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京都府木津川市 当尾の石仏
(Stone Buddhist Images at Tono Area, Kizugawa City, Kyoto Pref.)

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Apr.19,2015 中山辰夫

当尾の石仏
京都府木津市加茂町西小及び岩船

当尾(とうのお)
京都府指定の文化財環境保全地区 「塔婆が建ち並ぶ尾根」という意味の「塔尾」からきているとされ、石仏の里として親しまれている。

やさしい起伏の山並が連なる当尾には古くから自然の中での人々の生活があった。奈良に都が移り、大寺が営まれるようになってからは浄土信仰の霊地として栄え、それが近世にまで続き、いろいろな仏教文化財をうみ、それを守り伝えてきた。
当尾は花崗岩が豊かで、それが山肌に現れている南部には鎌倉時代、都の名匠の手による立派な磨崖仏が次々と刻まれた。
奈良から笠置、そして伊賀伊勢への古道近くに浄瑠璃寺、岩船寺、その中間に栄えた随願寺、それらの子院や塔頭の本尊という性格を持つ磨崖仏が多い。

奈良県境にある当尾の岩船寺は、天平元年に行基が創建したとされる古寺。本堂や三重塔があるだけの境内は狭いが石塔や石仏など貴重な石造が多い。
寺の門前には岩をくりぬいた石船がある。岩船寺と浄瑠璃寺を結ぶ山道1.5キロメートルを中心として広範囲に平安時代から室町時代の石仏や石塔が点在する
岩船寺と浄瑠璃寺

無人販売所や茶店などを抜けて、道標に従って石仏を見ながら浄瑠璃寺へと向かう。車道から外れて山道を辿る。

岩船寺から歩きはじめる。

不動明王磨崖仏

童顔の美しい三体の地蔵が並び西方の眺望を見ている。中央の尊像がやや大きい。三体とも宝珠、錫杖を持つ姿で、三界の萬霊供養に発願されたという。

弥勒仏線彫磨崖像(ミロクの辻)

奈良から笠置への古道に面してたつ。釈迦の後継者として遠い将来この地上に下生してくれる姿。大工末行の銘を持つ。

眠り仏

阿弥陀三尊磨崖像(わらい仏)

やさしい笑みを湛えている。当尾の石仏で最も知られた石仏の一つ。上部の石が廂となって風蝕もない。大工末行の名がある。東方の弥勒仏も末行の銘を持つが年号は25年の隔たりがある。

唐臼(からす)の壺

古くからの分岐点で「からすのつぼ」と呼ばれる所。

阿弥陀地蔵磨崖仏

一つの岩に阿弥陀如来坐像と、面をかえて地蔵菩薩立像が彫られてある。一つの四角の石に阿弥陀と地蔵を祀る双仏像は後に多く発願される。
阿弥陀仏の横に線彫燈籠、火袋に彫りこみをつくり、そこへ灯明が供えられるめずらしいもの。

随願寺跡
立ち入り禁止である。
浄瑠璃寺を「西小田原寺」と呼び、こちらは「東小田原寺」とも呼ばれた。
「大乗院自社雑事記」では、「明応二年から二百余年以前に大きな火災にみまわれた。さらに随願寺には三重塔もあったがそれもすでに倒壊した」と伝えており、浄瑠璃寺に匹敵する大寺院であったことが彷彿とさせる。随願寺で造立されたとされる「愛染明王坐像」は奈良国立博物館に所蔵されている。

