MONTHLY WEB MAGAZINE Sep.2010


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8月の新着情報
New contents in Aug. 2010


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今月のトピックス
Topics of this month



■■■ 日本の奥深くへ 瀧山幸伸

大人の絵日記にはカメラという飛び道具がある。カメラの良い点は、客観的に記録・比較できること。毎年の定点観測、時系列での記録には好都合だ。

■ 山陰の古代史

夏休みの前半は、山陰の歴史探訪に費やした。智頭の板井原は車が入れなかった集落で、今も当時の街並の片鱗がうかがえる。タイムスリップとはこのような空間だろうか。
三大霊場の一つ、三仏寺投入堂は、毎年犠牲者が出ていることから入山が特に厳しい。子供の時分には気楽に登れたのだが。
もう一つの霊場、大山の大神山神社は昔と変わらない。大山町に古代の集落跡がそのまま残る妻木晩田遺跡ほか、隣の淀江を含め遺跡が多い。この地から弓ヶ浜を見ると、国引き神話が実感できる。
弓ヶ浜の先端、境港は水木しげるロードに訪問客があふれる。鳥取と島根は水木とハーンで妖怪もおちおち昼寝していられない。古い文化は境港の先、美保関美保神社にある。島根半島の北岸は青い海がまぶしい。
そこから西へ、松江城佐太神社平田鷺浦日御碕の夕日へと、神々に近づく感動の旅が堪能できる。
海とは反対に中国山地側も魅力たっぷりだ。安来の広瀬は尼子の月山城で趣が深い。宍道湖近くには加茂岩倉遺跡荒神谷遺跡玉造遺跡が、さらに奥地へ入ると、スサノオが退治したオロチの世界だ。近代まで続いていた桜井家とたたら遺跡が興味深い。
石見銀山大森の街並は旧熊谷家の整備公開で彩りが増した。
島根県の西の端、益田には雪舟ゆかりの見事な庭園がある。万福寺医光寺だ。時間を忘れてゆっくりと過ごしたい。
津和野を訪問したら、ぜひ堀氏庭園に立ち寄ってほしい。石見銀山の兄弟分として栄えた銅山経営者の庭園だ。

■ 夏の終わりの東北

夏休みの後半は、恒例の大曲の花火。今年は百年の節目なので華やかだ。田沢湖はこの猛暑で青く怪しく輝いていた。その田沢湖を見下ろす絶景が得られるのが秋田駒ケ岳。天然記念物の植物群落が有名だが、念願叶って天候に恵まれようやく登頂できた。
玉川温泉も後生掛温泉も昔と変わらず良い雰囲気だ。
岩手の安家洞は不便な所にあるが、知る人ぞ知る、さすがに日本一の鍾乳洞だ。洞内は9度、天然のクーラーが心地良い。
さて、夏の終わりはいつになるのだろうか。



■■■ 大峯山の”行“に行ってきました。 中山辰夫
Omineyama,Nara

下界は35℃を越える猛暑。大峯の山頂は22℃、山中も25〜26℃と爽快な道中でした。
今年の大峯山参詣日が8月26日に決まった。連日の猛暑で、当人もまわりも大丈夫かと気遣った。登山は行ってから決めることにした。
メンバーは77才を筆頭に平均年齢70才強である。皆さんはベテラン揃い。私は3年連続の参加です。
スケジュールは、Am4:00出発(バス)、Am6:30休憩所着、7:30登山開始、Pm14:30下山です。ほぼ予定通り終えました。
前々日、前日の夕方に僅かな時間、雷雨があったと聞く。これが幸いした。
山全体がシッポリと濡れている感じで、山道も適度に柔らかく歩きやすかった。
雨に洗われた樹木は眩しいほどの“みどり”を呈しており、5〜6月の新緑の頃と勘違いするほどの輝きでした。残念、写真は逆光ばかり!
時折訪れる涼風は、表現し難い味があり“癒し”と共に気持ちを前進させてくれました。
今後も参加し続けます。健康のバロメーター、カメラ扱いの進捗判定にもなればと・・・。今年ほどの好条件はないでしょうが。





■■■ 東京タワーを永遠に 川村由幸
Tokyo tower forever

近頃、タワーと言えば東京スカイツリーばかりがもてはやされています。
世界第二位が好きな政治家もいますが、なんといっても世界一のタワーになるのですから、その人気も当然でしょう。

実は、今の私の勤務場所が東京タワーのすぐ下なのです。
朝に夕に東京タワーをながめて仕事をしています。そのこともあって、私は東京タワーが大好きです。


四本足のタワーは、とても姿が美しいのです。空を切り取る鉄骨が形作る幾何学模様もカッコイイです。
昭和33年に完成した東京タワーは日本の高度成長の全てを見ています。
現在の停滞をどう感じているでしょう?



