JAPAN GEOGRAPHIC

Monthly Web Magazine Dec. 2017

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■■■■■ Topics by Reporters


■ 近所の野外学習施設 瀧山幸伸

自宅の近くに著名な野外学習施設が二つあるが、20年近く通っているのにまだ全貌が理解できていない。

一つは小石川植物園。ちょこっと散歩がてら頻繁に訪問しているので、膨大な写真や動画の数に膨らんでしまった。

ここの良さは、都心にあるにもかかわらず、メンデルのブドウ、ニュートンのリンゴをはじめ、小石川御薬園時代からの歴史を背負った薬草園、大学付属施設ならではの充実した標本植物が揃っていることだ。

だが、自分は四季おりおりの花木の美しさや野鳥・迷鳥などを愛でてきただけで、まだ一度も系統的な植物学を学習できていない。

隣接する旧東京医学校本館は大学の博物館となっており、これまた興味深い学習施設だ。

 

もう一つは六義園。六義園がなぜ学習施設かというと、造園学のお手本として重要だからだ。

活字になっている造園理論や歴史はわかるが、全国の名勝庭園をほぼ訪問し尽くした今でも、造園技術者が持っている奥義は、まだまだ理解できていない。六義園での陰陽思想の具現化や、ミニチュア化された世界観、風景観など、知れば知るほど知らないことが増える。「こんなところに見立てが隠れていた」と気が付くことも多い。幸いなことに、六義園は年間パスを手に入れたので、これからは四季折々、さらに頻繁に宝探しの学習に出かけることができそうだ。

 


■  今、そこにある危機 酒井英樹

古い町並みを歩いていると緑色の銅板が目立たぬように壁に貼り付けてあるのを見かけるようになった。この銅板は文化庁が発行するもので取付けられた建造物が「登録文化財」であることを示すものです。

平成8年(1996)に開始した登録文化財制度は急激な社会変化に伴い失われていく貴重な近代の建造物の保護にあたって重要文化財指定制度のみでは不十分であり、より緩やかな規制のもとで、幅広く保護の網をかけることの必要性から生まれた重要文化財を補完する制度です。建築後50年以上経った近代建造物が対象です。

平成8年から現時点(平成29年12月1日)までの20年あまりに登録された貴重な建造物は11948棟に上ります。そして現時点での登録文化財建造物の総数は11502棟になります。その差446棟が登録文化財を抹消された建造物です。

大阪城天守閣(大阪市 1997年登録) 

 

フランソア喫茶室(京都市 2003年登録)

明治村帝国ホテル中央玄関(愛知県犬山市 2004年登録)

革島医院(京都市 2005年登録)

抹消された建造物のうち半数以上の238棟が国重要文化財や地方自治体の文化財の指定を受けたことで、登録文化財を解除されたもので、現存しています。

金家住宅洋館(秋田県北秋田市 1999年登録、2008年国指定重要文化財指定のため抹消)

香雪美術館洋館(神戸市 1998年登録、2011年国指定重要文化財指定のため抹消)

築地本願寺本堂(東京都中央区 2011年登録、2014年国指定重要文化財指定のため抹消)

賓日館(三重県伊勢市 1997年登録、2004年町指定文化財指定のため抹消、現国指定重要文化財)

残り207棟は残念ながら存在していません。

この内27棟が火災による焼失による抹消です。20年間に登録文化財(総数約1万棟)の焼失数27棟という数字は、東日本大震災による焼失の7棟を除いても、同じ期間の国指定重要文化財(総数約5千棟)3棟に比べて3倍ほど多い。

だが、ここで危機として問題としているのは、最後に残った181棟です。原因は建物の解体です。登録文化財は重要文化財に比べ緩やかな規制であり、現状変更に国の許可が必要な重要文化財に比べ、通知さえすれば現状変更(解体)が可能になっています。

そのため、解体されて抹消された数は重文が0であるのに181棟に上っています。しかもここ数年の解体が多く、2015年からの3年間で半数以上の100棟(2017年は24棟)に上ります。

解体の理由はいくつかありますが、多くは維持修繕管理費用がないためとのこと。老朽化した建造物の修繕に多大な費用を要することが原因で取り壊されている。中には旧加納町役場庁舎のように自治体所有の建造物も含まれている。