藪の中三仏磨崖像

一つの岩に阿弥陀仏坐像、もう一つに地蔵菩薩とやや小さく観世音菩薩の両立像が祀られている。銘文で、東小田原寺の塔頭西谷浄土院と読める。

近郊にはまだまだ多くの石造物がある。地元の人たちの強い意志と努力で、懸命に保存されている。

代表的なものを並べる「引用」
あたご灯籠

一願不動

首切り地蔵

大門石像群

その他

≪参考≫
伊末行(いのすえゆき)
弥勒の辻・弥勒磨崖仏と同じ伊末行の作とされる、わらい仏(阿弥陀三尊磨崖仏)の像の左下の銘文に「永仁七年二月十五日/願主岩船寺住僧??/大工末行」(1299年)とあるそうです。猪末行は、南都焼き討ちの後、東大寺復興のために南宋から渡来した石大工、伊行末の子孫(孫か?)にあたります。
伊一族は、奈良近辺に残り、般若寺の大石塔など、数々の作品をこの地に残しました。
猪末行が弥勒の辻・弥勒磨崖仏を造立したのは銘文から文永十一年(1274年)とわかっています。つまり、わらい仏が造立されたのは、それから25年後ということになり、猪末行の晩年の作品と推定されています。(山本寛二郎「南山城の石仏 上」p27)





June 16, 2013 野崎順次 HD video

浄瑠璃口バス停から歩いて、浄瑠璃寺前を通って岩船寺まで石仏巡りをする。緩やかな登りの約5kmの行程である。

近鉄のてくてくマップ京都−4 「浄瑠璃寺・岩船寺石仏コース」をダウンロードして持っていった。方角や縮尺は適当であるが、観光スポットを網羅し、曲がり角の指示が具体的で実に分かりやすい。

田園地帯をゆく。田植えのシーズンである。

坂口橋を渡り、少し行くと道が三つに分かれるので、真中の一番細い道に入ると、

浄瑠璃寺道丁石笠塔婆 南北朝

ツジンドの焼け仏 鎌倉後期 元亨三年(1323)

それから

たかの坊地蔵(西小地蔵石仏) 鎌倉中期

西小(にしお)長尾共同墓地石仏群 室町以降

西小長尾共同墓地五輪塔(国重文)は別のレポートで

西小墓地斜め向かいのお地蔵さん

長尾阿弥陀磨崖仏 鎌倉後期 徳治二年(1307)
「徳治二年末丁四月廿九日造立之願願主行乗」、磨崖仏に葛西氏を乗せたのが珍しい。

それから、浄瑠璃寺を通りすぎ、

ヤブの地蔵(三尊磨崖) 鎌倉中期 弘長二年(1262)
阿弥陀、地蔵、十一面観音が並ぶ。中央に地蔵はこの地方最古の年号と長文の銘で知られる。「東小田原西谷浄土院 願主沙弥淨法此丘尼善阿弥陀仏千手女僧戒万 与力衆僧増願僧久縁清太郎良増 弘長二年戊壬四月廿四日 刻彫畢大工橘安縄小工平貞末」。

このあたり、吊り店(露店)が多い。

あたご燈籠 江戸

バス道から離れて山道に入る。田んぼにはオタマジャクシ。

カラスの壷二尊(阿弥陀・地蔵磨崖仏) 南北朝 康永二年(1343)

唐臼の壺 南北朝 康永二年(1343)

高みに出ると遠くに笑い仏の大岩が見える。途中で横道の急坂を上ると大きな岩(八畳岩)があった。

府文 笑いぼとけ(岩船阿弥陀三尊磨崖仏) 鎌倉中期 永仁七年(1299)
阿弥陀と脇侍の観音・勢至を半肉彫りにしたもので、三尊の顔に笑みが感じられる。作者は大工末行。「永仁七年二月十五日 願主岩船寺住僧□□ 大工末行」。

岩船寺方面から来た親子三人と遭遇。

笑いぼとけのすぐ横の眠り仏(埋もれ地蔵) 南北朝

見慣れない蝶が飛んでいるなあと思ったら、昆虫採集の人を見かけた。

みろくの辻弥勒磨崖仏 鎌倉中期 文永十一年(1274)
作者は笑い仏と同じ大工末行。奈良時代の笠置山大弥勒仏(元弘の役で焼失)を手本にしたと云う。ゆったりとした像容で衣の線ものびのびと見事。光背面の左右に刻銘、「願以此功徳 普及於一切 我等与衆生 皆共成仏道 文永十一年戊申二月五日 為慈父上生永清造之 大工末行」。

