Monthly Web Magazine June 2014

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トピックス
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■■■■■ 忘れられた街並 瀧山幸伸

忘れ去られ消えゆく街並は哀愁を帯びています。5月に三つの街並を訪問しました。

長野県飯田市の大平宿は、集団移転して無住の街並となっています。
「隠し剣鬼の爪」のロケに使われた古風な宿場町ですが、飯田線が開通するまでは大いに賑わった峠越えの宿場町です。
「紙屋」のご夫婦に昔の姿の興味深いお話を伺いました。詳しくは録音を聞いてください。
現在は空き家を自炊宿泊などに開放しています。紙屋でも貸し切りで宿泊できますよ。

 

福島県南会津町の前沢大内宿ほど混雑していませんし、集落の人々が日々の生活を営んでいます。ゆったりと街並や音景を楽しむにはおすすめです。

  

山梨県早川町の赤沢宿は、10年前から最後の1軒だけになっています。もうすぐ数百年の歴史を閉じてしまうかもしれません。
詳しくは江戸屋のおばあさんの話と10年前のえびす屋さん大阪屋さんのお話をお聞きください。

  



■■■■■ 上高地に出かけてきました 川村由幸

関東が梅雨入りし、豪雨が続いた週末に上高地に出かけてきました。
快晴とは言えない天候でしたが、雨にはさほど苦労させられませんでした。
私が上高地を訪れるのはこれで四度目、今回歩いたコースは大正池からスタートし、田代池−ウエストン碑−河童橋−岳沢湿原−明神池−明神橋−バスセンターのコースで正確ではありませんが11〜12kmの行程です。

上の散策マップをご覧いただくと歩いたコースがご理解いただけると思います。
散策をスタートした大正池は右手に穂高連峰、左手に焼岳が望める眺望の素晴らしい場所で上高地散策のスタートとしてベストの場所だと思います。

大正池
 
大正池からの焼岳
 
大正池からの穂高連峰

大正池の湖畔はゴロゴロした石で歩きにくいのですが、湖畔を離れると整備された木道が続き、道端の可憐な花や新緑を愛で楽しんでのゆったりした散策が出来ます。

大正池から角度を変えての焼岳
 

小鳥の声だけが響く小道を新緑をかき分けて行くように歩くと、自然に心が静かにそしてやさしくなります。
田代池の手前、真正面に穂高連峰が望める場所かあり、記念撮影がやり良いように木道も拡張してあります。

雲に隠れる穂高連峰
 
田代池 


水中の藻もくっきり

ここから田代橋を渡って梓川の右岸を河童橋に向かいます。右岸を歩くと左岸からは見ずらい三本鎗を中心とした山々が残雪と新緑のコントラストを見せてくれて思わず足を止めてしまいます。

三本鎗を中心とした山々 

ウェストン碑

上高地はどこからでも、心洗われるような風景に出合うことのできる所です。
河童橋は相変わらずの人でごったがえしていましたが、食堂はさほどの混雑もなく落ち着いて昼食をいただきました。
河童橋まで来ると穂高連峰がぐっと近づいたと感じます。
 

この日はどうしても穂高連峰の稜線を見ることができませんでした。
河童橋まではほぼ平坦な道でしたが、ここから明神池までは結構アップダウンがあり、かつ単調な道が続きます。
でも道端の花はずっと多くなりますから、下を向いて歩く時間が長くなります。
 

岳沢湿原近くは写真のような立ち枯れた樹木が目立ちます。以前は川でなかったところに流れができ、樹木を枯らしてしまったのでしょう。
そして、神秘的な明神池に到着です。明神池は一之池と二之池があります。

一之池
 

二之池
 

穂高神社の神域にある池ですから神秘的なのは当然ですが、池を見るのが有料なのは興ざめです。
ここまですでに10km近くを歩き、少し足にダメージが出始めました。
上高地にはマイカーは入ることができないため、大きなバスセンターが散策の終点です。
明神から脇目も振らずバスセンターに一直線に歩きました。
上高地はいつ訪れても私の期待を裏切りません。静謐な風景はに心洗われるのは私だけではないでしょう。
ただそこにある自然が美しいことほど幸せなことはありません。そして、この時期の上高地が秋よりも私は好きです。