旧加納町役場庁舎(岐阜市2005年登録、2016年解体)

平楽寺書店(京都市1998年登録、2017年解体)

1928年頃建築の鉄筋コンクリート造り3階建て 外観はトスカナ式の柱が特徴的であった。

マンション建設が進む平楽寺書店跡地(2017年11月撮影)

地下鉄烏丸御池駅すぐ近くの京都市内の中心地にあった平楽寺書店の跡地はバブル期を彷彿させるマンション建設ラッシュの波に飲みこまみれ、僅か1か月余りで解体され瞬く間にマンション建設現場へと変わってしまい、風景を一変させてしまっている。

少しでも多くの貴重な建造物が後世に生き残ることを祈りながらも、1つでも多くの映像記録を残せるようにしたいものだと改めて感じた・・。


■ 紅葉ライトアップ  大野木康夫

紅葉の時期、京都の紅葉の名所はどこも多くの人でごった返しています。

今年は寒くなるのが早かったこともあり、紅葉の時期がかなり短い名所もあり、週末に撮影に行くしかない勤め人の身としては、週末の天気がいま一つだったこともあり、満足できない結果になってしまいました。

そんな中、いつもより多めにライトアップの撮影に挑戦してみました。

神護寺

京都の紅葉ライトアップのうち、神護寺は数少ない三脚使用可能なところです。(他は東寺くらい?)

他の名所ではまだ見頃前の時期に紅葉が進むので、人も少なかったのですが、石段が無人となるまで1時間以上待たなければいけませんでした。

平日だともう少し空いていたのかもしれませんが。

    

高台寺

雨の日に訪問し、撮影の腕もないうえ、テレビのロケに遭遇して散々な出来となりました。

三脚禁止なのでAPS-Cには少し辛い環境です。

   

円徳院

高台寺と同じ雨の日の撮影で、南庭は撮影しやすいのですが、名勝北庭は書院に人が絶えることもなく、書院奥から庭の紅葉を撮影することはほぼかないませんでした。

そんな中、時間がある学生さんたちは、10時の閉門ぎりぎりまで粘って絶好の状態で撮影しようと座敷奥でずっと待っておられました。

三脚はもちろん禁止ですが、豆袋が役に立ちました。

  

平等院

紅葉ライトアップと鳳凰堂ライトアップ両方が楽しめますが、金土日祝限定で、6時開門なのに人が多すぎて5時半に開門している状況です。

南門から入る列は境内を4分の1周ほど取り囲んでおり、入るのに30分以上かかりました。

入っても、鳳凰堂正面や向かってやや右の撮影スポットには幾重もの人だかりができて撮影順を待つのも大変でした。

三脚禁止の中、池の周囲の低い杭を利用して長時間露光撮影をしたので、ここでも豆袋が役に立ちました。

もっとも、その2週間後、紅葉の盛り過ぎに行った知人によれば、そんなに混んでいなかったということなので、鳳凰堂を撮影したければ紅葉の盛りを避けて風が弱い日に行けばいいのかもしれません。

        

昼間も含めて、紅葉ではいい結果は残せませんでしたが、また来年、どこかでライトアップを撮影したいと思います。


■ 三島池と年末 中山辰夫

紅葉のシーズンが終わりました。今年も方々に出かけました。新規、再訪様々でしたが幸いお天気に恵まれ、光り輝く光景に出合えて満足でした。最後に訪れたのは湖北の米原市池下にある「三島池」でした。

池は北に伊吹山、南に霊仙山を配した農業用水池として今から約700年前に造られた楕円形のため池、規模は周囲約780m、面積約4万㎡です。全国で約21万か所あるため池の中から「ため池百選」に選ばれ、また伊吹山西麓地域として日本遺産にも登録されています。

 

車で行けば訳はないですが、JRで行くには多少不便な所。秋に訪れたい思いがやっとかないました。期待通りの光景を目にしました。

紅葉に染まった池面と周りが静かに雪のシーズンに備えている感じでした。この地域は12月、雪が三回降ると伊吹は雪の山に変化します。

マガジン発行の頃の伊吹山は初冠雪も終わり深い雪で覆われていることでしょう。

伊吹山の姿が池面に写しだされる光景は「逆さ伊吹」と呼ばれ、特に冬、雪を冠した逆さ伊吹の姿は一幅の絵とされ、その美しさは感嘆に値します。でも天候の影響が大きく、なかなかタイミングが合わないようです。

