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京都府京都市北区 大徳寺
Daitokuji ,Kitaku,Kyoto city,Kyoto

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大徳寺塔頭
Daitokuji Tacchu

大徳寺唐門
Daitokuji Karamon

京都市北区紫野大徳寺町39 大徳寺方丈及び玄関 方丈 国宝 近世以前/寺院 江戸前期 寛永12(1635) 桁行29.8m、梁間17.0m、一重、入母屋造、桟瓦葺、背面雲門庵附属 棟札2枚 19090405 19570618
京都市北区紫野大徳寺町39 大徳寺方丈及び玄関 玄関 国宝 近世以前/寺院 江戸前期 寛永13(1636) 桁行六間、梁間一間、一重、唐破風蔵、桟瓦葺 19090405 19570618
京都市北区紫野大徳寺町39 大徳寺 仏殿 重文 近世以前/寺院 江戸前期 寛文5(1665) 桁行三間、梁間三間、一重もこし付、入母屋造、本瓦葺、南端木造渡廊 桁行一間、梁間一間、北側廊下 桁行七間、梁間一間、一重、切妻造段違、本瓦葺 棟札8枚 19090405
京都市北区紫野大徳寺町39 大徳寺 法堂 重文 近世以前/寺院 江戸前期 寛永13(1636) 桁行五間、梁間四間、一重もこし付、入母屋造、本瓦葺 廊下1棟、棟札7枚、旧裏板2枚、旧土居葺板3枚 19090405
京都市北区紫野大徳寺町39 大徳寺 山門 重文 近世以前/寺院 桃山 "天正17(1589)(上層) 大永5(1525)(下層)" "五間三戸二階二重門、入母屋造、本瓦葺、両山廊付 山廊 各桁行二間、梁間二間、一重、切妻造、本瓦葺" 棟札2枚、旧土居葺板4枚、鬼瓦3個 19090405
京都市北区紫野大徳寺町39 大徳寺 浴室 重文 近世以前/寺院 江戸前期 元和8(1622) 桁行六間、梁間五間、一重、切妻造、妻入、本瓦葺 銘札1枚 19090405
京都市北区紫野大徳寺町39 大徳寺 経蔵 重文 近世以前/寺院 江戸前期 寛永13(1636) 桁行三間、梁間三間、一重、宝形造、本瓦葺、八角輪蔵付 19090405
京都市北区紫野大徳寺町39 大徳寺 廊下 重文 近世以前/寺院 江戸前期 寛永13(1636)頃 桁行五間、梁間一間、一重切妻造、桟瓦葺 19090405
京都市北区紫野大徳寺町39 大徳寺 寝堂 重文 近世以前/寺院 江戸前期 寛永7(1630) 桁行二間、梁間三間、一重、切妻造、妻入、檜皮葺 棟札2枚 19090405
京都市北区紫野大徳寺町39 大徳寺 庫裏 重文 近世以前/寺院 江戸前期 寛永13(1636)頃 桁行26.0m、梁間19.0m、一重、正面切妻造、背面入母屋造、桟瓦葺 廊下1棟、棟札1枚 19090405
京都市北区紫野大徳寺町39 大徳寺 侍真寮 重文 近世以前/寺院 室町後期 室町後期 桁行12.2m、梁間4.0m、一重、切妻造、桟瓦葺 19090405
京都市北区紫野大徳寺町39 大徳寺鐘楼 重文 近世以前/寺院 桃山 天正11(1583) 桁行三間、梁間二間、袴腰付、入母屋造、本瓦葺 棟札2枚 19090405
京都市北区紫野大徳寺町39 大徳寺勅使門 重文 近世以前/寺院 桃山 慶長(1596-1615) 四脚門、切妻造、前後軒唐破風付、檜皮葺 19000407


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パンフレット、門前町

            

総門あたり

          

国重文 勅使門

                  

国重文 山門

             

国重文 仏殿

           

国重文 法堂

   

本坊庫裏

     

その他

           



April 20,2016 田中康平

京都府京都市北区紫野大徳寺町53

    

下記以外は一般には撮影できない。

勅使門
  

三門(山門)
利休がここに自分の立像を置いたことがその切腹を招いたことでも知られる。
      

大徳寺のイブキ
京都市指定天然記念物。仏殿再建当時に植えられたとされる。樹齢およそ350年。
  


仏殿
    

総門、南門 他
            

January 19,2014 大野木康夫 movie

雪がうっすら積もった大徳寺

総門付近

  

勅使門

               

山門

                     

興臨院

浴室

  

仏殿

                     

経蔵

 

法堂

          

本坊

 

庫裏

   

鐘楼

     

侍真寮

          

龍光院兜門



June 2013 中山辰夫

■■■■大徳寺

京都市北区紫野大徳寺

宗派:臨済宗大徳寺派総本山
本尊:釈迦如来

門前に漂う独特の納豆の香りを味わって参拝に進む。

■■広大な寺域を占める京洛屈指の禅刹である。
大燈国師を開山に、今から六百六十余年前、1319(元王元)年、赤松則村・則祐を開基として創建された。
応仁の乱で戦火を受け炎上したが、文明年中、一休和尚が再興し、名僧が相次いで出て隆盛の一途をたどった。諸大名、武将を始め堺の富豪が帰依した。豊臣氏は織田信長のために総見院を建立、三好氏は聚光院、細川氏は高桐院、小早川氏は黄梅院、黒田氏は龍光院など、当時の名将はこぞって大徳寺境内に塔頭を建立した。1582(天正10)年11月、秀吉は当山で信長の葬儀を営み、世にいう「大徳寺焼香」を残した。

