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京都府京都市伏見区 城南宮
Jonangu,Fushimiku,Kyoto city,Kyoto

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February 28, 2016 野崎順次 source movie

梅の花を見に行った。神苑春の山のしだれ梅はあでやかで素晴らしかった。

パンフレット

   

社務所、唐渡天満宮、狛犬、拝殿、本殿

              

神苑春の山、椿

      

枝垂れ梅

                                                         

竹と椿

         

平安の庭

         
室町の庭、城南離宮の庭

            



Mar.2012 大野木康夫 source movie

2012.3.12撮影 

所在地 京都府京都市伏見区中島鳥羽離宮町7

枝垂れ梅が満開を迎えた城南宮を訪れました。

境内各所

                    

神苑西側の築山一帯に紅白の枝垂れ梅が植えられています。
満開を迎え、辺りに梅の香が漂っていました。

                                                

椿その他神苑各所

          





Oct.2009 撮影: 野崎順次

京都市伏見区中島鳥羽離宮町7
方除の大社 式内社

祭神
息長帯日売命(神功皇后)、八千歳神(大国主神)、国常立尊を主祭神とし、他に天照皇大神、品陀別命、別雷神、大山咋神、天児屋根命、宇気毛智神を祀る。
歴史
創立年代は不詳である。この地にあった式内社「真幡寸神社」に、神功皇后の三韓征伐の際に船上に立てた旗に神功皇后・八千戈神(大国主神)の神霊を添えて奉斎したのに始まると伝える。
平安遷都の際に国常立尊が併祀され、城(平安京)の南にあることから「城南神」と称された。
白河天皇が鳥羽離宮(城南離宮)を造営してからはその一部とされ、代々の天皇、上皇がしばしば行幸した。
また、貴族の方違の宿所となり、京都御所の裏鬼門を守る神とされたことから、方除け、厄除けの神として信仰されるようになった
応仁の乱などの戦乱で荒廃したが、江戸時代に復興された。
幕末には鳥羽伏見の戦いの戦場となった。
文久3年(1863年)に孝明天皇が攘夷祈願に行幸した。
明治10年、式内社「真幡寸神社」に比定され、社名を「真幡寸神社」に改称した。
昭和43年に「城南宮」に復し、「真幡寸神社」はその境内摂社として、境内に新たに社殿を設けて奉祀されることになった。


城南宮道の東鳥居より参道を進む。

              

城南鳥居から城南宮境内に

                             


神苑へ、春の山。

             


平安の庭。

                

室町の庭。

                    

桃山の庭。

              


城南離宮の庭。

          


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