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京都府京都市上京区 相国寺
(Shokokuji Temple, Kamigyo-ku, Kyoto city,Kyoto)

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京都市上京区今出川通烏丸東入相国寺門前町701 相国寺本堂(法堂)附玄関廊 重文 近世以前/寺院 桃山 慶長10(1605) 桁行五間、梁間四間、一重もこし付、入母屋造、本瓦葺 玄関廊1棟 19100829


November 25,2017  大野木康夫

境内の紅葉風景

                           


Oct.25.2017 中山辰夫


京都市上京区今出川通烏丸東入相国寺門前町701

正称を相国承天寺 開山: 夢窓疎石 宗派:臨済宗相国寺派総本山 本尊:釈迦如来、脇士に阿難・迦葉の両尊者、足利義満像を安置する。
1382(永徳2)年、室町三代将軍足利義満が坐禅修行として一寺の建立を発願し、花の御所と呼ばれた室町幕府の東側に建てた。
相国寺の名称は創建時足利義満が左大臣(相国)であったことに由来するとされる。
工事は強引で、近隣の邸宅・寺院・家屋が強制的に移転させられた。「ミヤコニハ、ヒノ木スギノ木ツキハテテ、ナゲキテツクル相国寺カナ」と歌われたといわれる。約10年の歳月をかけて1392(明徳3)年に一大禅苑が、夢窓国師を勧請開山として完成した。
幕府は南禅寺を五山の上とし、天竜寺に次いで、当寺を五山の第二位に坐列した。
その頃の寺観は、拝門・総門・山門・仏殿・土地堂・祖師堂・法堂・庫院・僧堂・方丈・浴室・東司・講堂・鐘楼が整い、20町余周垣が築かれていた。その後、焼失、再建を繰り返し、七重大塔も落雷で焼失した。度重なる災渦にもかかわらず高僧を輩出し、禅文化の興隆に貢献した。
応仁の乱で焼失した後の再建は1584(天正12)年以降で、現在の建物は文化年間(1804〜18)年頃に建てられた建築物である。
  
現在は金閣・銀閣両寺をはじめ94カ寺を数える末寺を有する総本山である。

総門 江戸時代に建立 薬医門
  

総門の左側(西)に構える勅使門 京都府指定文化財 慶長年間(1596〜1614)の創建、 一間一戸の四脚門
   

参道
      
総門をくぐる。参道の左側はそれとわかる社殿跡、右側には塔頭が並ぶ

法堂(はっとう) (雷音堂、今は無畏堂、本堂)国重要文化財 東に玄関廊が付く
            
当初の建物は室町1392年に建立された。現在の建物は江戸時代、1605年豊臣秀頼の寄進による。現存する法堂としては日本最古の法堂建築
正面約28m、側面約22m、高さ約22m、入母屋造 京都五山(天龍寺・建仁寺・東福寺・万寿寺)の中で最大。(南禅寺は別格)

法堂内陣〜須弥壇と天井図(蟠龍図・ばんりゅうず パンフレットより引用)
      
堂内は撮影禁止。「無畏堂 むいどう」本来恐れることなく説法を聞くお堂 
江戸時代、狩野光信筆の龍図。「鳴き龍」ともいわれ、特定の場所で手を打つと天井に反響するため、「鳴き龍」と呼ばれる。

方丈 京都府指定文化財 中国の書家・張即子の扁額 桟瓦葺、入母屋造
禅宗の伽藍の配置は南北に山門、仏殿、法堂、方丈が同一軸線上に並んで建てられているのが特徴。
相国寺も法堂の北側に方丈が建つ。相国寺方丈は、1807(文化4)年に開山堂、庫裏と共に再建された。
唐門・廊下
        
唐門は1841年に建立、一間一戸、唐破風、奥に書院がある。

表方丈
一重、入母屋造、桟瓦葺、切妻造、桁行25m、梁間16m 方丈としては大規模、京都府文化財
        

表方丈庭園
    

方丈唐門
    

裏方丈
       

西・北(裏方丈)庭園
      

書院付近-坪庭
    

開山堂(塔)京都府指定文化財 五間4間、礼堂、祠堂、広縁、落縁、縁高欄付
             
開山・夢窓疎石の像を祀る堂で、桃園天皇の皇后である恭礼門院の女院御所内の御殿を1807(文化4)年に下賜されたもの。

庭園 (龍淵水の庭)
          