このあたりは昔から鳥獣や魚貝類が保護されてきました。1964(昭和36)年から鳥獣保護区に指定され、開発が規制されています。

日常の水位は50cm前後で、水質は清冷、多くの生物が生息し、水鳥や種々の野鳥が飛来し、マガモの自然繁殖も確認されています。

訪れたのは11月28日、マガモが主でしたが、今頃はマガモの数や、他の野鳥の種類が随分と増えているはずです。冬場が最も多く飛来します。

  

三島池周辺はゲンジホタルの生息地で、毎年6月に入ると多く見られます。整備が進み環境保護が地元民と共同で進められている様子が分かります。

    

ご婦人に出合いました。三日にあけず、食パン1〜2山を持って池を訪れます。鴨もよく慣れて待ってたように近づき、ご婦人が池縁に立つと這い上がってきます。

 

パンの取り合い、壮烈な争いが起こります。ご婦人には年ごとの四季の違いが手に取るようにわかるようです。訪れる野鳥の数にヤキモキされています。

このご夫人、健康維持に大層努力されているようで、池へ来るのも運動を兼ねてのこと。

一日の日課として、1=一回大声で高笑い、10=10人の人と声の掛け合い、100=字を最低100字書く、1000=活字を最低1000字読む、10000=一万歩歩く

以上を徹底して守っているとのことでした。廻りからも何かを継続して行っている話をよく聞きます。

私ごとで恐縮ですが、1月2日生まれのため、12月も15日が過ぎると年を重ね終えた気分になります。取りあえず目の前の傘寿を無事迎えることが目標です。

感心ばかりしていないで目標達成の努力を即実行と思いつつ、年末を迎えます。空約束にならないよう・・・・。

同じ場所も四季で様相がガラリと変化し驚かされます。感嘆する喜びをいつまでも味わえるよう元気でいたいと思います。


■ 今年の紅葉雑感  田中康平

紅葉ははもう街でも悉く散り寒波の波状的到来が続いている。

秋の紅葉と花が一斉に花開く春とどちらをよしとするか、これは昔からの話題であったようで、万葉集でも額田王の春秋判別歌(巻一)では 黄葉をばとりてそしのふ、秋山吾は と秋のもみじに軍配を上げている。そんな歌を持ち出すほどでもなく秋の紅葉は見逃せない。今年の紅葉はどうだったか。今年は福岡市からせいぜい1泊で行ける範囲での紅葉を巡ってみた。

まず10月の終わりに雲仙の紅葉はと仁田峠付近を訪れた。北部九州では紅葉でも有名なところではある。

ロープウエーの下から上のあたりがまずまずの見ごろだったが、無論東北の山々には及ばない、印象としては雲仙地獄めぐりの背景にちらちら見える紅葉の感じが良い。九州では紅葉はマスで圧倒してくる光景にはお目にかかったことがなく人の営みとの絡みのある紅葉がいいように思えている。

後は11月上旬に福岡市郊外の弘法大師にゆかりのある笹栗霊場の呑山観音の紅葉を観に訪れた。ここも紅葉ランキングにあげられる場所ではある。造園された紅葉の印象が強いがドウダンツツジの紅葉はちょっと面白い感じがするし、蕎麦がうまい。というよりどちらかというと蕎麦の方が印象深い。

朝倉の紅葉はどうだろうかと11月下旬には秋月城址にも出かけた。水害の影響は特には目につかない。ここの紅葉も名所の一つで人出が多いが背後の山には紅葉は全く見られず狭い範囲の紅葉だ。それなりには美しい。しかし秋山の紅葉というより参道の紅葉だ、規模がない、作られた紅葉の感がある。

久留米の近くの太原(たいばる)というところのイチョウの紅葉が地元紙のカレンダーにもなっていてインスタ映えするらしいと11月の終わりころに出かけてみた。銀杏をとるために植えられたイチョウのように見受けられる。敷き詰められた落ち葉とつながった黄色の世界が面白いがやはりしつらえられた紅葉で感動といわれると薄いものがある。如何にも九州の紅葉という感じでもある。

