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長崎 高島秋帆旧宅(史跡)
Nagasaki Takashima Shuhan residence


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思案橋近く、坂道から急な石段を登った高台に敷地が広がる。
建物は原爆で破壊され、石倉のみが残る。

高島秋帆は江戸末期の砲術家。
寛政10年(1798) - 慶応2年(1866)
名は茂敦。高島流砲術の創始者。
長崎町年寄の高島茂起(四郎兵衛)の三男として生まれた。
父が文化3年(1806)現在地に別邸を建てた。
父の没後町年寄を継ぎ、また長崎表御取締も命じられていた。
萩野流砲術を父に学び、オランダから銃砲を購入し、併せて西洋砲術を研究し、兵制改革の急務を幕府に上申した。
天保12年(1841)武州徳丸原で洋式の訓練を実施し、幕府から褒賞を受けたが、翌年無実の罪で捕えられ、12年後釈放された。
秋帆の洋式砲術は、幕末の志士である吉田松陰や坂本龍馬、河井継之助らも大きな影響を
受けている。
福澤諭吉は、19歳の時に長崎へ遊学。
光永寺に居候して、高島秋帆門下の砲術家である山本物次郎より砲術や蘭学を学んだ。

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