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京都府京都市東山区 光明院
(Komyoin, Higashiyamaku, Kyoto City, Kyoto Pref.)

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December 3,2016 大野木康夫 movie

東福寺塔頭光明院

山門付近

          

庫裏付近

  

拝観入口から本堂へ

      

本堂から見た波心の庭と紅葉

                   

本堂内部

 

本堂南側

     

再び本堂から見た庭園

               

丸窓から見た風景

     

方丈から見た波心の庭と紅葉

                        

茶室から見た風景

                            

方丈

     

丸窓

            


February 11, 2015 野崎順次

京都府京都市東山区本町15-809
東福寺塔頭 光明院

昭和14年(1939年)、重森三玲による作庭、「波心の庭(波心庭)」

                        





May 19, 2013 野崎順次 HD video

京都府京都市東山区本町15-809
東福寺塔頭 光明院

1939年、作庭家・重森三玲により、方丈前に「波心の庭(波心庭)」が作られた。また、昭和37年(1962)、重森三玲により「雲嶺庭」が完成した。「虹の苔寺」とも呼ばれる。

京阪鳥羽街道駅からのアプローチ

    

前庭「雲嶺庭」

           

メダカ

    

玄関

     

池泉式の枯山水庭園「波心の庭(波心庭)」昭和10年(1935)

白砂は海を表し、苔に配置された小石は波飛沫を表す。波心とは、禅語の「無雲生嶺上、有月落波心」に由来する。煩悩がなければ、月(仏心)は波に映るの意味という。苔の低い築山と州浜型の白砂の枯池、三組の石組(三尊石組)が配置されている。それぞれの三つの石柱が、釈迦三尊、阿弥陀三尊、薬師三尊を表している。また、三尊石の主石から放射状に、すべての石が並べられている。これは光明が放たれる様を石で表したものという。

                              

参考資料
京都寺社案内HP






Feb.2013 野崎順次

京都府京都市東山区本町15-809
東福寺塔頭光明院

室町時代、1391年、金山明昶(きんざんみんしょう、明祖禅師)の開創による。近代、1868年、神仏分離令後の廃仏毀釈以後荒廃する。1911年、横幕滴泉(よこまくてきせん)住持入寺以来再興される。20年以上にわたる托鉢が続けられ、現在の本堂が建立された。1939年、作庭家・重森三玲により、方丈前に「波心の庭(波心庭)」が作られた。また、昭和37年(1962)、重森三玲により「雲嶺庭」が完成した。「虹の苔寺」とも呼ばれる。

山門あたり

    

前庭「雲嶺庭」

  

玄関

         

池泉式の枯山水庭園「波心の庭(波心庭)」昭和10年(1935)

白砂は海を表し、苔に配置された小石は波飛沫を表す。波心とは、禅語の「無雲生嶺上、有月落波心」に由来する。煩悩がなければ、月(仏心)は波に映るの意味という。苔の低い築山と州浜型の白砂の枯池、三組の石組(三尊石組)が配置されている。それぞれの三つの石柱が、釈迦三尊、阿弥陀三尊、薬師三尊を表している。また、三尊石の主石から放射状に、すべての石が並べられている。これは光明が放たれる様を石で表したものという。
石庭は、本堂、書院、茶室各室のいずれの方角からも鑑賞できるような石組に凝らされている。さらに、高台の雲上には茶亭・蘿月(らげつ)庵が建つ。

向かって左手、書院から見る

                   

中央の茶室あたりから見る。

              

向かって右手、本堂の方向に移動しながら見る。

                 

再び、書院に戻る。

     

茶室

        

書院の書画など

      

帰途

   

参考資料
京都寺社案内HP


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