最後に帰り際の撮影ポイントをタクシーの運転手さんが教えてくれました。
大正池の湖畔で焼岳と穂高連峰の見える場所です。
  


■■■■■ 倉敷から小豆島横断して尼崎に帰る 野崎順次 

毎月、尼崎の自宅から倉敷の田舎家(祖先のお墓がある)に行っている。いつもは山陽新幹線を使うが、小豆島経由で帰ってみようと思いついた。小豆島は2度目の訪問になるが、少し気に入っている。二十四の瞳のロケをした岬の分教場映画村に寄る予定であるが、フェリーと島内バス(オリーブバス)の連絡が良いとはいえ、時間がかかる。荷物は、1眼レフカメラ2台、交換レンズ3本、三脚、コンデジ1台、ノートパソコン、書物、DVD少々、各種充電器などある。黄色いTシャツにカメラマンベスト、七分のパンツに軽登山靴で、リュックサックを担ぎ、キャリーバッグを引きずるというスタイルである。頭にバンダナを巻きたいが、平坦なでかい顔には似合わないのでやめた。

日曜日の朝、コンビニのザルソバを食べて家を出る。昨夜は近所でニンニク入りラーメンを食べたので、麺続きである。午前7時35分JR児島駅発マリンライナーに乗り、瀬戸大橋を渡る。晴天なれど、見通しが悪い。黄砂とPM2.5らしい。

午前8時8分JR高松着。高松港にいくと隣の五万トン岸壁にハイテク自衛艦が停泊していて、見学者が並んでいた。後で調べると掃海母艦「うらが」であった。

午前9時、オリーブラインのフェリー「しょうどしま丸」は小豆島土庄(とのしょう)港に向けて出港した。見通しが悪いので、甲板をあきらめ船内に留まり、ノートパソコンで整理作業をした。小腹がすいたので、てんぷらうどん400円也を食べた。不味くはないけど美味くもない。午前10時に土庄港着、ターミナルのすぐ横のバス停で10時10分発の映画村行きオリーブバスに無事乗車した。

土庄の町の東側にギネス認定世界一狭い土渕海峡がある。バスから見える。

ずんずん進んで、前に来た池田港も過ぎた。

オリーブ丘、サン・オリーブ、オリーブ公園などというところで十数人降りて、十数人乗ってきた。

草壁港に近づくと沖に帆船が停泊していた。

小豆島にはお醤油屋さんが多い。小豆島なのに大豆かと思ったが、小麦も大切な原料らしいので、讃岐の小麦と関連がありそうだ。

坂手港の瀬戸内国際芸術祭作品、「ヤノベケンジの THE STAR ANGER」

田ノ浦半島を進む。

午前11時7分に田ノ浦に着いて、「岬の分教場」を見学した。有名な映画「二十四の瞳」のロケ地である。入場料は200円であるが、映画村とのセット券だと790円である。ちなみに映画村だけだと700円である。この時売店に荷物を預かってもらったのでそのお礼も兼ねて、オリーブの実の瓶詰めを二つ買った。550円と650円。今は開花期の季節はずれなので、スペイン産である。その方がうまいかもしれないと買った。その後、映画村に行ったら、共に50円安で売っていた。何でやねん。

映画村まで、徒歩10分足らず。キャリーバッグを転がして歩く。映画村は再映画化された「二十四の瞳」(昭和62年、主演 田中裕子)のために作られたオープンセットである。昭和初期の家々が復元されているとはいえ、ほとんどが売店や食堂を兼ねている。入場料を取るほどではないと思った。時間が余り、お腹も少しすいたので、名物生ソーメンを食した。通常のソーメンよりはもっちりしてうまい。出汁に含まれる醤油もうまい。これで昨夜から麺4連発である。

小さいながら壺井栄文学館はそれなりによかった。「桃栗三年柿八年、柚子のおお馬鹿十八年」とは壺井さんの好きな言葉。

これから、バスを乗り継いで福田港に行く。午後2時15分映画村発、再び帆船が見えて、午後2時38分安田着。

安田のバス停近くでオリーブの花をゆっくり見ることができた。また、バス停の真ん前のコンビニでロング缶のビールを飲む。暑い日だったので、いったんビールを飲むと止まらない。この後、JR姫路までほぼ30分おきに缶ビールを飲んだ。

