔」サイト)

      

鎮守跡あたりの石仏群

    

ネコは暑さでバテ気味

    


 

July 2 and 8, 2023  野崎順次 source movie (July 2) source movie (July 8)

浄瑠璃寺は境内には無料で入場できるため、特別名勝の浄瑠璃寺庭園や国宝の本堂・三重塔などの外観は自由に拝観できる。また、薬師如来坐像(重文)を安置した三重塔は、毎月8日、彼岸中日、正月三が日のみ開扉される(ただし、悪天候の場合を除く)。また、国宝九体阿弥陀のうち、2体(その1・8)が修理中であったが完成し、7月8日より奈良博「浄瑠璃寺九体阿弥陀修理完成記念特別展 聖地 南山城 -奈良と京都を結ぶ祈りの至宝」に出品される。

パンフレットと現地説明板

          

7月2日 晴天。岩船寺のアジサイを見て、石仏の道をたどって浄瑠璃寺に来た。庭園を拝観する。

参道のアジサイなど

              

浄瑠璃寺庭園

                                                     

7月8日 三重塔と本堂内部を拝観する。曇天だったが、三重塔は開扉していた。ただ、中が暗く、網がかかっているので、薬師様はほとんど見えない。本堂の阿弥陀7体と四天王立像2体などはゆっくり拝観できた。その後、奈良博に回り、残りの阿弥陀2体を拝観した。本堂内部と奈良博展示はもちろん撮影禁止。

           

浄瑠璃寺の猫

     

門前のお食事処「あ志びの店」で涼んでとろろそばを食べた。

        


November 20,2021 大野木康夫 source movie

参道
 


境内入口から本堂付近
   

本堂前から宝池、三重塔の眺め
                     


三重塔へ
          


三重塔前から本堂の眺め
修学旅行の一行が本堂前で説明を聞いていました。
         


三重塔
            

再び本堂方面を撮影
説明は終わりそうにありませんでした。
      


宝池のほとりから本堂を撮影
         


帰路
                              


July 2,2020 大野木康夫 source movie

本尊の修理(九体阿弥陀仏を順次修理されるようです。)のための搬出作業の準備で本堂は拝観できませんでした。
境内は人も少なく、ひっそりしていました。
三重塔の池側の木々が選定されて棟が見やすくなっていました。

参道
       


庭園へ
 


三重塔
                                                        


庭園
         


本堂
                               


December 21, 2019 野崎順次 source movie

京都府木津川市加茂町西小札場40

真言律宗

小田原山 浄瑠璃寺

パンフレットと現地説明板

                       

参道を山門へ

        

国特別名勝 浄瑠璃寺庭園 平安時代 池泉舟遊回遊式

やはり久安頃(1145-1151)に庭ができていたが、そのままであったので、鎌倉期の初めの元久二年になって、京都から少納言法眼が三人来て作庭を指導して修理したことが解る。

そしてまた、後で応永二十六年(1419)になって人数四百五十人で大修理したことが述べられている。しかし、その後も本庭は相当荒廃したらしく、現在では石組などほとんど見られない。

本庭は阿弥陀堂前の池庭であるが、地割はやはり平安式のもので、中島一島がある。この時代の池には主として多島式のものが多いから、その後になって変化したのかもしれない。何分池庭に石組もないほど荒廃したことは、その後の変化によることを証明している訳である。しかしそれにしても阿弥陀堂前池としての浄土式の池庭が残ったことは、浄土庭園研究の上での好資料であり、鑑賞的には不十分だとしてもよい参考になる。

(重森三玲「日本庭園歴覧辞典、昭和49年」浄瑠璃寺庭園より)

その後庭園に関する文献の記録はほぼ残っていないが、昭和二十年代の実測調査を基に昭和五十年には数百年ぶりと思われる大規模整備を行い洲浜等を復元。さらに平成二十二年より再整備を行い現在に至る。

(本寺パンフレットより)

                              

国宝 三重塔

          

国重文 石灯籠 (塔前) - 南北朝時代、花崗岩、六角型(般若寺型)。塔前のものには「貞治五年(1366年)丙午正月十一日造立之為法界衆生願主阿闍梨祐実」の銘が刻まれている。

