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京都市上京区 京都御所・御苑 
Kyoto Gosho/Gyoen Kamigyoku,Kyoto

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Aug.19,2017  中山辰夫

京都市上京区京都御苑


京都御苑地図
 

京都御所―地図と説明
   

京都御所は、古来の内裏の形態を今日に保存している由緒あるもので、現在のものは1855(安政2)年の造営で、紫宸殿を始めとし、清涼殿、小御所、御学問所、御常御殿など平安時代以降の建築様式の移りかわりをつぶさに見ることができる 
約11万uの敷地の四方は築地土塀に囲まれた、6つの門、13の穴門に守られている 2016(平成28)年からは、申込無しで通年公開されるようになった

清涼門−出入口付近
    

宣秋門
         

御車寄
      
玄関 諸大夫の間や清涼殿、小御所等とは廊下でつながる

諸大夫の間
        
参内した公家や将軍家の使者の控の間 身分により部屋が決まる 「虎の間」「鶴の間」「桜の間」と襖絵に因んで呼ぶ 畳縁の色も異なる

新御車寄
    
1915年(大正4)年、大正天皇の即位礼に際して、天皇皇后陛下のための玄関として建てられた建物

回廊・月華門は改修中
    

紫宸殿付近

建礼門
               
御所の南面に建つ正門である 天皇の臨幸と国賓来訪の時以外は開門しない 檜皮葺、切妻屋根の角柱の四脚門
蟇股が表・裏側で異なる

承明門 (じょうめいもん)
    
建礼門と紫宸殿の間にある丹塗り・瓦葺・切妻屋根の12脚門の門 紫宸殿の南正面に位置し、天皇行幸や上皇御即位後の出入りに用いる

紫宸殿
            

月華門
    
紫宸殿南庭の西側の門 週塗りの回廊の西側にある。ここから見る東山の眺めが素晴らしいとされる。改修中

宣陽殿と春興殿
    

清涼殿
入口と前景 白砂の南庭(だんてい)
      

清涼殿は天皇の日常の住まいとして定着した御殿で、政事・神事などの重要な儀式も個々で行われた。建物は1590(安政2)年の造営
中央の畳を敷いた部分が「昼御座(ひのおまし)」といい、天皇のご日常の御座である
清涼殿は入母屋桧 葺きの寝殿造
      
            
滝口
 
清涼殿の右手のスペースが滝口。清涼殿を守護する武士が詰め、滝口の武者と呼ばれた

衝立障子や「襖」
     

小御所
      
寝殿造りと書院造りの両方の様式が混合した建物

蹴鞠の庭
 
小御所と御学問所の間にある砂利敷きの広場

御池庭
        
池を中心とした回遊式庭園 池前面は州浜、舟着への飛び石を置く 右手にある橋が「ケヤキ橋」 

御学問所
        
入母屋桧皮葺の書院造りの建物

御常御殿
             
入母屋桧皮葺の書院造りで,京都御所の中で最も大きな建物

御内庭
       

御三間(おみま)
          
宮中御内儀の行事が行われた場所 内部は、下段の間、中段の間、上段の間に区切られている それぞれの部屋には見事な襖絵がある

出口近くの広場より写す

全景−1
         

全景―2
     

≪参考資料:配付パンフレット、宮内庁HPより抜粋≫


Apr.5,2017 中山辰夫

御所の桜

この時期、例年なら桜が満開近い状態ですが、今年はマバラナ咲き具合に思えました。

拾翆亭−この付近では桜を見かけない
    

出水の小川近辺
                

梅林・桃林〜清水谷家の椋付近
        
梅林には約200本の梅の木が、桃林には約70本の木が植えられている

近衛邸跡付近のさくら
      

近衛邸跡の「イトサクラ」
          
枝垂れ桜の大木が約60本あるとか。御苑で一番早く咲きだし、3月中旬には満開となる。



November 29,2016 大野木康夫 movie

梨木神社

 

清和院御門から大宮御所の北側を進む

  

土御門第跡

   

学習院跡

      

仙洞御所参観後、大宮御所西側

   

凝華洞跡

             

建礼門

          

梅林の大榎

    

