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Monthly Web Magazine (Nov.1, 2009)


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■■■■■■ 10月の新着情報 ■■■■■■ 
New contents in Oct. 2009


■■■■■■ 10月の推奨レポート ■■■■■■ 
Choice of this Month

野崎順次

東寺 
Touji

高橋久美子

木曽福島
Kisofukushima

中山辰夫

野洲 大笹原神社
Yasu Osasaharajinja



■■■■■■ 今月のトピックス ■■■■■■

■■■「映える石の道」 中山辰夫

当地滋賀県では11月に入らないと紅葉が始まりません。
方々の紅葉を見てきましたが、整理が悪くて記録が残っていません。
今年、再度訪れてみたい、滋賀県周辺のお気に入りの場所をピックアップしてみました。
視点をかえて楽しもうと思います。

西明寺(さいみょうじ)
 滋賀県犬上郡甲良町大字池寺26

 
瓦屋禅寺(かわらやぜんじ)
 滋賀県東近江市八日市建部瓦屋寺町

永源寺(えいげんじ)
 東近江市永源寺高野町41

百済寺(ひゃくさいじ)
 東近江市百済寺町332

胡宮神社(こみやじんじゃ)
 犬上郡多賀町敏満寺49

日吉大社(ひよしたいしゃ)
 大津市坂本5−1−1

鶏足寺(けいそくじ)
 長浜市木の本町古橋

 
横蔵寺(よこくらじ)
 岐阜県 揖斐川郡揖斐川町谷汲神原 1160



10月は自己満足−200%−の月でした。 

プライベートな内容で申し訳ありませんが、大変満足・充実した事項をご報告いたします。

@“ザクロ“ 美味しかった! 
9月にご紹介しました我が家の庭に実ったザクロ。実が美しいピンクの色に輝きました。
酸味が少なく、甘味たっぷりで頬がゆるみました。
我が家にとって新しい秋の訪問者です。
豊かに太った”栗“と8月頃まで楽しませてくれた”ハスの花托“で秋を味わいました。
尚、ハスの花托は地域の子ども達と一緒に過ごす“木の実工作”の器に使います。


Aテニス大会で優勝しました!
 離職後、はじめてラケットを握り6年が過ぎました。見よう見まねで地元のクラブに入り、週に2〜3回/の練習を続けています。
10月に合同のテニス大会があって、ダブルスで優勝できました。勿論パートナーのお陰です。
これまでスポーツ大会での優勝経験は皆無でした。まだまだ“テニスまがい”のレベルですが続けるはげみになり大喜びでした。

B“安土町”の観光客急増です!
 織田信長の安土城築城を題材にした映画「火天の城」が9月に公開された効果で安土町への観光客が倍増以上です。
もみじシーズンに入ればさらに増加が期待されます。
“火天の城”をみました。京の池上家や奈良の中井一門を指図「図面」争いで優った熱田の宮大工岡部又衛門が、安土城築城の総棟梁となって難工事をすすめます。
ハイライトは天主を支える親柱の材料となる檜の探索です。必要なのは二尺五寸(約75cm)角の檜。樹齢は2000年以上。
あるとすれば敵方・武田の領内である木曾上松だ。又衛門は必死になって探し出します。
その姿に木曾の杣頭(そまがしら)の甚兵衛が夢を一緒に持とうと打たれ見合った親柱を見つけ出す。
それは伊勢神宮の式年遷宮に用意されたお備木だった。その運搬が大変だ。木曽川を下り、琵琶湖を渡って送り届けられた。
勿論、協力した杣頭の落命と交換であった。

