JAPAN GEOGRAPHIC

「古くて新しい建物」June 2009 

柴田由紀江


皆さん、こんにちは!近代建築ファンの通信員、柴田由紀江@餃子の街です。

 

 写真を撮りに訪ねた建物から、遠い記憶にリンクする嬉しい瞬間があります。

画像として記憶に繋がる場合は、好きな建築家の作品集の端っこに紹介された物件だったりしますが、時には言葉でうまく言えない「あぁ、この感じ!」という繋がりも生まれます。

意匠に関わるものが殆どなので、暫し現場に立ちつくしてトリップしたのち、自分なりに関連付けが整うとそれで一旦は治まります(笑)。

けれど今回は違っていました。場所は函館のトラピスチヌ修道院

 

シスターを訪ねてお願いしたら、造園作業中で立ち入り禁止だったゾーンに入る許可を頂いたので、修道院の外観撮影が貸し切り状態で夢のように幸せなひと時だったのですが、敷地の中に「あっ」という物を見つけてしまったのです。

それは「旅人の聖堂」という名称の礼拝堂でした。

屋根から壁まで正12角形をしており、これまで身廊と側廊を持ち祭壇まで奥行きのある、いわゆるバシリカ式の聖堂しか見たことのない私にはとても不思議な建物でした。

私にとって聖堂とは、入口の聖水で十字を切ったら身廊をまっすぐに奥へと、厳かに飾られた祭壇に向かって進むべき空間でしたから、円形の建物の中央に祭壇があり、小さな十字架にかけられたキリスト像が置かれているのを見て、そのとてもアットホームな雰囲気に驚いたのです。

設計は香山 壽夫氏、あのルイス・カーンに師事した建築家で工学博士です。

何かで見たことがある形…でも肉眼では経験していない形。

写真の中のそれは荘厳だったような、ものすごく古い建築物だったような。

6角形?8角形?円形ドームだったのかも?しばし旅人は聖堂の椅子に座って12角形の天井をじっと見上げ、この奇妙で落ち着く不思議建築と、古い記憶を結びつけるべく脳内トリップに出掛けました。

 

その日も他にいろいろと撮影をしましたが、思い出せないもやもや感は続いていて、ホテルの部屋に戻るなり疲れも忘れてネットで検索を始めました。

そして見つけたのです。サンジョヴァンニやピサ、パルマの画像が、あるキーワードを元に勢揃いしました。

答えは『洗礼堂』でした。

洗礼堂とは、教会への入信者に洗礼儀式を行うための建物で、中央に身体を浸ける為の水盤があり、円形や多角形の多層構造をした建物です。

それは教会建築がうまれる以前の、聖書に登場する「幕屋」や「幄舎」に起源を持つ形とされ、洗礼儀式が簡略化した現代では残された建築の数も少なく、16世紀以降にキリスト教がやってきた日本にはまったく馴染みが無いといってもいい形状なのです。

荘厳な、豪華絢爛な、教会勢力の権化のような大聖堂(ゴメンナサイ)も凄い迫力で、特に薄暗いフラスコの天井画から光を取り込む開口部(ステンドグラス)へと、聖画の飾り場所が移行した後の時代の建築群は本当に素晴らしく隙の無い見事なものですが…。

この丸くてほっとする空間の、包み込まれるような安心感はまた全く別の魅力でした。

木材の質感がどうとか採光がどうとか見る前に、建物がかもし出す温かい雰囲気がこの円形の形状によって作られていると分かり、緊張の無い礼拝という表現が適切かどうかは別として、寛いでしまいました。

教会が信者を受け入れる時、礼拝より前に洗礼を施し教会の一員とする訳で(現在では洗礼までに一定期間の学習が必要ですが)、カトリックにおいて幼児洗礼が定着する以前は、洗礼堂こそが教会への玄関のような役割だったはずです。

そんな伝統的な形状、今は日本国内の教会建築においても、祭壇の後ろ側に半円形のドームとしてその名残を見ることが出来ますが、この21世紀において礼拝堂全体を円形空間にしてしまうという『古くて新しい建築』に魅せられた私です。

いまこの文章を書きながら、もしかして?と思い検索しましたら、香山 壽夫氏は「カトリック町田教会」や「聖学院大学礼拝堂」でも、多角形の礼拝堂を設計されていました。

機会を作って、ぜひ訪ねてみたいと思います。

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