もう紅葉も終わりかと思って近所を散歩すると黄色いイチョウが赤いトウカエデの葉といい重なりを見せたりして公園の紅葉も十分美しい。額田王の歌にもある通り紅葉は手に取っても楽しめるところがよくそれは近くの公園でも同じことでむしろこちらの方が心を楽にして存分に楽しめるようにさえ思える。

紅葉はやはり自分の心を写して楽しむところがいいようだ。

写真は順に 1、2:雲仙仁田峠付近の紅葉 3、雲仙地獄の紅葉風景、4.呑山観音のドウダンツツジ、5.秋月城址の紅葉、6.太原のイチョウ、7.自宅近くの公園、8.自宅のイロハカエデ

       


■ SLサミット  蒲池眞佐子

「全国SLサミット in やまぐち」が山口市で行われる前日、3台のSLの公開が転車台にて行われた。

デゴイチの名でよばれるD51とC56、C57の3台だ。

3台も一斉にお披露目は京都鉄道博物館以外ではなかなかないのではないだろうか。

D51は経年69〜116年、C56は78年、C57は80年らしい。

D51−200号機は1938年10月、鉄道省浜松工場で製造、岐阜県を中心に中部地区で活躍、現在79才、この老体が山口市から津和野市までを走ることになり、お披露目となった。

さすがの人だかり、撮り鉄ではない私もバチバチと写真を撮る。

どうしてもこんなイベントは人が映り込んでしまうのが難点だが、これはこれで人気がある絵にもなるかなと思っている。

          

翌日のSLサミットでは俳優の六角精児さん、音楽家の杉浦哲郎さん、京都鉄道博物館副館長の藤谷哲男さんをパネリストに迎え、SLについてトークされた。

こちらも楽しい会話だったが、写真NGの為、ちょっと残念。

次の日のD51運行時には六角さんが一日駅長をやっていたが、これまた人だかりでチビの私から見えるのは人の背中ばかりで撮れず、こんな時、背の高い人はいいなーと思うのであった。

イベントにはもちろんゆるキャラたちも参加。

   


■ 器材への投資 川村由幸

来年は古希になります。そろそろ終活を意識しなければいけないと考えています。

持ち物を減らし、身辺をシンプルに保たねばなりません。

解っているのですが、又候新しいカメラが欲しくなり始めている自分が居ます。

現状保有の機材で不足な要因を明確に意識しているわけではないのです。

でも欲しい。物欲は限りの無いものなのでしょうか。

しかもただ欲しいというだけでなく、欲しいものに具体性があるので尚ややこしいのです。

まず、画像の品質という観点からだとCANON5DMarkⅣ。

アマチュアカメラマンが使用する道具としては頂点に位置するカメラと認識しています。

今、5DMarkⅡを保有していますから使い勝手も理解していると言えます。

難点は重たいこと、年寄りにはこれがとてつもなく堪えられないのです。現状もα6300に逃げているのも5DMarkⅡの重さに打ちのめされているからなのです。

では逆にうんと携帯が楽な選択はと言えば、それはCANON PowerShotG1XMarkⅢ。

重量は400gしかありません。APS-Cで2420画素ですから画質も期待できます。コンデジのフラッグシップです。

ただ、11月下旬に発売になったばかりでネットでもその性能評価の情報が多くありません。

ユーザー評価がどのように定まって行くのか注目しているところです。

最後の選択が上の二つの中間より少し5D寄り、SONYα7RⅡ。

私にとってこれの難点はレンズ資産が全くないということに尽きます。レンズもということになると投資額が大きくなり過ぎるきらいがあります。性能は5DMarkⅣに極めて近いと考えてよいのでしょうが。

最終選択は年が明けて暖かくなるころでもいいかなと考えています。こうして悩むことも楽しみです。

さて、何を手に入れることになるのやら、今のままということになるかも知れません。

 


■ 私の読書作法?  野崎順次

元来、私は活字中毒である。風呂でもトイレでも電車の中でも本がないと落ち着かない。ただし、最近は時事問題の解説、トーク番組、小説朗読の音声データをICレコーダーに入れて、会社の行き帰りに聞くことが多いので、少し読書時間が減ってきた。

それでも本を買う。会社の近くのビルに古本屋通りがあり、文庫本も豪華本も安く売っている。一番安いのは5冊420円で、けっこう良い本が並んでいる。昼休みによく行って買う。読むペースは買うペースの三分の一くらいだから、本がどんどんたまる。でも、古本は1回こっきりの出会いとなることが多いので、買ってしまう。

