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京都府京都市 上京区、北区 西陣
Nishijin,Kamigyoku/Kitaku,Kyoto city,Kyoto

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西陣

April,2012 撮影 大野木康夫 HD video

西陣は上京区北西部と北区南西部にまたがっており、ほぼ東西は堀川通から紙屋川まで、南北は鞍馬口通から中立売通までの範囲の区域です。
西陣織として知られる織物産業の集積地で、その出荷額は近年減少したとはいえ、平成22(2010)年度でおよそ800億円に上ります。

西陣の名称は応仁の乱の際に西軍の旗頭となった山名宗全の屋敷があったことに由来します。
屋敷跡は堀川五辻を西に入った山名町あたりです。

室町時代、京都での綾錦の生産をほぼ独占していた大舎人座があったのはもう少し南ですが、応仁の乱の後は西陣の今出川大宮近辺に移り座を再開します。
今出川大宮東入の京都市考古資料館(旧 西陣織物館、大正3(1914)の建築、京都市登録有形文化財)の前には、西陣の石碑があります。

その後、江戸時代に入って西陣織は隆盛を迎え、今出川近辺の大宮通は一日に千両の商いがあるとして「千両が辻」と呼ばれました。
「千両が辻」には今でも多くの織屋や元織屋が残っています。

富田屋(国登録有形文化財)

所在地 京都府京都市上京区大宮通元誓願寺下る二丁目石薬師町697他

主屋

明治前期の建築
木造2階建,瓦葺,建築面積117u

近世末期まで伏見で両替商を営んでいた所有者が、明治18年頃にこの地に移り織物問屋を創業して建てた建築である。
間口約5間、奥行7間の大規模な表屋造で、明治期に京都市内に作られた大規模商家建築の好例ということができる。

表蔵

明治前期の建築
土蔵造平屋建,瓦葺,建築面積35u

主屋と並び、街路に面して建つ土蔵。角地であるため妻面と平面を街路に見せている。
街路側には出入り口を設けず、腰から下を一枚板で飾る特徴的な外観を持つ。
現在は内部が居室として利用され、角地に建つこともあってランドマーク的な役割を果たしている。

(国指定文化財等データベースより)

千両が辻周辺

浄福寺通の上立売通から寺之内通までの間の大黒町は、ほぼ西陣の中心にありますが、平成元年にまちづくり協議会を設立し、景観に関する協定を定め、道路を石畳化するなど職住一体の特色あるまちづくりを進めています。
ミュージアム「織成館」を中心に、織工場や京繍の工房などが集まっており、伝統産業が息づいている地域です。

大宮通と智恵光院通の間、五辻通の一本北側の小路(紋屋図子)の中ほどに三上家路地(三上家十軒職人長屋)があります。
突当たりが御寮織物師(紋屋)六家の一つ三上家で、かつては三上家の職人を住まわせていた長屋なのですが、現在は芸術家や蜂蜜専門店などが入居しています。
周辺も西陣らしい町並みです。

少し西に離れて、千本中立売は、かつて西陣が隆盛を迎えた明治から戦前にかけては京都でも有数の繁華街だったようです。
千本から一筋西を中立売から下った四番町、五番町はかつての遊郭ですが、今は少しの名残をとどめるだけとなっています。
近くには報土寺(本堂と表門が重要文化財)があります。

千本中立売の交差点、かつては「千ブラ」という言葉もあり、両側にアーケードが続いていましたが、現在はこのような状況です。

千本中立売から北に一筋目、「西陣京極」という細い商店街があります。
かつては多くの映画館が建ち並ぶ一大繁華街だったそうです。

中立売通はかつては市電北野線が通っていました。終点の北野にむけて通りがカーブしています。

現在、西陣織工業組合で運営している「西陣織会館」(堀川今出川南西)では、西陣織に関する展示や実演を行っています。

パネル展示

ジャカードが無い時代、2人で複雑な織物を織っていた「空引機」が復元されていました。

蚕や糸に関する展示

手機(綴織)の実演

販売コーナー

きものショーは外国人観光客に人気があります。





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