この数日後にNHKで“奈良の大仏”を観た。国宝東大寺盧舎那仏像と大仏殿が再建され、今年で300年を迎える。
放送はその再建の裏に隠された知られざる秘話を伝えた。
今、目にする大仏と大仏殿は江戸時代の再建まで100年以上、雨ざらし状態にあった。
“公慶”という東大寺の僧が再建資金確保に一人で取組んだ経緯や、全国行脚で人心を掴むために凝らした工夫が紹介された。
その結果、一万両(現在の価値10億円)が集まり大仏再建となった。
次に、大仏殿についても勧進を始めた。
将軍綱吉にも働きかけ資金を得て再建に着手するも、巨大な屋根支える“梁”は直径1.4mのご神木が必要であった。
探索の結果、見つかったのは宮崎の山中。奈良までの距離は1300km、延べ12万人以上が運搬にかかったプロジェクトであった。
それでも出来上った大仏殿は以前に比べ三分の二に縮小されたものだった。(檜材料の入手難にもよる)といった内容でした。
こうした経緯の歴史は知りませんでした。
 滋賀の田上山は全体的に花崗岩が露出し、山肌が見えているところが今でも多くあります。
これは奈良時代の乱伐で、藤原宮造営のときに、檜の角材が瀬田川や木津川を渡って運ばれ、また石山寺の増改築にも使われたためとあります。
現在進めております寺社の巡礼でも、天台宗の大伽藍には大層な紅梁が使われております。
その大きさを見ると今の時代入手できるかと心配になります。
戦後植栽した造林木の樹齢は40年弱のものが多く、100年以上になるにはまだまだ歳月がかかります。
直径1m50cmもの大径材は1000年かかるとなると、気が遠くなってしまいます。
しかしそういった高樹齢の林が残されていく方向付けは必要であろうと、撮影しながら考えるキッカケをこの映画やテレビが与えてくれました。知らなかったことを見聞きできることは嬉しいことです。


C頭部のMRA検査がOKでした。
 9月末から偏頭痛が起り悩みました。2週間目でピタリと治まりました。その直後にMRA検診を受けました。結果は異常なしでした。
初めての経験で心配でしたがホットしました。でも偏頭痛の原因は分かっておりません。再発が心配です。
身勝手な内容でしたが、11月に向け元気にスタ−トができます。よろしくお願い致します。



■■■ 「茅ヶ崎 開高健記念館」 野崎順次

開高健が好きである。 大阪生まれだし、心に深い闇を持っていた。
小説としては、若いころに久しぶりに読んだ「夏の闇」がよかった。
小説よりエッセイがたまらない。 続き



■■■ 「金沢の郷土玩具」 高橋久美子

「八幡起上がり」
いわゆる姫だるまです。
朱色の地に、松竹梅の文様がキレイですね。
顔もかわいい!これは一番小さい手乗りサイズ。


「米喰い鼠」
竹のバネを利用しています。
バネをつまんで動かすと、頭としっぽが動いて米を食べる動作をします。
天保の飢饉(1834)の頃、お米を食べたい願いをネズミに託したとも・・・
なんだか切ない由来もあるようです。


「もちつき兎」
「米喰いねずみ」とともにお祭りや正月の縁起物として売られていたそうです。
下の糸を引くとうさぎが餅をつく動作をします。素朴な、からくり人形になっています。
加賀百万石の13代前田斎泰の天保初年、大飢饉などで経済的不況の折、足軽が手内職として作ったのが始まりとのこと。




■■■ 「氷川丸」 柴田由紀江

山下公園の海岸に、昭和36年から繋留されている氷川丸は、太平洋戦争の惨渦を生き延びた唯一の日本の優秀外航貨客船で、今や船齢80歳にもなります。
私企業が巨額の維持費を負担して海上で保存している遠洋航路の定期船としても、現存する世界最古の文化遺産であり(ロングビーチのクィーン・メリーよりも古いんですね)、横浜市指定の文化財でもあります。 続き

■■■ 「上野散策」 川村由幸

秋の午後、上野公園界隈を歩いてみました。
寛永寺から上野駅まで写真を撮りながらあるいても2時間時間はかかりません。
秋晴れの気持ちの良い日差しの中、まず鴬谷駅から寛永寺に向かいます。
ここ寛永寺は徳川家の菩提寺(芝の増上寺と並んで)で6人の将軍が眠っています。



