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京都府京都市右京区 広隆寺
(Koryuji Temple, Ukyoku, Kyoto)

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京都市右京区太秦蜂ヶ岡町32 広隆寺桂宮院本堂 国宝 近世以前/寺院 鎌倉前期 建長3(1251)以前 八角円堂、一重、檜皮葺 厨子1基 19000407 19530331
京都市右京区太秦蜂ヶ岡町32 広隆寺講堂 重文 近世以前/寺院 平安後期 永万元(1165) 桁行五間、梁間四間、一重、寄棟造、本瓦葺 19010327
Feb.25.2015 中山辰夫

京都市右京区太秦蜂岡町32

宗派:真言宗系御室派 本尊:当初は弥勒菩薩であったが、後に薬師仏にかわった。 

京福電鉄嵐山線に沿って、繁華な三条通りに面して南大門が建つ。
京都の人には、「太秦のお太子さん」と親しまれる法隆寺は、渡来系氏族の秦氏が聖徳太子から賜った仏像を祀ったことから始まる京都最古の寺院である。
山号を蜂岡山。蜂岡寺、秦公寺(はたのきみ)、太秦寺(うずまさ)などの別称があり、地名を冠して太秦広隆寺とも呼ばれる。


秦氏は山城国葛野群を本拠とし、養蚕や機織り、農耕、酒造等に従事。京都遷都は秦氏の財力や技術力を頼りに行われたともいわれる。
広隆寺の主要部は、楼門、その奥に講堂、棟がエ字形で檜皮葺の大きい建築の上宮王院本堂、さらに奥に霊宝堂。これは聖徳太子一千三百年遠忌記念のために建てられた。楼門の左には、薬師堂・能楽堂があり、上宮王院の左手には庫裏・書院等がある。鎌倉時代、和風化された唯一の八角円堂の桂宮院はこの左端に見える。秦氏の氏寺であり、平安京遷都以前から存在した、京都最古の寺院である。

都名所図会

弥勒菩薩半跏像
国宝第一号の弥勒菩薩半跏像が余りにも有名な聖徳太子信仰の寺でもある。霊宝殿には国宝20点、重要文化財48点が納められている。

毎年10月12日に行われる牛祭は、京都三大奇祭として知られるが、近年は不定期開催となっている。

楼門 (南大門)
三条通りに向かい南面して建つ。江戸時代、1702(元禄15)年の造営。広隆寺の正門に相当する
三間一戸、入母屋造、桟瓦葺きの楼門。上層の軒は二重繁垂木、腰の四周に廻縁をめぐらす。和様でわずかに唐様が混入している。前面、背面の三間の柱間には桟唐戸をはめ込む。 正面左右には室町時代と思われる仁王像が安置されている
道路側より見た楼門

構造の細部

全体として下の重は柱も高く、その上に縁を支える三手先の和様組物があり、中央には彫刻を入れた蟇股を置く。縁上には低い柱が立ち、柱上には和様三手先組物を組み、軒には垂木を二本構える(二軒)

境内側より見た楼門

楼門をくぐると真直ぐ延びる石畳と遠景

一休み


室町時代とされる仁王像

阿像

吽像




Nov.2014 野崎順次

撮影日: October 24, 2004(2014年11月28日デジタル化)

国宝 桂宮院本堂

Photoshop Lightroom で垂直方向、シャドー補正






Nov.2014 酒井英樹

撮影:1995年11月

<桂宮院本堂>
八角円堂、組物三斗、二軒繁垂木、宝形造、檜皮葺
鎌倉時代後期

 




July 2010 撮影/文:野崎順次

京都府京都市右京区太秦蜂岡町32
蜂岡山 広隆寺

広隆寺 (こうりゅうじ)は、京都市右京区太秦(うずまさ)にある寺院。宗派は真言宗系単立。山号を蜂岡山と称する。蜂岡寺(はちおかでら)、秦公寺(はたのきみでら)、太秦寺などの別称があり、地名を冠して太秦広隆寺とも呼ばれる。帰化人系の氏族である秦(はた)氏の氏寺であり、平安京遷都以前から存在した、京都最古の寺院である。国宝の弥勒菩薩半跏像を始め、多くの国宝・重文仏像を蔵することで知られ、聖徳太子信仰の寺でもある。毎年10月12日に行われる牛祭は、京都三大奇祭として知られる。

広隆寺は弘仁9年(818年)の火災で全焼し、創建当時の建物は残っていない。承和3年(836年)に広隆寺別当(住職)に就任した道昌(空海の弟子)は焼失した堂塔や仏像の復興に努め、広隆寺中興の祖とされている。その後、久安6年(1150年)にも火災で全焼したが、この時は比較的短期間で復興し、永万元年(1165年)に諸堂の落慶供養が行われている。現存する講堂(重要文化財)は、中世以降の改造が甚だしいとはいえ、永万元年に完成した建物の後身と考えられている。

楼門

薬師堂

能楽堂

重文 講堂
正面5間、側面4間、寄棟造、本瓦葺き。永万元年(1165年)の再建で、京都市内に残る数少ない平安建築の一つであるが、永禄年間(1558−1570)に改造を受け、近世にも修理を受けていて、建物の外観や軒回りには古い部分はほとんど残っていない。

太秦殿

上宮王院(本堂)

境内

参考資料
ウィキペディア「広隆寺」


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