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京都府京都市上京区 旧京都中央電話局西陣分局
Kyoto Nishijin telecom building,Kamigyoku,Kyoto city,Kyoto

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京都市上京区油小路通中立売下る甲斐守町97 旧京都中央電話局西陣分局舎 重文 近代/官公庁舎 大正 大正10(1921) 鉄筋コンクリート造及び木造、建築面積489.00u、三階建(内装を除く) 20060705


December 30,2014 大野木康夫 movie

所在地 京都府京都市上京区油小路通中立売下る甲斐守町97番地

大正10(1921)年の建築
鉄筋コンクリート造及び木造、建築面積489.00平方メートル、三階建(内装を除く)

旧京都中央電話局西陣分局舎は,油小路通と中立売通との交差点西南角にある。
京都市内で三番目の電話分局になり,大正9年10月の起工,翌年12月の竣工で,設計は逓信技師の岩元祿である。
鉄筋コンクリート造2階一部3階建である。
外観は,正面1階に半楕円形断面の柱3本を立ち上げ,各頂部にヴィーナスのトルソーを載せ,2階弓形出窓の周囲や東面2階庇下を踊り子のレリーフ・パネルで飾る。
旧京都中央電話局西陣分局舎は,夭折した建築家岩元祿の現存唯一の建築作品である。
外観意匠は極めて独創的で,ドイツ表現主義と同質の造形意匠を創出した作品として,日本近代建築史上,重要である。
(国指定文化財等データベースより)




Apr. 2013 中山辰夫

(現NTT京都支店西陣別館)
京都市上京区油小路通中立売下ル甲斐守町97

京都市登録文化財

29歳で世を去った岩元禄による唯一の現存作品
建築:1921(大正10)年 構造:鉄筋コンクリート造 設計:岩元禄
北側出入口の柱の上に3人の裸婦が飾られ、訪れる人を導く。西洋建築の常識を破ったデザイン。

デフォルメされた裸婦のレリーフと彫像が埋め尽くす、異形の正面である。
大正時代は、建築家が従来の様式に代わる新しいよりどころを模索していた時代とされる。
当時の逓信省には、優秀な若い建築家たちが集まっており、新しい建築デザインをめざし先鋭的な模索を続けていた。その中で
もっとも過激にそれを実践したのが岩元禄という建築家で、建築はガイスト・スピレーン(精神の遊戯)だと主張し、芸術性や
個人の感覚を重視した。
その彼の唯一残された作品がこの建物だった。この建築は、29歳で世を去った岩元禄の内面の表現ともいわれる。

異形のファザードばかりに注目が集まりがちだが、全体的にはモダンな構成とされる。
外観

彫像

レリーフ 72面の踊り子

その他

 


Jan.2012 酒井英樹

 撮影:2010年11月

 京都市内の油小路中立売の交差点西南隅に位置し、中立売通に北面して建つ。
 西陣分局は大正11年(1922)3月21日開局で、京都市内では3番目の電話分局になる。
 大正9年(1920)10月起工、大正10年(1921)12月竣工で、設計は岩元禄である。
 岩元禄は、明治26年(1993)鹿児島生まれで大正7年(1918)に東京帝国大学を卒業し、3年後の大正10年には同大学助教授となって翌大正11年には29歳で死亡した。
 建物は柱や梁を鉄筋コンクリート、外周壁体部を煉瓦造とした2階建てで、北側の半分が3階建てになっている。
 1階は機械室など、2階は電話交換室、3階は交換手の休憩室になっていた。3階には北面と東面にベランダがある。
 
 この建物は大正中期の電信電話事業拡張期の電話局舎の代表作であり、夭逝した岩元禄の唯一の現存する建築作品として貴重である。

 鉄筋コンクリート造2階建、一部3階建、建築面積489u、
 3階部分:木造、寄棟造、鉄板葺、
 設計:岩元禄
 大正時代[大正10年(1921)]



<正面レリーフ>
 デフォルメされたヴィーナスのトルソーと踊り子のレリーフパネル



Dec.1992 撮影:高橋久美子

開局当時、女性は顔を伏せて前を通ったとか、、、



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