JAPAN-GEOGRAPHIC.TV

奈良県奈良市 靈山寺
Ryosenji, Nara city, Nara

Category
Rating
Comment
General
 
Nature
 
Water  
Flower
 
Culture
 
Facility
 
Food
 
奈良市中町3879 霊山寺三重塔 重文 近世以前/寺院 室町前期 文和5(1356) 三間三重塔婆、檜皮葺 18990405
奈良市中町3879 霊山寺鐘楼 重文 近世以前/寺院 室町中期 室町中期 桁行一間、梁間一間、袴腰付、入母屋造、檜皮葺 銅鐘1口 19430609
奈良市中町3879 霊山寺本堂 国宝 近世以前/寺院 鎌倉後期 弘安6(1283) 桁行五間、梁間六間、一重、入母屋造、向拝一間、本瓦葺 19040218 19531114
奈良市中町3879 十六所神社 本殿 重文 近世以前/神社 室町前期 至徳元(1384) 一間社春日造、檜皮葺 19130414
奈良市中町3879 十六所神社 境内社住吉神社本殿 重文 近世以前/神社 室町前期 至徳3(1386) 一間社春日造、檜皮葺 19130414
奈良市中町3879 十六所神社 境内社龍王神社本殿 重文 近世以前/神社 室町前期 至徳(1384-1386)頃 一間社春日造、檜皮葺 19130414


January 25,2015 大野木康夫 movie

境内風景

鐘楼

本堂

十六所神社

三重塔






Sep.2011 瀧山幸伸 HD video



A camera



B camera




Feb.2011 撮影:大野木康夫 HD video

所在地 奈良県奈良市中町3879

登美山鼻高靈山寺は奈良市西部、富雄川沿いの中町にあります。
富雄一帯は古代には「登美」又は「鳥見」と呼ばれ、小野氏の勢力下にありました。
寺伝によれば、壬申の乱により官を辞した右大臣小野富人(妹子の息子)が登美山に隠棲し、薬師如来を祀った薬湯を開いて「鼻高仙人」と呼ばれ人々の尊崇を集めたのが、靈山寺の起源とされています。
神亀5(728)年、阿倍内親王(孝謙天皇)が病に伏せったおり、鼻高仙人が聖武天皇の夢枕に立ち、登美山の湯屋の薬師如来を祈念するよう告げたことから、行基が代参したところ、内親王の病が平癒したので、天平6(734)年、天皇が勅命により諸堂の建立を命じ、天平8(736)年に天竺から渡来した菩提僊那が落慶法要を行ったそうです。
その際、登美山がインドの霊鷲山にそっくりなところから、寺の名を靈山寺と名付けたと伝えられています。
その後、弘安6(1283)年に北条氏により諸堂の改修が行われるなど、大いに栄えましたが、明治の廃仏毀釈により伽藍は半分に縮小され、多くの仏像が焼かれました。
昭和26(1951)年に高野山真言宗を離れて靈山寺真言宗を設立し、大本山として多くの文化財を守り伝えるとともに、境内にバラ園、薬師湯、ゴルフ練習場等を設置しています。

靈山寺は近鉄富雄駅から県道7号枚方大和郡山線を南に30分ほど歩いた富雄川の西岸にあり、境内の入り口には朱塗りの鳥居が立っています。
鳥居は弁才天を祀っているため建てられたもののようです。
鳥居をくぐり、湯屋川に沿って参道を奥に進むと、右手の丘陵上に鐘楼と本堂が見えてきます。

本堂(国宝)
弘安6(1283)年の建築
桁行五間、梁間六間、一重、入母屋造、向拝一間、本瓦葺

鐘楼(重要文化財)
室町時代中期の建築
桁行一間、梁間一間、袴腰付、入母屋造、檜皮葺
袴腰が削平地からはみ出しており、懸崖造のような構造で支えられています。

十六所神社

靈山寺の鎮守社で、本堂左手を登ったところにあります。
5社が覆い屋に入っています。

境内社春日神社本殿
江戸時代の建築
向かって左端の建物です。

境内社住吉神社本殿(重要文化財)
至徳元(1384)年の建築
一間社春日造、檜皮葺
左から2番目の建物です。

本殿(中央,重要文化財)
至徳元(1384)年の建築
一間社春日造、檜皮葺
中央の建物です。

境内社竜王神社本殿(重要文化財)
至徳年間(1384-1386)の建築
一間社春日造、檜皮葺
本殿の右側の建物です。

境内社大神宮社本殿
江戸時代の建築
向かって右端の建物です。

本堂などがある一角と参道を挟んで反対側の丘陵に三重塔などがあります。

開山堂

三重塔(重要文化財)
文和5(1356)年の建築
三間三重塔婆、檜皮葺

2010年の夏に訪れたときに、檜皮葺がずいぶん傷んでいると思ったら、修理中でした。

2010年7月の写真です。


事務局用

All rights reserved 無断転用禁止 通信員募集中