急な山道を上り、山腹を巻いていく。

三体地蔵磨崖仏 鎌倉末期 温和な様相

とぐろを巻いたような幹を見て、山道から飛び出すと、岩船寺のある集落に出た。

参考資料
木津川市観光ガイドHP
「大和の石仏」清水俊明、創元社、昭和52年4月20日第3版





京都府木津川市
当尾の石仏巡り、その2
(Stone Buddhist Images – Part 2, Kizugawa City, Kyoto Pref.)

撮影日: June 23, 2013 HD video

今回のルートは、加茂駅からバスで岩船寺へ行った。そこから、一眼不動、カラスの壺を経て、浄瑠璃寺の手前で北に入り、東小墓地、大門石仏群、大門磨崖仏、加茂山の家経由で浄瑠璃寺口バス停に至る。歩行距離は計約4kmで全般的には下り坂の楽なコース。天候は小雨だった。

岩船寺から細い道を下る。ネコの愛想がよい。人々が優しいからである。振り返ると岩船の村落。

府文 一願不動(岩船不動明王磨崖仏) 鎌倉中期 弘安十年(1287)
花崗岩、121cm、像の右下方に「弘安十年(1287)丁亥三月廿八日、於岩船寺僧口口口令造立」の銘文。ただ一つだけのお願いを、一心にお願いすれば、叶えてくださるという一願不動さん。

急坂を下る途中に八畳岩。

途中のホタルブクロの花など。

カラスの壷二尊(阿弥陀・地蔵磨崖仏) 南北朝 康永二年(1343)
一つの岩に阿弥陀如来坐像と、面を変えて地蔵菩薩立像がある。今回は見えにくいお地蔵さんに集中した。

花とチョウ

首切地蔵(東小阿弥陀石龕仏) 鎌倉中期 弘長二年(1262)
花崗岩、高さ135p、像の両側に各一行刻銘「弘長二年(1262)壬戌卯月十二日刻彫畢」「願主東小田原住口口口」。当尾の在銘石仏としては最古。「首切り地蔵」の別名は、昔処刑場にいたからといわれる。

東小墓地の階段を上がると左に五輪塔と地蔵石仏があります。

重要美術品 東小墓地五輪塔 鎌倉後期、花崗岩、高さ280cm
東小墓地の総供養塔。西小墓地の2基と同系で基壇の上に蓮弁台座があり、その上に五輪が乗る。

東小墓地地蔵石仏 江戸前期 元和六年(1620)、花崗岩、高さ107cm
蓮華座上に立ち、右手に錫杖、左手に宝珠を持つ通有の地蔵菩薩で、紀年銘と「為奉善定門」を刻む。

東小墓地その他。六字名号板碑(室町時代中期、高さ188.5cm)というのがあるそうだが、あいにく、意識してなかった。

大門石仏群(室町以降)
大門の阿弥陀寺跡や鎮守社近くにあった石仏、石塔などを集めて安置し直したもの。六字名号板碑や五輪板碑など変化に富む。

大門仏谷の如来形大摩崖仏 平安時代後期、花崗岩、高さ260cm
当尾の石仏群中、最大最古の磨崖仏で、裳懸座上に結跏趺坐する。阿弥陀如来、弥勒如来、釈迦如来などの諸説があり、また製作時期に関しても奈良前期から鎌倉中期までの諸説があり、今後の課題である。大和を代表する磨崖仏の一つであることは間違いない。

小雨の中、草深い道を進んで全身濡れながら、摩崖仏の足元まで行った。圧巻である。

帰途

参考資料
河合哲雄 石仏と石塔HP
木津川市観光ガイドHP




Nov.2008 瀧山幸伸 HD video

不動明王




笑い仏









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