午後2時56分安田発福田港行きで北上する。福田に近づくと山側は大きな採石場、海岸線は変化に富み、景色がよさそうだが、バスからよく見えない。

午後3時20分福田港着、直ちに30分出航の姫路行フェリーに乗る。1時間40分の航海、ほとんど寝てる。雪山かと思わせる採石場の島(家島諸島)を見て、午後5時10分に姫路港到着。

その後の日程は、

17:30発 姫路港 神姫バス
17:50着 姫路駅北口

18:11発 JR姫路 新快速で爆睡
18:58着 JR芦屋 乗換
18:59発 JR芦屋 各停
19:09着 JR立花

JR児島から小豆島を横断してJR立花までの時間はほぼ12時間、運賃合計は¥6,800 だった。あー!面白かった。

 


■■■■■ 追加指定など 大野木康夫

5月16日に、国宝・重要文化財(建造物)の指定についての文化審議会の答申がありました。
国宝は新規2件、重要文化財は新規7件、追加2件でした。
京都、滋賀では、国宝2件、重要文化財の新規1件、追加2件が指定されるということでしたので、18日に撮影に行きました。

早朝、6時の開門を待って本願寺(西本願寺)へ行きました。
早朝の団体参拝の読経や鐘の音が流れ、大変いい雰囲気でした。

重要文化財の追加指定は6棟です。

総門は堀川通の東側、正面通の仏具屋街に建っている門です。
正面から全体を撮影するには広角レンズが必要です。

鼓楼は境内の北東角、新選組の旧跡としても有名です。

阿弥陀堂門は唐門形式の大きな四脚門です。

御影堂門は瓦葺の大きな四脚門です。

経蔵は阿弥陀堂の東、大イチョウの北側です。

手水所は阿弥陀堂門をくぐって境内に入ったところにあります。
お参りは通常、阿弥陀堂からなので、理にかなっています。

附指定とおぼしき建造物

御成門、目隠塀、土塀

国宝に指定された阿弥陀堂

同じく御影堂

附指定と思しき渡廊下と喚鐘廊下

既指定の建造物群

新規指定の旧真宗信徒生命保険株式会社本館(本願寺伝道院)

伊東忠太の独創性が光る洋館です。
総門から数10mのところです。

ついでに日曜で無人の龍谷大学大宮学舎を撮影しました。

車で滋賀県に移動し、聖衆来迎寺に行きました。
追加指定の建造物は3棟です。

表門は坂本城の城門を移築したといわれています。

本堂は土台が石造となっています。
南郷洗堰完成前にたびたび水害に見舞われたためということでした。

開山堂は境内の奥(西側)にひっそりと建っています。

既指定の客殿

帰路、少し時間があったので日吉東照宮に行きました。
石の間の特別拝観中で、内部撮影もできました。



■■■■■ 海を見ながら想う 田中康平

福岡市に転居して一年半近くになる。過ごしてみて海と調和した風土、そんな思いを強くしている。数日前も福岡市の北東のはずれにある宮地嶽神社の江戸花菖蒲を見に行った後神社からまっすぐ海に向かう参道を海岸まで出てみてそんな感じを抱いた。津屋崎の海だ。