参観入り口の清所門へ

   

通年公開となった京都御所内部へ

  

宜秋門

  

御車寄

  

諸大夫の間

      

新御車寄

   

紫宸殿の西側の屋根

      

月華門

   

回廊

       

建礼門

  

承明門

           

紫宸殿
                

建春門

 

春興殿

 

日華門付近

  

清涼殿へ

        

清涼殿、滝口、紫宸殿北側

                                         

小御所、蹴鞠の庭、御学問所、御池庭

                                        

御常御殿、迎春、御涼所、御内庭

                            

御常御殿南側

     

御三間、御学問所北側

             

清所門へ

               

中立売御門付近

     

駐車場付近

     

御所南西側

   

梅林の榎

 

白雲神社

      

出水の小川付近

       

九条池周辺

            

堺町御門のイチョウ

                



March 26,2016 大野木康夫 movie

早朝、早咲きの桜の撮影

近衛邸跡のイトザクラ

                                            

御所の西側を南下

     

出水の小川付近のシダレザクラ

                                                         

建礼門

  

御所南西の桃林

           

御所の西側土塀

   

明るくなってからの近衛邸跡には多くの人が訪れていました
                                                 


Dec.1,2015 am 田中康平

京都府京都市上京区 京都御所・御苑
Kyoto Gosyo, Kamigyoku, Kyoto city

宮内庁管理(文化財指定対象外)

御所内に紅葉は多くはないが所々に効果的に彩を与えておりこの季節の参観はそれなりに美しい。
一般参観では清涼殿や瀧口など古典に現れる建物をつぶさに見ることができる。

環境省の説明ページより:794年、桓武天皇が平安京へ遷都した当時の内裏(御所)は、この京都御苑から約2km西に位置していました。現在の京都御所は内裏の焼失等の際に、天皇の仮住まいとなった里内裏のひとつである東洞院土御門殿に由来するもので、1331年(元弘元年)、光厳天皇がここで即位されて以来、御所とされたものです。1392年(明徳3年)の南北朝合一によって名実ともに皇居に定まり、明治に至るまでの 約500年の間、天皇の住まいでした。建物自体はその間も焼失を繰り返し、現在の建物は安政2年(1855年)に平安時代の内裏の姿にならって再建されたものです。

御所
                                                                                                   


御所周辺の御苑、乾御門、建春門、寺町御門、および街並み
                          




November 30,2014 大野木康夫 movie

朝の紅葉見物

駐車場付近

       

梅林付近の大エノキ

    

白雲神社

   

再び大エノキ

  

白雲神社南側の紅葉

       

閑院宮邸跡付近

  

宗像神社

          

九条邸跡付近

              

堺町御門付近

     

博覧会場跡付近

          

仙洞御所近辺

                    

凝華洞跡の大イチョウ

          

大イチョウ東側の紅葉

     

大宮御所北側、学習院跡

                      

白雲神社東側

                

帰路

   





Dec.2012 中山辰夫

御所 

京都市街のほぼ中央に位置し、東西約700m、南北約1,300mと広大な敷地を有する。
京都御所は、桓武天皇により都が京都に遷った794年(延暦13年)に造営された大内裏(宮城)である。
平安京の内裏は960年に焼失して以来、災害時は一時的に京中の公卿邸を借用するようになった。これを「里内裏」といい
現在の御所は里内裏の1つ「土御門東洞院殿」の後身となっている。
戦乱や火災によって荒廃した大内裏に代わって、事実上の内裏として機能している。

京都御苑の中に、天皇が住まいになっていた「京都御所」がある。
「京都御所」の周りには塀がめぐらされ、六つの門で外につながっている。
南側の「建礼門(けんれいもん)」から時計回りに進むと、西側には「宜秋門(ぎしゅうもん)」、「清所門(せいしょもん)」、「皇后門(こうごうもん)」
北側に「朔平門(せっぺいもん)」、東側には「建春門(けんしゅんもん)」の順に並んでいる。

