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京都府京都市左京区 聖護院
Shogoin, Sakyoku, Kyoto city,Kyoto

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京都市左京区聖護院中町15 聖護院書院 重文 近世以前/住宅 江戸中期 江戸中期 主室(床、棚、附書院付)、次の間(床、棚付)、背面室(八畳、六畳、四畳)、玄関、玄関次の間(床付)、二面土庇及び縁より成る、一重、庇付、入母屋造、一部葺きおろし、桟瓦葺、庇こけら葺 19570618


Nov.10,2016 中山辰夫

聖護院
京都市左京区聖護院中町15

宗派:本山修験宗 本尊:不動明王 建立:1090(寛治)年 :開基:増誉 不動明王立像(国重要文化財)は平安時代のもの

門跡寺院として高い格式を誇っている。

案内
      
本山修験宗の総本山。1090年(寛治4)白河上皇の熊野参詣の折、増誉僧正が先達を務め、賞として寺を賜わり、聖体護持の意味で聖護院と名づけた。
1788(天明8)年の内裏炎上の際、仮皇居ともなり、光格天皇遺品の屏風や狩野益信永納等の襖絵百七十面がある。
書院は御所の女院御殿(重文)を賜わった。又、修験道の資料や什物を多数蔵する。

静恵法親王(後白河天皇の子)が宮門跡として入寺して以降、 代々法親王が入寺する門跡寺院として高い格式を誇った。
明治まで37代を数える門主のうち、25代は皇室より、12代は摂家より門跡となった。江戸時代後期には2度仮皇居となるなど、皇室と深い関わりを持ち、現在も「聖護院旧仮皇居」として国の史跡に指定されている。

院内では詳しい説明が聴けるが、撮影は厳禁である。庭園に向かってのみが許される。

山門周辺
    

玄門と大玄関周辺〜拝観入口へ
          
十分時間をかけて丁寧に説明がされる。事前予約すれば僧侶の説明が受けられる。

院内には本堂・宸殿・書院・玄門・庫裏などの堂舎・殿舎がある。
1733(享保18)年に建立された庫裏を除く建物は1676(延宝4)年に聖護院がこの地に移された時に建てられたもの。

直ぐに宸殿である 廊下より見た本堂と書院 室内の撮影は厳禁である 
    
宸殿の各室には狩野派を中心とした障壁画が見られ、総数は百数十枚とか。

宸殿より見る砂紋
      

庭中央の石組は、節分の2月3日と役行者の命日6月7日に修験道の代表的な修法「採燈大護摩供」の際の基壇と採燈主(門主)の椅子(石)である。
    

宸殿・書院より見る庭園
      

一般参拝入口から入り、本堂に向かう。途中堂宇をみる。
  

宸殿
        
江戸時代後期、裕宮兼仁(さちのみやともひと)親王は幼少期を聖護院で過ごされ、光格天皇として御所に入られたが、「天明の大火」に際し、聖護院で御所再建までの約3年間を滞在された。この由緒をもって旧仮皇居の史跡指定を受けている。
上段の間と学問所 「引用:パンフレット、京都発見」
    

書院 国重要文化財
        
入母屋造、一部葺下し、桟瓦葺、庇柿葺で床・棚・ 付書院の八畳を主室とし、十二畳の次の間・背面間「八畳・六畳・四畳)・玄関などからなり、江戸時代初期の書院の好例とされる。

本堂
     
江戸中期に造立されたのを再建。不動明王立像は国重要文化財

参考
明治までは、当時西側にあった「聖護院村」から鴨川にかけて広がっていた「聖護院の森」の中に寺があったため「森御殿」とも呼ばれる。、 現在も近隣の住民に 聖護院の森は、紅葉の際の美しさから「錦林」とも呼ばれ、 現在も「錦林」の語が地名に使われている。
「聖護院」は本寺院に由来し、和菓子の聖護院八ツ橋や、京野菜の聖護院大根・聖護院かぶ・聖護院きゅうり発祥の地である



Jan 20, 2013 大野木康夫 source movie

所在地 京都府京都市左京区聖護院中町15

聖護院は白河上皇の熊野行幸の際に功があった増誉大僧正が寛治4(1090)年に開基して以来、本山派修験(天台宗系)を統括する寺として、また後白河天皇の子、静恵法親王以降は門跡寺院として栄えました。
現在も本山修験宗の総本山です。
通常、拝観ははがきで申し込みますが、平成25年1月16日から「京の冬の旅」特別拝観中で、事前予約なしで拝観できました。

入り口、宸殿、宸殿前庭

宸殿は天明の大火時に光格天皇が仮御所として使用されました。

史跡「聖護院旧仮皇居」

天台宗寺門派大本山ニシテ延寳年間烏丸通今出川ノ地ヨリ現地ニ轉ジ本堂、書院、寢殿庫裡等ヲ造營ス即チ現存ノ建物之ナリ
天明八年正月三十日内裏炎上ノ際光格天皇御避難アラセラレ寛政二年十一月二十二日假皇居トナシ給ヒ
次デ安政元年四月六日内裏炎上ノ際孝明天皇皇子祐宮ト共ニ御避難アラセラレ同月十五日御駐輦アラセラレタル處ニシテヨク舊規模ヲ存セリ
(国指定文化財等データベースより)

  

宸殿内部(絵葉書)

 

宸殿前庭

  

書院(重要文化財)
江戸中期の建築
主室(床、棚、附書院付)、次の間(床、棚付)、背面室(八畳、六畳、四畳)、玄関、玄関次の間(床付)、二面土庇及び縁より成る、一重、庇付、入母屋造、一部葺きおろし、桟瓦葺、庇こけら葺

聖護院は白河上皇の勅願、皇子静惠法新王が入寺され、以来門跡として続いた由緒のある寺院で天明八年及び安政元年の御所炎上の際には假皇居となったこともある。
この書院は延宝四年御所から下賜されたと伝え、形式手法とも その時代相應のものと考えられ、床、棚、書院などの細部には御所風な気品をうかがい得る。
(国指定文化財等データベースより)

                            

内部(絵葉書)

 







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