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奈良県奈良市 氷室神社
Himurojinja,Nara city,Nara


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Oct.2016 酒井英樹


例祭
  


舞楽は飛鳥時代に朝鮮半島の三国(高麗・百済・新羅)から伝来し定着したものと遣唐使によって唐の舞踊から導入されたものがある。
唐の舞踊で現存するものの多くは中国での儒教音楽「雅楽」ではなく、インド東南アジアに代表される西域の楽舞を多く含む「燕楽」が中心である。
奈良時代には雅楽寮が設置され各寺院でも専属の伎楽団を持ち盛んに行われ、東大寺の大仏開眼供養会や正倉院に多くの遺品が現存する。
平安時代に再編され朝鮮半島を由来とする右舞とインドや東南アジア中国を由来とする左舞に分けられ、宮中では交互に行うようになった。
右舞は主に緑・青系を基調とした装束で繊細で優雅に、左舞は主に赤系の装束で豪壮で華麗に舞う。
応仁の乱で四散してしまった楽人達は、大内(京)・南都(奈良)・四天王寺(大坂)に収束し三方楽所が成立し、江戸時代を通じて独自に発展していった。
明治になり三方楽所が廃止され、東京の宮内庁式部楽部が設立し曲や舞の統一化が図られた。現在各地で舞われているものはこの明治選定譜である。
しかし、上京することなく残った楽人によって古式のままの形態の伝承されている独自の舞が存在する。

氷室神社の大例祭で舞われるのは南都方の舞であり、所作や舞人の数など統一された宮内庁式部楽部版とは大きく異なっている。


『振鉾(えんぶ)』
 舞楽の初めに舞われる儀式的な曲。手に持った鉾を打ち振って舞台の邪気を払う意味を持っています。
 周の武王が、殷の紂王(ちゅうおう)を討たんとしたとき、戦勝祈願をかたどって作舞したと伝えられています。
 右方・左方の双方が行います。

写真は左方の振鉾
    


『萬歳楽(まんざいらく)』
 4人で舞う平舞。左舞。祝賀の宴に用いられる。『延喜楽』と対の舞
 中国で賢王の治世に鳳凰が「賢王萬歳」と囀った声を楽に、飛ぶ姿を作舞したといわれている。
 赤の常装束に鳥甲を被る。
           


『延喜楽(えんぎらく)』
 4人で舞う平舞。右舞。祝賀の宴に用いられる。『萬歳楽』と対の舞
 平安時代の延喜年間(901-922)に作られたことで年号をとって曲名としている。
 緑の常装束に鳥甲を被り、一対の『萬歳楽』の後で舞われる。
                  

『賀殿(かてん)』
 4人で舞う平舞。左舞。平舞の代表的な曲。
 一名『甘泉楽』(かんせんらく)ともいい、遣唐使によって伝えられた琵琶の秘曲に後にわが国で作舞された。
 道行(みちゆき)には『迦陵頻』(かりょうびん)の曲が用いられる。
 赤を基調とした襲装束で右肩を脱いだ姿で舞う。
       


『登天楽(とうてんらく)』
 4人で舞う平舞。右舞。日本で作られたものと伝えられている。
 黄を基調とした唐獅子の刺繍を施した蛮絵装束(ばんえのしょうぞく)を着けて舞う。
 かつては童舞であるが、近年は大人が舞う。
                


『蘭陵王(らんりょうおう)』
 基本1人で舞う走舞。左舞。舞楽の最も有名な曲。
 中国北斉の王、蘭陵王長恭が美形を隠し仮面の姿で戦いを指揮し、平和を導いたことにちなんで作舞された。
 朱を基調とした雲竜を表した裲襠装束で右手に金の桴(ばち)を持ち勇壮に舞う。
 通常は「出手(ずるて)」「当曲(とうきょく)」「入手(いるて)」の3つで構成(約15分)されたもので舞うが、宮内庁式部楽部では無伴奏の「囀(さえずり)」などを加えて正式な舞(約40分)が行われる。

写真は南都方の舞で、統一された宮内庁式部楽部版に比べ動きが少ないように思われる。
                                             


『納曽利(なそり)』
 統一された宮内庁式部楽部版では1人舞の走舞。右舞。『蘭陵王』と対の舞
 別名を『雙龍舞(そうりゅうのまい)』というように、二匹の龍がたわむれ遊んでいる様を作舞にしたものといわれている。
 顔面蒼色、龍の相貌を模した仮面をつけて銀の桴(ばち)を持ち優雅に舞う。
 
 写真は大神(おおが)氏に伝わる大神流(南都方)の舞で、大坂方(四天王寺)が強く残る統一された宮内庁式部楽部版と異なり2人で舞う。
                             


『抜頭(ばとう)』
 1人舞の走舞。左舞。天平時代に林邑国(ベトナム付近にあった国)の僧によってもたらされたと伝えられる。
 古代西域の胡人が猛獣にかみ殺されたのを、その子供が猛獣を探し求め敵を討って喜悦して帰還する様を作舞したといわれている。
 毛縁りの裲襠装束を付け短い桴(ばち)を持ち軽快なリズムで舞う。太鼓や笛で猛獣との格闘、合奏で歓喜の帰路を表現している。

 写真は本来1人舞を素面で童舞仕立ての二人舞で舞っている。
          

 『落蹲(らくそん)』
 統一された宮内庁式部楽部版では『納曽利』の2人舞。右舞。
 舞の半ばに跪く所作があるので「落蹲」といわれている。
 『納曽利』と同様に顔面蒼色、龍の相貌を模した仮面をつけて銀の桴(ばち)を持ち優雅に舞う。

 写真は大神(おおが)氏に伝わる大神流(南都方)の舞で、統一された宮内庁式部楽部版と異なり1人で舞う。
              



Mar.2009 瀧山幸伸 HD video



                                        
                                                   

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