つぎはいよいよ上野駅方向に向かいます。なんとも雰囲気のある建物が続いて建っています。
まず、国際子ども図書館、この日は休館日で門が閉じていました。



つづいて、黒田記念館、黒田清輝の絵画が展示されていますが、木曜と土曜のみの開館でこの日はクローズ。



上野公園に入ると、すぐに目につくのがアートな地図とほんもののアート、東京藝術大学が近いためでしょうか。





なにをイメージしているのか想像してみてください。
答えは、現物を見て確認されてはいかがでしょう。


上野の銅像は西郷さんだけではありませんでした。「小松宮彰仁親王銅像」と花見専用の地図です。
並べるとなんともアンバランス。



さらに上野には東照宮もあります。改修工事中で情けなくも、布に書かれた絵が掲げられていました。
東照宮の脇には、旧寛永寺の五重塔まであります。





最後は、西郷隆盛像で終わらねばならないのが上野です。
西郷隆盛の未亡人が亭主に似ていないと言ったとか、しかしながら西郷隆盛のイメージはこの銅像で決定されています。
となりには、彰義隊の墓があります。
上野は幕末の動乱の影響を多く受けています。
寛永寺も動乱による焼失がなければ比叡山(寛永寺は東叡山)に匹敵する大伽藍であったはずです。



動物園と美術館・博物館だけが上野ではありません。
歴史もあります。アートもありました。さらに気をつけて歩けば新しい発見がたくさんありそうです。
気持ちの良い秋の午後、皆さんも出かけてみてはいかがでしょう。

■■■ 「有楽町線・新木場〜東雲界隈散策」 高橋明紀代

10月上旬午後、有楽町線で新木場〜東雲エリアの散策に出かけた。
東京のウォーターフロントの1つである。
以前、千葉県葛西理解公園から水上バス「東京水辺ライン」に乗ってお台場で降りるコース通った際、海上からみた東京のウォーターフロントがなかなか印象的だった。
機会があればウォーターフロントから、海辺に接するエリアに行きたいと思っていたことが、短時間だったが、今回の散策で叶った。
新木場で下車し、夢の島に行く。
第五福竜丸の展示館に足を運ぶ。
日本では広島・長崎以外の原爆展示以外では、水爆実験の被害を受けた展示物(第五福竜丸)が東京にあることは意外に知られていないかも知れない。
有楽町線で、新木場から次の東雲へ移動。
駅前の倉庫街を抜けると、 都営東雲アパート、公団、民間マンションと東雲キャナルコートの高層住宅が現れる。
東京の新しい住エリアであろう。辰巳運河に接する東雲キャナルコートや辰巳桜橋など、秋の午後は、空が高く、運河沿いの水も心なしか澄んでみえた。
帰りは、都バスでいま開発が進む豊洲を抜け銀座で降りた。
江戸期から千葉方面から江戸への物流は水運が中心だった。
この界隈も、たくさんの船が野菜や魚、そして人々を 運んだことであろう。



■■■ 「いわき 久ノ浜漁港 川に遡上するサケ」 末永邦夫

2009年10月、川に遡上するサケを訪ねて、福島の海岸を北上。
いわき市久之浜(ひさのはま)漁港を訪れました。 続き




■■■ 「学生茶道」 杉浦 啓之

OBの特権を振りかざし、久しぶりにお茶会に出かけてき、ビデオ撮影をしてきました。
大学近くの街も30年前とはだいぶちがっていましたが、学生茶道の理想は変わらないものがあると思いました。
亭主の姿は昔では考えも及ばなかった和服も着こなしてはいますが、茶道の一期一会のもてなしの心は変わらないものでした。




■■■ 「下北沢駅前食品市場」 酒井道夫

10月14日、美術学校の生徒さん達と下北沢探訪に行ってきました。
下北沢は半世紀前から知っているし、40年ほど前には、事情もあって(?)結構足しげく通った町でもあるのだけど、その後の変貌はすさまじい。
気に入っていたラーメン屋「代一元」が姿を消したのは何時頃だったろうか。
でも「駅前食品市場」の方は、恐らく終戦直後の様相をかなり色濃く残している、東京でも珍しい一角ではないかと思うが、しかしもう風前の灯火といった空気が支配している。





