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奈良県奈良市 正暦寺
(Shoryakuji Temple, Nara City, Nara)

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奈良市菩提山町157 正暦寺福寿院 重文 近世以前/住宅 江戸中期 延宝9(1681) "客殿 桁行16.7m、梁間8.2m、一重、南面入母屋造、北面切妻造、こけら葺台所 桁行8.9m、梁間9.9m、一重、入母屋造、西面客殿に接続、こけら葺" 棟札2枚 19730602

Nov.21,2016 瀧山幸伸
movie preview(YouTube)
movie

                                

本堂へ
                                                                       

福寿院
                                                                                                                                        


November 21, 2015 野崎順次 movie

奈良県奈良市菩提山町157
菩提山真言宗大本山
菩提山 正暦寺
(Shoryakuji Temple, Nara City, Nara Pref.)

正暦寺は奈良市東南の郊外の山間にあるお寺です。992(正暦3)年、一条天皇の勅命を受けて兼俊僧正(藤原兼家の子)によって創建されました。山号を「菩提山」、院号を「龍華樹院」と号します。創建当初は、堂塔・伽藍を中心に86坊の塔頭が渓流をはさんで建ち並び、勅願寺としての威容壮麗を誇っていました。
しかし、1180(治承4)年、平重衡の南都焼き討ちの際、その類焼を受け、全山全焼、寺領は没収され一時は廃墟と化します。その後、1218(建保6)年、興福寺一乗院大乗院住職信円僧正(関白藤原忠通の子)が、法相宗の学問所として再興して、昔に勝る隆盛を極めました。また、13世紀初め(建暦年間)の頃に、蓮光法師(法然上人の弟子)がこの地に草庵(本殿を安養院・別殿を迎接院)を結び、浄土門の法灯を掲げたこともありました。江戸時代以降は衰退し、ほとんどの堂塔・伽藍は失われました。現在では、福寿院客殿と本堂・鐘楼を残すのみとなっています。
(正暦寺ウェブサイトより)

錦の里と呼ばれ、紅葉の名所であるが、全般的に今年はどうも・・・。

パンフレットとアプローチ

      

国重文 福寿院 江戸前期 延宝九年(1681)建替え
上檀の間付き数寄屋風客殿建築

          

借景庭園

                                   

福寿院内部

      

狩野永納筆の欄間絵など

             

狩野永納筆の襖絵など

                

中庭と護摩堂

        

福寿院を離れ、本堂への道を登る。

          

本堂への石段の右にある僧侶の供養塔・墓石群

        

坂道と石段

   

本堂 大正五年(1916)再建

                    

国重文 本尊薬師如来椅像 白鳳 

 

本堂周囲

            

参考資料
正暦寺ウェブサイト


Sep.2011 瀧山幸伸 HD video

  

A camera
                                                     

B camera
                         



Aug.2011 撮影/文 野崎順次 HD video


奈良県奈良市菩提山町157
菩提山真言宗大本山
菩提山 正暦寺

撮影日: 2011年8月7日

正暦三年(992)、一条天皇の勅命を受けて兼俊僧正(九条兼家の子)が創建、龍華樹院とも称します。創建当初は、堂塔・伽藍を中心に八十六坊渓流をはさんで建ち並び、勅願寺としての威容壮麗を誇っていたという。ところが、治承四年(1180)、平重衡の南都焼き討ちの際、その類焼を受け、全山全焼、寺領は没収され一時は廃墟と化した。その後、建保六年(1218)、興福寺一乗院大乗院住職信円僧正(関白藤原忠通の子)が、法相宗の学問所として再興、昔に勝る隆盛を極めた。また、13世紀初め(建暦年間)の頃に、蓮光法師(法然上人の弟子)がこの地に草庵(本殿を安養院・別殿を迎接院)を結び、浄土門の法灯を掲げたこともあった。このように、当山は、真言密教・法相宗の教学禅定の道場、浄土宗の念仏道場として深く世人の尊崇を集めてきた。現在は、菩提山真言宗の根本寺院である。

平安時代に先駆的な醸造方法で造られた正暦寺の清酒「菩提泉」は貴族などの間で評判となった清酒の代表格といわれている。それまでにも清酒らしきものが造られていたそうだが、「菩提泉」が清酒発祥の原点とする説が有力となっている。

主な文化財 *印は写真あり

重文 福寿院客殿・台所*
延宝9年(1681年)建立、上段の間を持つ数寄屋風客殿建築、で狩野永納の描いた襖・欄間の絵を今に伝える。

重文 金銅薬師如来倚像(白鳳)
正暦寺本尊、奈良時代前期。像高28.0cm。平素は秘仏とされ、春秋などに期日を限って瑠璃殿(宝物館)で公開される。

県文 木造孔雀明王坐像(鎌倉)
金剛峯寺の快慶作孔雀明王坐像(重文)とともに珍しい仏像である。

千体地蔵菩薩(製作年代不明)
鎌倉中期造立の宝篋印塔から発見された。総数1007体を数える。現在、この宝篋印塔は本堂下の石仏群正面最上段にお祀りしている。

水子地蔵・身替地蔵菩薩*
水子地蔵は円光光背、身替地蔵尊は享禄四年(1531)の銘のある船型光背を負っており、別名泣き笑い地蔵とも呼ばれ親しまれている。

アプローチ、圓照寺宮墓の前の道を直進して谷を詰め、鞍部を下った。

      

パンフレットと清酒発祥の碑

   

重文 福寿院客殿の遠景、境内・室内共に三脚使用禁止。

     

橋を渡り門をくぐる。

          

福寿院台所

       

福寿院客殿内部

                       

福寿院庭園

            

客殿の裏面を見つつ、護摩堂へ。

             

帰りは車道を下る。少し行くと泣き笑い地蔵と石造板碑群がある。ここらは正暦寺の南大門跡。

        

さらに下る。

     

ハナキレ地蔵

    

国道169号線窪之庄南交差点に近づいたときに巨大円墳らしきものが見えて、心が躍りかけたが、よくよく見ると単なる盛り土だった。

   

参考資料
正暦寺パンフレット
正暦寺HP
ウィキペディア「正暦寺」


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