建礼門(けんれいもん)
御所正面入口の正門。
    

素木、切妻造、桧皮葺(ひわだぶき)、柱間1間の四脚門である。
     

屋根は、檜皮葺で軒下の金色の建具や透かし彫りが施されており、気品あふれる厳かな門。
    

開門されるのは天皇や国賓の来場や一般公開など、特別な行事の時のみである。
左右の築地塀(ついじべい)には5本の筋(水平の線)が入っているが、これも塀として最高の格式を示すものである。
この門を入り丹塗り瓦葺の承明門(じょうめいもん)を潜ると正面が紫宸殿である。門の奥に僅か見える。
    
遠景・他
     
 

宣秋門(ぎしゅうもん)
西側の一番南にあるのが、この宜秋門。葵祭りはここから出発する。
     

桧皮葺き、切妻屋根の四脚門。唐門ともいわれ、宮、摂家、親王、門跡、公家等が参内する際に用いた
          

春・秋の特別公開時の入り口となる
    

門越しに見える紫宸殿の屋根
    
 

清所門
宣秋門の来た100mの所にある門。瓦葺一般公開時の入口、特別公開時は出口となる。
          

御所の勝手口といえる門。皇子女の参内初めに用いられた。御台所御門ともいわれる。
     

皇宮警察本部に所属する皇宮護衛官というおまわりさんが、詰所の外で、一年中24時間、立ち番で警護しておられる。ご苦労さん。
  
 

皇后門
清所門から更に北へ歩くと、皇后門がある。御門は瓦葺き
ちなみに、築地の瓦に菊の紋章が焼き込まれている。
       
 

朔平門(せっぺいもん)
京都御所の北側中央にあるのが御門。檜皮葺である。南の建礼門とは対峙している。
        
 

建春門(けんしゅんもん)
京都御所の東側にあるのが、この建春門。向唐破風の屋根を持つ四脚門
東側の築地の南寄りにある。唐破風の屋根をもつ四脚門である。
また外国の首相にも用いられる。
          
勅使の出入りに用いられたが、明治以来は皇后陛下や皇太子殿下の御門とされ、また外国の首相にも用いられる。
      

穴門
数多く設けられている。不浄門。
     

 

清水谷家の椋(むく)
        



御所

名残りの紅葉
12月2日に散策する。木々の紅葉は盛りを過ぎていた。

御所の内外の路面は、色とりどりの落葉で覆われている。
  

御所内には燃え尽きた木々も点在する。今なお残った力で廻りを輝かせている木々も多い。
     

年内の全ての行事を終えた御所周辺は、人気も少なく、一休みしている感じで静かだった。
     

凝華洞跡のイチョウ
(説明板)
凝華洞跡
江戸時代第111代後西天皇退位後の仙洞御所があったところといわれています。一八六四(元治元)年禁門の変の頃
京都守護職に任じられていた会津藩主松平容保は病を患い、朝廷の配慮もありここを仮宿舎にしました。
丘の上の松の横には東本願寺が寄進した灯籠が建ち南には池がありました。その後、大正大礼前の改良で池は埋められ
灯籠は九条池畔に移され、戦時中の金属供出により今は台座だけが残っています。
このイチョウの大木と対峙して、樹の言葉を聞く人が多いと聞く。御所には各所にパワースポットがあり、その一か所である。
     

散策の途中、時折雨が落ちてきて、木々を濡す。そこに陽射しが当たりその反射が美しい
        

陽に映える黄葉
   


京都御苑

京都御苑は、京都御所、仙洞御所を囲む面積約63haの公園。東西約700m、南北1300mの広大な敷地は、明治初期に皇宮付属地として
整備され、戦後になって国民公園として開放された。
江戸時代には200もの宮家や公家の屋敷が建ち並んでいた。石垣に囲まれた公園になったのは明治時代になってからである。
 
現在では、平安時代から幕末までの史跡は勿論、樹木5万本が育ち、様々な野鳥や草花、キノコなどを見ることができる自然豊かな憩いの場
である。(説明:御苑管理事務所)
 