■■■ 「羽ばたく君」 鈴木貞一

従兄弟が嫁をもらいました。
「綺麗なお嫁さんだね!おめでとう!!」
本音は「綺麗なお嫁さんだね!後に続く身としてはハードル高いぞ〜(笑)」





■■■ 「古道探訪」 瀧山幸伸

10月は古道探訪がてら紅葉見物を行った。 古道にはドラマがあり、その土地の歴史と文化を知ると単なる紅葉が何倍も面白くなる。


「越後と信濃を結ぶ 塩の道 松本街道」

塩の道といえば、松本街道が最も有名で、史跡に指定されている。
信州小谷の松本街道沿いに牛方宿が佇む。今ではなんとものどかな風景だが、当時の荷役の重労働がしのばれる。



新潟の糸魚川海岸から越後信濃の県境まで新潟県側の松本街道を辿ってみた。茅葺が残る廃村寸前の村、行き倒れた馬を供養する馬頭観音など、当時の情景が今も各所に残っている。




「越後と会津を結ぶ八十里越街道

越後の三条から会津の只見に越える峠道で、近くにニホンカモシカ生息地もあるが、残念ながら今回は遭遇できなかった。サルの陽気な集団には遭遇したが。それほど急峻で長い峠道であり、幕末に河井 継之助が越えた道として司馬遼太郎がとりあげていることでも有名だ。


吉ガ平集落は集団離村して久しいが、その奥には神秘的な雨生が池と祠がある。




「村山と庄内を結ぶ山岳宗教の六十里越街道と多層民家の田麦俣

出羽三山参詣の道でもあった六十里越街道、鶴岡側の秘境田麦俣。


ここを訪れた岡本太郎が感動のうちにシャッターを押した写真がこれ。心がわしづかみにされてしまった。




■■■ 「彼女のできた息子はあてにはならない」 柚原君子



俺オス猫。結婚暦なし。
そんな俺には想像できない話だけど、壁にもたれて眠っていたときに耳に入ってきた話を今日はしよう。
俺の飼い主は60歳。その息子は32歳。
嫁をもらうらしい。
息子は常々「かあちゃんのそばにずっと住んで、できたら二世帯住宅を建てよう。
あっ、でもこの家はかあちゃんとおとうちゃんが買った家だから、この家はかあちゃんの老後に役立つようにとっておいた方がいいね。
俺はやっぱり自分の力で自分の家を買うよ。
嫁はかあちゃんの家の近くに住んでもOK、という人しかもらわないから安心しなよ。
俺はPC仕事だから今の俺の部屋はそのまま仕事部屋にできるから、俺の買った新しい家からかあちゃんの家に通ってくるから。
それなら心配ないだろ。寂しくないだろ。
かあちゃんを一人にしておくのはやっぱり心配だものなぁ」。
優しい息子!涙がこぼれそう、とかあちゃんは思ったが、すぐにこうも思ったそうだ<その優しさは彼女ができたらきっと彼女にワープする>と。
悲しい予言は良く当たる(笑)。
息子に彼女ができた。
結婚をするから!ブランド物にも縁のない落ち着いた娘だよ。
彼女は江東区に住んでもいいっていうんだけど、彼女の仕事が作業療法士で、ずっと仕事を続けたいんだって。
でもね、(ホラ来タ!)俺たちこれから子どもも欲しいし、そうなると、田舎っぽいおっとりした彼女が、職場も東京の病院に変えて、環境ががらりと変わった中で子どもを産むのは大変だと思うんだ。
俺も都内の狭くって高い家を買うよりは、広くって庭もある家にしたほうがいいと思う。
かあちゃんの部屋もあるような大きな家を春日部に買うから、かあちゃんは仕事をリタイヤしたら俺たちの春日部の家に来るといい、彼女は江東区に住んでもいいよ、って言うんだけど、おれが考えたことなんだけど……どうかなぁ……」
俺の飼い主はショックだったらしけど二三日後に毅然と立ち直った!
嫁が元気に暮らせる場所で暮らしたほうが息子にも幸せ。
ひいては私の幸せ。
そうだ、東京大地震で我が家が壊滅したら春日部の家に行こう!と。
そんなわけで今日の話は<悲しい予言は良く当たる>・<彼女のできた息子はアテにならない>、の二題だ。
俺オスだけど嫁いないからこの話関係ない。
でも、俺の飼い主、暇になって俺にちょっかい出すこと多くなるだろうなぁ。
やれやれ(ため息)


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Japan Geographic Web Magazine
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編集統括 瀧山幸伸
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