関東の太平洋に向かう戦うような黒い浜辺とは違って、この地の入り江の穏やかな波と白砂の続く浜辺 青々とした松原にはこれが海だという懐かしさを覚える。
博多湾でヨットに乗ると二人乗りの小さなディンギーヨットでも湾内の能古島を一周したりもする。勿論北風が5−6mも吹けば湾外からうねりが押し寄せて結構スリリングなセーリングになることもある、しかし面白い。福岡には、というより九州の至る所で海と遊ぶ雰囲気に満ちている。
入り江の多い地形、長い砂浜海岸、温暖な気候、対馬海流という暖流、海を渡ってきた文物の歴史、全てがないまぜになって海とグラデーションのようにつながる風土が出来上がってきたのだろう。 
津屋崎海岸の岬の丘に東郷神社を見つける。日露戦争で日本海海戦を戦った東郷平八郎を祭った神社だ。平地にあればその軍国主義の残滓のような神社には目をそらしたくなろうがこの玄界灘を臨む丘の上にあると海とともに生きた人として違和感もなく受け入れてしまう、そんな全てを飲み込んでしまうようなおおらかさがこの海辺にはあるようだ。
津屋崎の渡と呼ばれる岬の切れ目のような細長い入り江にはヨットハーバーがあって漁船とともに多くのクルーザーが停泊している。市営のヨットハーバーは停泊料も安いらしく漁港とは不釣合いなほど立派なクルーザーがひしめいている。
魏志倭人伝の時代にもこの辺りから朝鮮半島に向かう船が行き来したのだろう。海を眺めていると昔と変わらぬ空気が今も漂い続けているのを感じて心が安らぐように思える。
九州は海だ。



■■■■■鷲羽山と瀬戸大橋 中山辰夫

鷲羽山近くの下津井の某ホテルに夕陽と日の出を楽しみにして宿泊しましたがダメでした。最近はPM2.5の影響で見える日が少なくなったようです。
暇つぶしにホテルの窓からシャッターを押しまくりました。
鷲羽山から沖合に浮かぶ島々を眺める風景は瀬戸内海国立公園の代表的なスポットと聞いております。昭和39年に多島美が評価されて国立公園に指定されて80周年を迎えた今年は、種々の祝賀行事が予定されているようです。
鷲羽山と瀬戸大橋の画像を集めました。




■■■■■ 黄桜酒造琺瑯看板 ゆはらきみこ



埼玉県浦和市の浦和宿を取材中に発見

河童でおなじみの黄桜酒造。桜にもいろいろな種類がありますが、あまり見られない桜の種類にウコン桜があります。ウコン桜は開花すると黄色の花になります。黄桜の商号はここから来ています。初代は大正14年に松本酒造株式会社から分家。黄桜はヒット商品となり会社名も「黄桜」に。二代目の松本司朗氏がイメージキャラクターに河童を起用してマスメディアに載せます。カッパキザクラカッパッパ♪は今でも耳にあります。
全部の歌詞は多分、以下のようだと思います。
「カッパッパルンパッパカッパキザクラカッパッパァポンピリピン飲ンジャッタチョットイイキモチーヤッ 飲ーメル飲ーメル飲ーメル飲ーメルイケルケルケルケロック キザクラキザクラソフトナオ酒 古イ暖簾ノモダンナ味 カッパッパァルンパッパァキザクラー」
飲んじゃった!いい気持ち!飲める飲める!行ける行ける!ロック!仕上げには古い暖簾にモダンなお酒!……いやはやなんとも、お酒が飲みに誘導されたくなる語句が満載されたコマーシャルですね。
黄桜は河童のイメージですが女優さんを使った看板も多いです。叶和貴子、高島礼子さんも。2008年からは吉瀬美智子さん。皆さんとてもしっとりと色っぽい方ばかりです。そういえば河童のコマーシャルも色っぽいのが多かったですね。

看板は埼玉県浦和宿を取材中に目に付きました。初代黄桜看板女優の三浦布美子さんです。
昭和43年(1968)の看板。世相は昭和43年は東京の府中で三億円強奪事件があった年で、翌年にはアポロ11号が月面到着しました。そうそう、寅さんシリーズ第一作が封切られたのもこの看板が出た翌年でした。ちなみに大卒初任給は30,500円。お酒一升は810円でした。
注釈:御衣黄桜(ギョイコウサクラ)から「黄桜」という説もあるようです。が、ウコン桜は、御衣黄桜に似ていますが数百品種あるサクラのうちで唯一、黄色の花を咲かせるのがウコン桜です。【唯一黄色の花を咲かせる!】ということで、このキャプションはロマンチックに行きたい関係上(笑)、ウコン桜を「黄桜」の商標の元と決めました。勝手ですみません。





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Japan Geographic Web Magazine
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Editor Yuki Takiyama
yuki at sapienza.jp (Replace at to @)
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