今回は、下記の案内図の下線部、堺町御門〜九條池〜拾翆亭〜厳島神社〜宗像神社〜閑院宮邸跡をたどる。
 

1864(元治元)年、京の街を火の海にした蛤御門の変(禁門の変)は、蛤御門から起こった。
蛤御門
本来は「開かずの門(禁門)」であったが、1788(天明8)年の大火の際にはじめて門が開かれた。蛤が焼かれて殻を開くのになぞられて呼ばれた。
蛤御門を警備していた薩摩藩と長州軍との間で激戦が繰りひろげられた。公家の鷹司家から出火した火が京の街を火の海に化した。この火事が
「鉄砲焼け」「どんどん焼け」といわれる。「どんどん」は鉄砲の射撃の際の擬音からきている。
    
京都の中心部の三分の二を三日間にわたって燃やしたこの火事は、京都にとっては応仁の乱以降最大の被害となった。公家・鷹司邸跡には碑
しか残っていないが、九條邸の庭にあった池と鎮守社、茶室・拾翆亭は残り、当時の面影を残している。

丸太町通の堺町御門から御苑に入る
堺町御門
     
門をくぐると御苑の広がりが目に入る。左手が九条邸跡で、石垣や石畳道の跡がうかがえる。
     

ケヤキかイチョウ、いずれかの大木 これから行く九条橋の上からも見える。木立の奥は九条池である。
五摂家の一つ九条家の邸宅のあった跡で、池はかつて邸内の園池であった。九条池の一体はサルスベリ(百日紅)の花が美しい。

    

九条池にかかる九条橋 架かる橋は1882(明治15)年に造られた高倉橋 

       
渡り終わると、前方正面は建礼門。広い玉砂利の道がまっすぐ続き建礼門と紫宸殿の屋根を望む雄大な景色が目にできる。

九条橋からの景観(右側)
       

九条橋から景観(左側)…厳島神社周辺と拾翆亭である。
         

拾翆亭(しゅうすいてい)
数奇屋造、九条邸唯一の遺構。拾翠亭の名前は、九條池によく飛来したカワセミ(翠)に由来している。
江戸後期に建てられたと伝えられる茶室。九条家の別邸として、茶会や歌会など社交の場として利用された。現在は茶会などに利用されている。
         

厳島神社
京都市上京区御所内

祭神:宗像三女神とも称される、田心姫命、湍津姫命、市杵島姫命、祇園女御

九条家の鎮守、中島に建つ。九条家が東京へ引き移ったのちも、中島に祀られた厳島神社は池と共に残された。
    

清盛とその母とされる祇園女御ゆかりの神社である。
厳島神社は、清盛とその母とされる祇園女御ゆかりの神社で、平清盛が育ての親のために、兵庫の築島に広島の厳島神社から福原の地に勧請した
のが始まりで、その後、室町幕府の12代将軍の義晴が京都の細川家の邸内に移し、さらに江戸時代の明和8年(1771年)に九条家の邸宅内に
移って九条家の鎮守社として崇拝された。明治の世になって九条家が東京へと移った後も神社はこの地に残され、現在に至っている。

鳥居
花崗岩で出来ているこの鳥居は唐破風形式であることから、「唐破風鳥居」と呼ばれ、北野天満宮の石造鳥居・蚕ノ社の三柱鳥居とあわせて
「京都三珍鳥居」とされている。
    

本殿・他
      

宗像神社へ向かう途中、新婚さんに出会い、紅葉と一緒に写す。
     
宗像神社
京都市上京区京都御苑9

祭神:多紀理比売命、多岐都比売命、市寸島比売命

宗像神社は、厳島神社のすぐ近くにあって九条邸跡の西北にあって、もとは花山院家の鎮守社であった。

   
795年(延暦14年)、藤原冬嗣が宗像神を勧請したのが起こり。
     

京都観光神社
恵まれた観光都市・京都に感謝の念を表すため、観光関係業者が京都観光神社を創建し、猿田彦大神を守護神として祀っている。
 

閑院宮邸跡
京都市上京区京都御所3

閑院宮邸跡周辺には、九条邸庭園の遺構である九条池や二階建茶室の拾翆亭などがあり、京都御苑の歴史に触れるには格好の場所とされる。
江戸時代から続いた閑院宮家の屋敷跡である。
 

