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京都府京都市上京区 大丸ヴィラ(旧・下村正太郎邸)
Daimaru villa,Kamigyoku,Kyoto city,Kyoto

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July 2012 中山辰夫


大丸ヴィラ
京都市上京区烏丸通丸太町上ル

京都市指定文化財
設計:ヴォ−リズ建築設計事務所 施工:清水組 昭和7年(1932)建造

元大丸百貨店主、第11代下村正太郎の旧宅。
下村は明治末のヨ−ロッパ旅行の際に、ロンドンでチューダー・スタイルのリバテイ商会の建物に魅せられる。
帰国後、大阪心斎橋の大丸百貨店を手がけたヴォーリズにチューダー・スタイルによる自邸の設計を依頼した。
こうして烏丸通を挟んで京都御所と向き合う場所に、わが国では珍しいチューダー様式のハーフ・テインバーの
美しい洋館が建設された。建物はチューダーをもじって「中道軒」と名付けられた。(総覧日本の建築6−1)

構造は一見すると木造に見えるが、鉄筋コンクリー造

門塀

建物の遠景

屋根の流れ

窓の周辺 
リネン・フォールド(リネンを織った図柄の浮彫り)のあるパネル、鉛の組子の窓

ねじれ棒の煙突

建物を覆う大木

非公開のため道路より写しました。

参考
大丸・下村家の沿革・概要
1717年に下村彦右衛門正啓が今の京都市伏見区京町北八丁目77に呉服店 大文字屋を開業し、呉服商を出発点として両替商を兼営していた。1726年大阪心斎橋に進出。1728年に名古屋本町に名古屋店を開き、「大丸屋」(のち閉鎖)と称した。
大塩平八郎の乱では、「大丸は義商なり」と焼き打ちを免れたという。これは、往時の豪商が施餓鬼(せがき)として毎年貧しい人に食料や衣服等を援助し、今日のボランティア的な活動を行って利益の再分配をしていたことに対する庶民感情の表れでもある。また幕末には幕府軍に物資を調達した。これら『先義後利』の精神は、現在も大丸の企業理念として継承されている。
1908年11月、個人商店「大丸呉服店」を株式合資会社に転換。その際、下村家当主が早稲田出身であった縁から、大隈重信の配慮で同じく早稲田出身の銀行家杉山義雄を専務理事として迎え入れ改革に乗り出した。杉山は専務理事就任時に資本金50万円のうち3万円を出資し、従業員や別家が20万円を出資していたが、約40軒の別家は旧態依然としていたところに杉山が急激な改革を実施。これが古手の店員や別家の反感を買い、更に不況と重なったことから杉山は退任に追い込まれる。
その後、1910年に東京信託会社の岩崎一が改革案を作成し、ついで大隈重信の斡旋により日本生命社長片岡直温が改革に乗り出す。同年秋には東京・名古屋の両店を閉店する一方で、京都・大阪・神戸店を拡張して再建に乗り出した。下村家も秘蔵の書画骨董を売却して約30万円を調達して資力を増強、1911年1月22日に別宅会を解散して積立金を割り戻す決定をした。 ・・・・・・・
(以下略 Wikipediaより引用)

 


June 2010 撮影 柴田由紀江

京都市登録文化財
京都市上京区烏丸通丸太町上ル
竣工:昭和7年(1932年)
設計:W.M.ヴォーリズ
施工:不明
構造:鉄筋コンクリート3階建て



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