前庭は枯山水式、周囲を葛石で囲んだ長方形の庭。裏庭は室町時代の作。

鐘楼 京都府指定文化財 1844年再建
    
花崗岩の壇上に建つ。和様と唐様の折衷 1629(寛永6」年鋳造の鐘


弁天社 京都府指定有形文化財 弁天さんのお使いである白蛇の額が掛かる。
    

庫裏-宗務本所 京都府指定文化財 1807(文化4)年の再建 切妻造
          

宝塔
    
1653年に建立。後水尾天皇の髪を柱心に納めた。


    
法堂の西側に後水尾天皇御歯髪塚。天皇1631年に旧殿を移し方丈とした。

浴室(宣明)京都府指定文化財 蒸し風呂 室町時代に創建され、安土・桃山時代に再建、2002(平成14)年に復元 
写真180〜183    
格式の高い寺の浴室であるため「宣明 せんみょう」と呼ぶことが許されている。心の垢をも落とす意味がある。

日中友好の鐘
  

塔頭
金閣寺・銀閣寺・真如寺の3ケ寺を山外塔頭、以下の12カ寺を山内塔頭として相国寺一山を構成する。

玉龍院
    

光源院
    

林光院
    

大通院
    
僧堂−専門道場がある。

養源院
    

大光明院
    


December 30,2014 大野木康夫 movie

足利義満の創建で、義満が左大臣であったことから、左大臣の唐名である相国をとって「萬年山相國承天禅寺」と名付けられました。
かつて寺町から大宮にわたって140万坪ともいわれる広大な境内を有しており、創建時にあった七層宝塔は全高360尺(109.1m)と、日本式としては最も高い仏塔でした。
現在の寺域は4万坪、三門は応仁の乱で焼失以来再建されず、重要文化財である法堂は仏殿を兼ねています。

                                                                                      

 


Feb.2012 野崎順次

京都府京都市上京区今出川通烏丸東入相国寺門前町
臨済宗相国寺派大本山 相国寺

撮影日: 2012年2月5日 

京都五山第二位に列せられる名刹で、正式名称は萬年山相國承天禅寺。14世紀末、室町幕府三代将軍の足利義満により創建された。幾度も焼失と復興の歴史を繰り返したが、現存する法堂はわが国最古の法堂建築である。夢窓疎石を開山とし、創建当時は室町一条あたりに総門があったといわれ、北は上御霊神社の森、東は寺町通、西は大宮通にわたり、約144万坪の壮大な敷地に50あまりの塔頭寺院があったと伝えられている。現在の境内には本山相国寺をはじめ、13の塔頭寺院があり、山外塔頭に鹿苑寺(金閣寺)、慈照寺(銀閣寺)、真如寺がある。また全国に100カ寺の末寺を擁している。

総門から境内へ

        

国重文 相国寺本堂(法堂)附玄関廊 桃山 慶長10年(1605)-
桁行五間、梁間四間、一重裳階付、入母屋造、本瓦葺
現存する我が国最古の法堂。堂内は撮影禁止だが、狩野光信筆天井画「蟠龍図(ばんりゅうず)」は、特定の場所で手を打つと反響するため、「鳴き龍」と呼ばれる。

                              

開山堂
開山・夢窓疎石の像を祀る堂で、桃園天皇の皇后である恭礼門院の女院御所内の御殿を文化4年(1807年)に下賜されたもの。内部は撮影禁止だが、開山・夢窓国師像、開基・足利義満像、円山応挙筆杉戸絵などがある。江戸時代中期の枯山水庭園「龍淵水の庭」が名高い。

                                

庫裏 文化4年(1807年)の再建
堂々たる大建築で、玄関に望月玉蟾筆「竹虎図大衝立」がある。

            

方丈(工事中)の門

 

浴室 応永7年(1400年)頃創建、現状は慶長4年(1596年)の再建
蒸気浴をしながら柄杓で湯をかけて入浴を行ったとされる。

    

宝塔

               

参考資料
相国寺HP
ウィキペディア「相国寺」



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