閑院宮説明
 

東門
  
敷地は築地塀に囲まれ、主屋は木造平屋建の四つの棟で構成されている。
     

収納展示室・他
     
さまざまな写真や絵図、出土品などが展示され、スタッフによる解説が受けられる。

庭園
敷地内東南には庭園の一部として池が遺されている。18世紀中ごろの遺構をもとにした池や州浜がある。
     




Dec. 2011 大野木康夫 HD video

2011.12.2撮影 

京都御苑の各所で最盛期の紅葉を撮影しました。

寺町御門付近のイチョウが黄色く色づいていました。
見えている土塀は仙洞御所のものです。

             

西に進むと、鷹司邸跡や賀陽宮邸跡の所々にモミジが色づいていました。

                

南側九条池周辺も、モミジや藤が色づいていました。

              

建礼門に向かって進むと、凝華洞跡の大イチョウが見事に色づき、落葉も綺麗でした。

            

東に向かい、有栖川宮邸跡から建春門付近、学習院跡の紅葉を見てから、仙洞御所の参観に行きました。

            

遅れ気味の紅葉ですが、御苑の木々は管理が行き届いており、綺麗に色づいていました。


Dec.2011大野木康夫 HD video


仙洞御所の紅葉
Sentogosho

2012.12.2撮影 

紅葉の盛りとなった12月初め、仙洞御所の一般参観に行きました。
あいにくの曇り空でした。

仙洞御所の土塀

         

正門をくぐった広場

          

松の木の剪定

「御所すかし」と呼ばれる剪定方法です。
手で松の葉をむしり、枝を残したまま見通しをよくします。

   

大宮御所の御車寄

         

御常御殿へと向かう通路

    

御常御殿南庭

     

いよいよ仙洞御所に入ります。
北池の西に出ると、右手の紅葉山は一面色づいていました。

                    

時計回りに北池の周りを廻って行きます。
参観者が感嘆の声を上げるほどの紅葉ですが、説明の方は、「今年はもう一つです。」とおっしゃっていました。

                              

土橋を渡って中島に渡ります。
東側から紅葉山や阿古瀬淵を眺めます。

                

石橋を渡って鷺の森に行きます。
北池と南池の両方が見えます。
八ツ橋の藤も黄色く色づいています。

                     

もみじ橋を渡って紅葉山に行きます。
視界全体がオレンジ色に染まったようです。

          

南池に出ました。
本来の仙洞御所のエリアです。
紅葉山、もみじ橋や雄滝を眺めながら八ツ橋を渡ります。
反対側には州浜が広がります。

                          

八ツ橋を渡り、中島を通って行きます。

               

南池東側から対岸を見ると、イチョウが黄色く色づいています。

              

南池南岸の州浜は、相模真鶴の吉浜石が敷き詰められています。
南岸には仙洞御所で唯一残った建物である醒花亭があります。
八ツ橋の藤とイチョウの黄色と、モミジの赤やオレンジ色が綺麗です。

                          

醒花亭から八ツ橋方面に戻ります。
このあたりで説明も一段落し、参観者はしばらく写真撮影等で過ごします。

                                

紅葉山から北池に戻ります。
茶室又新亭は明治期に近衛家から献上されたものです。
北池の御舟着付近の紅葉が綺麗でした。

                                    

 

 


京都御苑の桜

April,2011 撮影:大野木康夫 HD video

4月2日、京都御苑に行きました。
京都御苑は国民公園で環境省の管理、内部の京都御所と仙洞御所(大宮御所)は宮内庁、京都迎賓館は外務省の管理です。
堺町御門から入り、いろいろな花を見ながら建礼門南の大路を北に歩きます。

        

京都御所の南西、梅林ではまだ梅が咲いていました。

        

御所の西側に沿って北に向かいました。

      

御所の北側、近衛邸跡の桜は京都でも早咲きで有名で、朝早くから多くの人が写真を撮っていました。

                     

御所の見学コースの最後、御常御殿から清所門に戻る途中の桜も見事に咲いていました。

             



Nov.2005 瀧山幸伸

その1 Preview video 500Kbps HD(1280x720) Video FAQ

    

  

       

      

          

    

          

                    

                   


Nov.2005 その2 Preview video 500Kbps HD(1280x720) Video FAQ

  

      

         

                    


  

                             


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