東京スカイツリーが完成すると、東京タワーは電波塔としての主役の座を奪われてしまいます。
それでも東京タワーの造形美が褪せるわけではありません。
四本足の曲線は建造物としても十分に価値があります。これからは時間の経過と共に文化財としての価値も増すことでしょう。



東京タワーが100年先も今のままの姿で東京の空にそびえていることを望んでいます。
鉄製ですから、メンテナンスを怠れば、直ちに劣化が始まります。
そのようなことのないよう、皆さん、東京タワーにも出かけましょう。
増上寺とのツーショツトも東京タワーだから似合うのです。
東京スカイツリーは来年の12月には完成します。皆が見学できるのは翌年の春からのようです。
もし、放送電波全てが東京スカイツリーに移動してしまうと、観光・見学収入だけでは東京タワーを維持・管理してゆくことは難しいようです。
東京タワーが鉄クズになる姿は見たくありません。さて、どうなりますか?

■■■日光霧降高原のリフト終了 田中康平
Kirifuri highland,Tochigi

日光霧降高原のリフトが8月31日で運行終了・撤去されることになり、8月下旬に出かけてきました。
この8月の最後の1ヶ月間は無料運行です。
通常料金往復1600円がタダとあって最近では見たことも無い大混雑です。
標高1600mまで一気に登れる便利なリフトでしたが老朽化更新の費用を確保することが叶わなかったようです。
来年からは遊歩道をひたすら歩いて登りニッコウキスゲの群落などを訪れることになり、重い機材を持っては厳しくなりそうです。
この日はリンドウも咲き始めお花畑は静かな秋を迎えようとしていました。





■■■ 笹野一刀彫り 高橋久美子
Sasano Ittobori,Yamagata



山形県・米沢の「笹野一刀彫り」のニワトリです。
鷹を彫った「お鷹ポッポ」が有名なので知っている人も多いと思います。
古くから伝わる「削りかけ」という技法で作られています。
鷹よりニワトリの方がカールが綺麗だったので、こちらを購入しました。
『米沢市内から約5キロのところにある笹野観音で有名な笹野地区の特産で、サルキリと称する独特な刃物一本で彫り上げることから笹野一刀彫≠ニ呼ばれている。
用材は地元でアブランコと呼ぶ、ウコギ科のコシアブラの丸材を用いている。
また、そのいわれ因縁は上杉鷹山公の教えである勤倹勤勉の精神が、笹野彫りにもよく現れている.。
「ニワトリ」のように早起きし、「もちつきウサギ」の如く懸命に働いて、「蘇民将来」を信仰し、「恵比寿・大黒」を守り神に『笠かむり農婦の如く農に励めば、「カメ」の如く長寿が約束され、「せきれい」の如く子孫が繁栄して「お鷹ポッポ」のように禄高が増す』 というのである。
笹野観音の年越し祭りには、神棚に飾る「笹野彫り花」を求める人で今も賑わいを見せる。
期限は詳しくはないが、米沢藩主上杉鷹山公が農家の副業として奨励したという記録があるので、少なくとも200年以上の歴史は持っている。(米沢観光物産協会)』
北海道の復元アイヌ部落で、「イナウ」という神事に使う物を見たのですが、その時は、笹野一刀彫りと似ているな〜と思って見ていましたが、笹野のほうが、アイヌから伝わったように聞きました。



■■■ 我が家のお姫様 柴田由紀江

ウェブマガジンにちょこちょこ登場してくれる柚原さん宅のキジ猫ちゃんや、瀧山さんのお宅でも猫ちゃんに会うことが出来ましたし、野崎さん宅の子猫ちゃん達や川村さんの専属モデル猫を拝見して…
我が家の一人娘も紹介しなきゃ!と思い立ちました。

