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京都府京都市中京区 キンシ正宗堀野記念館
Kinshimasamune Horino museum,Nakagyoku,Kyoto city,Kyoto

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Mar.2012 中山辰夫

京都市中京区堺町通り二条上がる

国登録文化財
京都市歴史的意匠建築物

伝統的な造り酒屋のたたずまいが今に残されているキンシ正宗の創業者堀野家旧本宅。
創業は天明9年(1781)。その後明治初期に伏見に拠点を移した。
そのまま残った建物は、当時の酒造りを支えてきた井戸や道具などと共に、平成7年(1995)から
一般公開されている。
酒蔵として繁盛した大店(おおたな)の風情を楽しみながら、敷地内で醸造されているできたての地ビールや
日本酒の試飲も楽しめる。

江戸時代には、御所周辺に酒蔵がいくつも点在していた。京都は酒の需要が大きかった。
今ではキンシ正宗は伏見の酒だが、明治12年(1879)まではここで作られていた。
キンシ正宗は天明元年(1781)、若狭出身の松屋久兵衛によって創業。後に姓を堀野とし、現当主で十代目。
明治維新を機に、天皇が東京に移ってからは、御所周りの酒蔵も姿を消し、その面影を残すのは市内ではここ
のみとなった。

外観

館内案内
母屋は天明元年の大火で焼けた。現在の建物は、禁門の変の後、明治期に立てられたもの。

切子格子
上部が短い堅子が2本ずつ並ぶ切子格子。この隙間から外を眺めることができる。

見世の間
現在は改造され、事務所、などに使われている。

一階奥座敷 
中庭を望む書院造り。特に床の間周辺には、明治期の有力豪商のしつらいが散りばめられている。

ケヤキの違い棚、張り棚の障子

大正時代の手造りのガラスで所々泡が入っている。貴重なものである。

床柱は皮付きの赤松

おとしには九つの節がある竹が用いられている。九つの竹の節は縁起のいいものとされる。

床柱には「竹の子」 九つの父子と同様、家業の繁栄を祈る気持ちをこめてある。

ケヤキ(棚板)、縞柿(小柱)、天井(霧島杉)、たがやさん(水に浮かない重い木)など
多種多様な素材が使われている。落着いた雰囲気である。

中庭
石塔籠と飛石を配した中庭。飛石は鞍馬・貴船の石で、現在は持ち出し禁止である。
二階奥座敷からの眺めは京の粋を感じさせる。

二階へ上る階段は標準的な幅で勾配。上ると部屋である。

二階10畳、奥座敷
接待用 欄間・襖絵もシンプルゆっくりおもてなしする氣遣い。 
角の床柱を用いた畳床 角材の床脇無目、平書院の筬欄間(おさらんま)など、派手さを抑えた
端正な座敷構え。すべて舞を引き立てるためであるが、実はこだわりのしつらいがなされている。

鞘の間 
奥座敷の下手にある長5畳の部屋。
客人をおもてなしするための空間。京舞の披露などがおこなわれる。

道路側にある従業員の部屋
いく室に分かれる。天窓や虫籠窓がある部屋

厨子二階
町家の表側の屋根裏空間ぶぶんである。使用人のどの寝所や物置に使われる。
虫籠窓
防火用として、柱は土を漆喰で固めた、難燃につくったもの。〜80〜150mm厚み。

飛び火を跳ね返す。屋根の勾配も火除けのため

堀野記念館

入って直ぐのホール。
母屋は改造されている。内井戸がのこる台所跡、桶は戦前のもの

名産品コーナー
特大の松による梁が見事 空間を贅沢に使った吹き抜け上部に、梁組や小屋組が見渡せる。

名産品・試飲コーナー ここで戴く地ビールは美味い。

キンシ正宗の長い歴史の一端がうかがえる。
ブランド名となった金鵄勲章の看板とハッピ、特約販売店用木彫吊看板など。

美しい切子ガラス製の瓶と創業者松屋久兵衛の角樽

創業当時の酒蔵「天明蔵」
耐火性に優れ、元治元年(1864)の蛤御門の変で上がった火の手で母屋が焼け落ちた際も
中の酒や酒造りに使う道具を守り抜いたと伝えられる。その貴重な酒造道具が展示されている。
天明元年の創業以来、当時のまま残る建物は、平成12年国登録有形文化財に指定される


貴重な酒造道具が残る酒造2階。伝統的な酒造の風景が残っている。
蔵の中は通年を通じてひんやりしており、素材に通気性のいいものが使われている。

酒搾槽 ここで一番しぼりの酒が誕生する。

大樽

キンシ正宗創業の天明元年(1781)より、酒造の礎を築き、端麗な切れ味の酒を守り続けている名水“桃に井”。
京の名水「桃の井」と水脈を同じくするこの水は、御所近くという都会の中にありながらも、毎時3トンもの豊かな
水量と清涼な水質を保ち続けている。年間を通じて水温は16℃を保っている。

「文庫蔵」
創業からの貴重な資料が残されている。 厚い壁、柱で防炎に対処する。

天明8年(1788)の酒造株改証文

残っている棟札には、上棟は文政3年(1820)と記載されている。

記念館のある堺町二条上がる亀屋町の文化2年(1815)の町内絵図。
通りに面した地割りや南北の門を図示するなど貴重な資料

酒造りの工程

懐かしいポスターが随所で見られる

隣接する「京都町屋麦酒醸造所」ここで地ビールが造られている。二品種。
一週間に6000本という限定生産。理由は「つねに美味しい状態でのんでいただくため」
隣接して「奥満笑屋」と京都町家麦酒醸造所がある。

 




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