■国宝・重要文化財に指定されている多くの建造物のほかに、各塔頭に貴重な絵画や水墨画や庭園が多い。“みやび”の世界から水墨画、茶の湯枯山水の庭といった“わび”“さび”の精神に移って行った当時の日本文化の一面がこの寺に集約されているとされる。

■大徳寺七堂伽藍と24カ寺「本坊と23塔頭」がざっと17万uの広大な境内を構成している。 伽藍は新大宮通に面して建つ。

■■配置図
  

■大徳寺伽藍は禅宗独特の唐様建築である。南より北へ一直線の伽藍配置は、勅使門・三門・仏殿・法堂・と並び、その東側に南から北へ浴室経蔵・鐘楼と計七棟からなる。

■■総門
      

■■他の門
■梶井門
旧大宮通りに面する「開けずの門」である。
   

■南門
北大路通りに面する。
   

■■石の道
総門をくぐると石畳の参道に驚かされる。美しい。広い寺内に隅から隅まで敷き詰められた石はざっと270トンにものぼるとか。短冊形に切った石が並べられたところ、自然のままの川原石を敷き詰めたところ、塔頭と塔頭を結ぶ石畳は、また敷地の境を示すものとされる。何年もの間に
敷き飾られたものであろう。
                    

■■浴室
総門入ってすぐ、右側に建つ。木々に遮られて全体がつかめない。
国重要文化財 構造:桁行六間 梁間五間 一重 切妻造 妻入 本瓦葺 建築;1622元和8)年 灰屋紹益により再建された。
昔、和尚方の入浴に用いた蒸し風呂である。
     

■■勅使門
国重要文化財 構造:四脚門 切妻造 前後軒唐破風付 檜皮葺 建築;桃山(慶長1596〜1614)
勅使専用の門。1590年皇居の陽明門として出来上がり、後に下賜されたもので、桃山時代の代表的な遺構。
          

■■茶所
     

■■三門
国重要文化財 構造:朱塗二層 建築:1529(享保2)年 寄進:連歌師 宗長
     
応仁・文明の乱(1467-1477)後、連歌師宗長等が一階部分を寄進、後に千利休により二階部分が設けられ「金毛閣」と名づけられた。
「一旦、山門をくぐり境内に入る者は、金毛の獅子となって下化衆生せんことを」。金毛とは金毛の獅子(優れた禅僧)を意味している。
      

利休が、「金毛閣」を構えて自らの雪見の像を置いた。ところがこれが秀吉の怒りに触れ、ついに切腹の原因になったとされる。
   
楼上には釈迦三尊像、十二羅漢像と共に、利休の木像が安置されている。また、天井龍は長谷川等伯筆。

■鬼瓦
 

■■イブキの巨木
大徳寺の仏殿南庭にある。仏殿が焼失し,再建された1665(寛文5)年に植えられたものとされ樹齢は350年ほどと考えられる。京都市指定天然物
地上約3mで5つの幹に分枝し各幹ともねじれながら斜上している。樹高幹周は4.67mに達している。イブキの希に見る巨木で貴重である。
        

■■仏殿(本堂)
国重要文化財 構造:一重裳階付入母屋造、本瓦葺、禅宗様 建築: 大現国師により創建。
応仁・文明の乱で焼失し、1479年、堺の豪商の寄進などによって再建。
現代の建物は、1665(寛文5)年に再建されたもので、那波常有、京の豪商・那波屋常有によって建造された。
      

本尊のお釈迦様を祀り脇壇に祖師像などがある。
     

■目に入った意匠。他の数々
      

■堂内
仏殿、内部の須弥壇には、徳川家綱寄進という釈迦如来坐像を安置する。海北友松の障壁画、狩野元信の雲龍がある。
天井は狩野元信の雲龍図
     

■■法 堂(はつとう)
一名演法堂ともいわれるように、開堂などの法要を行うのにつかわれる。
    

■伽藍の連絡廊下
     

■■唐門「日暮れ門」
国宝
方丈前庭にある。ほとんど見えない。
越後・村上周防守忠勝が、聚楽第遺構を譲り受け移築したという。日光東照宮の日暮門の模型とされる。近代、現在地に移された。
    

■■経蔵
国重要文化財 構造:桁行三間、梁間三間、一重、宝形造、本瓦葺、八角輪蔵付 建築;1638年 江戸前期
天平より吉野時代に至る600余年間の写経がある。 見学不可である。

■■鐘楼
国重要文化財 構造:桁行三間、梁間二間、袴腰付、入母屋造、本瓦葺 建築:1583年(桃山)
この鐘を合図に今も尚一山の和尚方が種々の行事に動き出す。 見学可である。

■■本坊「宗務本所」
     

■■庫裏
国重要文化財
室町時代、応仁・文明の乱により焼失、文明年間(1469-1487)に再建された。
江戸時代の寛永年間(1624-1643)に、旧方丈の古材により修復された。
     




Feb.2011 瀧山幸伸 HD video

大徳寺
Daitokuji

A camera
                                              

B camera
                               








大徳寺
Daitokuji

Jan.2007 瀧山幸伸 Preview video 500Kbps HD video Video FAQ

Mar. 2006 瀧山幸伸 Preview video 500Kbps HD video Video FAQ

  

勅使門
Chokushimon
     

三門
Sanmon
    

仏殿
Butsuden
        

法堂
Hatto
      


  
    

庫裏
Kuri
 

浴室
Youshitsu
 

鐘楼
Shourou
 



事務局用


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