私も子供のころから数多くの種類の猫を飼ってきまして、救った・拾った・貰ったなど出会いは様々でしたが、血統書付きのお嬢様をお金を出して買い求めたのはこれが初めての経験でした。
8年前の春のこと、ハリー・ポッターに出てくる「管理人フィルチの飼い猫ミセス・ノリス」みたいな大きな長毛種の猫をだっこしたくなり、半月ほどでお気に入りの子猫に出逢いました。

Norwegian Forest Catといい、原産はノルウェー、スカンジナビア半島を中心とした北ヨーロッパで、冬場が特に寒い宇都宮の山の上でも適応してくれそうでした。
似たような大型猫のメインクーンよりも鼻が高く、サイベリアンよりも細面で、なかなか美形な猫種です。

こうして選んだ子猫ちゃんは、祖父母が北欧に住んでいるという正真正銘のお姫様でした。
 

正式名称をKayak's Leica、またの名を『柴田さん家のライファちゃん』として、我が家の庭をトイレ代わりにする近所の外飼い猫達のマドンナとして、華々しくデビューいたしました。
 

さて、そんなライファはいったいどんな美猫に成長したのでしょうか。

つづく(^^)/



■■■ 現存する日本最古の鉄筋コンクリート 野崎順次
Oldest RC in Japan

コンクリートは圧縮に強いが、引張りやせん断に弱いので、棒状の鋼材である鉄筋で補強したものが鉄筋コンクリート(RC)である。鉄筋にも弱みがあって、通常の条件下では錆びてしまう。
しかし、コンクリート中のセメントが強アルカリ性なので錆びない。
コンクリートが古くなるとアルカリ性から中性に変化して鉄筋がさびやすくなるが、割れがなく、ち密であれば、鉄筋コンクリートとして機能する。
高度成長期以降に施工した鉄筋コンクリートには50年もたないものがあると云われている。
その理由はいくつかあるが、端的にいえば、(施工費を切り詰めるために)施工効率を最優先にしているためである。骨材(石や砂)の品質低下もあるが。
一方、100年近く供用されている鉄筋コンクリートが日本にも残っている。
明治から大正にかけて、誇り高い技術者が入念に配合して施工した結果である。
未だに使用されている最古の鉄筋コンクリート構造物を調べてみた。
最古5例のうち、3例が京都にある。

(1)1900年(明治33年)製作: 横須賀軍港境域標、 150 x 160 x 2000mm、
横須賀港から土木図書館に移転、新宿区四谷1丁目 土木図書館横

(2)1903年(明治36年)竣工: 琵琶湖第一疏水 第11号橋、幅1.5m x 長さ7.3m、
京都市山科区日ノ岡堤谷町、メラン式アーチ橋、供用中

最古の「本邦最初鐡筋混凝土橋」の碑がある。
クラック(割れ)もなく非常に良い状態のようだ。

(3)1904年(明治37年)竣工: 琵琶湖第一疏水 山ノ谷橋(第10号橋)、
京都市山科区御陵黒岩、メラン式アーチ橋、供用中

クラック補修跡があるが構造的にはまだしっかりしている。当時の技術者、施工者の名前が基部に刻まれている。

(4)1911年(明治44年)竣工: 三井物産横浜ビル、4階建て、
横浜市中区日本大通14、供用中

オフィスビルとしては日本初の鉄筋コンクリート建築物として有名。

(5)1914年 (大正3年)竣工: 梅小路蒸気機関車館 扇形車庫、
高さ約10m x幅約30m x 長さ約200m
京都市下京区観喜町京都市下京区観喜町、供用中

工業施設としては日本最古の鉄筋コンクリート建築。




■■■筑紫神社夏祭り 末永邦夫

筑紫神社は「筑紫国」の「国号」筑紫の起源となった神社です。
毎年夏祭りが7月に行われ、茅の輪くぐりをして無事暑い夏を過ごせるようにお参りをします。
今年は7月18日に夏祭りが行われました。
この夏祭りを、17日茅の輪作りから、18日お祭りまでを取材しましたので報告します。続く

 




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編集 瀧山幸伸
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