    

鎮守跡

   

国宝 本堂

               

国重文 石灯籠 (本堂前)- 南北朝時代、花崗岩、六角型(般若寺型)。

    

鐘楼

   

受付

             

ネコ

        

帰途

      


Feb.26,2018 瀧山幸伸

Edited Movie Download YouTube

source movie

                                                                                                                                                                      


November 18,2017 大野木康夫  source movie

奈良の東部の紅葉の名所を回った後に、浄瑠璃寺を訪問しました。

目当ては紅葉と吉祥天像の御開帳でした。

吉祥天像は堪能できましたが、紅葉の方は濃霧に囲まれて境内の撮影もままならない有様でした。

肉眼では幻想的な感じでよかったと思いますが、写真の腕がついていけないのでこの程度の投稿となってしまいました。

                                                                                                                                                    


Apr.19, 2015 中山辰夫

京都府木津川市加茂町西小札場(にしお ふたば)

宗派:真言律宗 本尊:阿弥陀如来と薬師如来 開基:義明上人

寺名は薬師如来の居所たる東方浄土「東方浄瑠璃世界」に由来す。

  

本堂に9体の阿弥陀如来像を安置することから九体寺(くたいじ)の通称があり、古くは西小田原寺とも呼ばれた。

緑深い境内には、池を中心とした浄土式庭園と、平安末期の本堂および三重塔が残り、平安朝寺院の雰囲気を今に伝える。

本堂は当時京都を中心に多数建立された九体阿弥陀堂の唯一の遺構として貴重とされる。

アプローチ

       

三重塔

国宝

                   z

1178(治承2)年京都の世尊寺と推定される寺院より移築されたといわれる。

阿弥陀堂と池を中心にして対置している。高さ約16m 藤原時代のもので、塔内中央には薬師如来坐像「国重要文化財」が安置されている。この坐像も藤原時代の作である。

苑池

国特別名勝・史跡

寝殿造式の池泉回遊庭園であり、近年調査・発掘されて、平安時代の古態に戻された。

    

本堂

国宝

              

1107(嘉承2)年の建立。

単層 正面十一間 側面四間でかっては入母屋造檜皮葺でであったといわれ、藤原時代作の九体阿弥陀堂賭しては、当寺が唯一の遺構とされる。

堂内の九体阿弥陀像(国宝)は、すべて上品下生の来迎印を結び、中尊の前の厨子には高さ約1mの吉祥天立像(国重要文化財)が安置されている。

本坊・灌頂堂

  

木造吉祥天立像(国重要文化財)

 

木造四天王立像の内広目天(国宝)

 

(上記はいずれもウイキぺデイアより引用)


February 8,2014 大野木康夫 source movie

雪化粧の浄瑠璃寺に向かいました。

 

参道

    

本堂

                                                

三重塔

                                                      

燈籠その他

         


Feb.2012 大野木康夫 source movie

2012.2.5撮影 

真冬の浄瑠璃寺を訪れました。

参道

   

境内の池の護岸工事で水が少なくなっており、張った氷が午後でも残っていました。

  

三重塔(国宝)

周囲の木が落葉して少し見えやすくなっています。

                                 

本堂(国宝)

付近に護岸工事用のフェンスが設けられています。

ポンプの音も聞こえます。

                            


Oct.2011 大野木康夫 source movie

2011.8.20撮影 大野木康夫

あいにくの雨のうえ法事で本堂の内部拝観ができませんでしたが、人も少なく、風情がありました。

山門

  

三重塔(国宝)

治承2(1178)年以前の建築

三間三重塔婆、檜皮葺

青もみじに囲まれて濡れそぼっていました。

             

本堂(国宝)

保元2(1157)年頃の建築

桁行十一間、梁間四間、一重、寄棟造、向拝一間、本瓦葺

法事が行われており、内部の拝観はできませんでしたが、中央付近の扉が開けられていました。

                 

境内風景

石燈籠(重要文化財)の傍らに桔梗が咲いていました。

       

他の人に伝わるかどうかわかりませんが、雨の風景も素晴らしいと思いました。


Nov.2008 瀧山幸伸 source movie

       

     

                               

                                       

                           

 

     

   


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