そのためかどうかは分からないが、いくつかの本を並行して読むようになった。夜、寝る前にある本を読みかけて、10分くらいすると、別の本が読みたくなる。寝つきの悪いときは、4冊くらい読む本を変えてから、また、最初の本に戻ることもある。そのようにして、現在、読みかけの本が10冊を超える。どんな本を読んでいるかによって個人の内面が分かってしまうかもしれないが、たいした内面でもないので、ご披露しよう。パーセンテージは読んでしまった割合である。

① シンパサイザー(上)(下)」ヴィエト・タン・ウェン 上岡仲雄訳、ハヤカワ・ミステリ文庫

53%。北ヴェトナムのもぐらスパイの独白である。英国人スパイ小説作家ジョン・ル・カレの饒舌と精密さを思い起こすような文章が緊張感を持続する。面白い表現が続く。例えば、引用は不正確だが、「えくぼの底が痛いほど微笑を続けた。」とか、「カントリーウェスタンは白人だけの音楽だ。」とか。ピュリッツァー賞とアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀新人賞の両方を取ったのもすごいが、その他にも多くの受賞がある。

② 「完本 梅干し日本刀」樋口清之、」祥伝社黄金文庫

80%。考古学者の比較文化史である。古来からの日本の知恵と独創の歴史とある。発掘考古学的では全くない。世界に誇る日本人の独創性とは、伝統と融通性のバランスと分かる。

③ 「犯罪の大昭和史 戦前」文芸春秋、文春文庫

70%。雑誌文芸春秋で記載された昭和の犯罪記録を編集したもので、そのうちの戦前版である。ノンフィクションだから、途中で読むのをやめて前後を忘れても、どうってことはない。ミステリの合間にお口直しに読むことが多い。

  

④ 「風来酔夢談」山田風太郎、富士見書房

65%。山田風太郎はとんでもない奇想小説を書いてきたのに、本人はさばさばとした大酒飲みで、まじめな家庭人である。いろいろな人との対談を通じて、その人柄が浮かび上がる。

⑤ 「空海の風景(上)(下)」司馬遼太郎、中公文庫

20%。司馬遼太郎の本はかなり読んできたが、これは難しそうだから後回しにしていた。最近、密教のことを勉強する機会があり、また、うちは高野山真言宗なので、読むことにした。割と俗っぽい表現が多いし、風景という言葉にこだわり過ぎという第一印象である。

⑥ 「甲賀忍法帖」山田風太郎、角川文庫

80%。伊賀と甲賀の忍者が10人づつ出てきてそれぞれ独自の忍法で対決する。その技に一応科学的な説明がなされるが、人知を超えた荒唐無稽さにびっくりする。若いころ読んだ感激を再度味わってみようと読んでいるが、さすがにしらけるときもある。

  

⑦ 「がん - 4000年の歴史(上)(下)」シッダールタ・ムカジ− 田中文訳、ハヤカワ文庫NF

35%。ピュリッツァー賞を取ったベストセラー、がんの「伝記」である。古代エジプトからその存在は知られていたが、細胞の異常増殖と判明したのは19世紀になってからだ。いつか高齢の私ががんに罹るかとおびえつつ、その歴史をたどるのはスリリングである。

⑧ 「黄昏に眠る秋」ヨハン・テオリン 三角和代訳、ハヤカワ・ミステリ文

35%。何かのミステリ上位に選ばれた作品で、北欧の暗い海辺の暗い失踪(殺人)事件である。少しづつ読んでいるので、なかなか、佳境に入れない。最後にはシャープなどんでん返しがあるような、ないような。とにかく、ある程度一気に読み進めるべきミステリーだ。

⑨ 「ドロ−ンズ・クラブの英雄伝」P.G. ウッドハウス、岩永正勝他訳、文春文庫

20%。ウッドハウスは英国で最も人気のあるユーモア作家である。登場人物はほとんど貴族という上流階級の上品なユーモアを楽しめるが、かれらの恵まれた境遇に嫉妬を覚えないほどよくできている。彼の翻訳本は8割近く持っているが、読んだのは、2割くらい。読み始めると面白いが、もっとピリッとした話が読みたくなってしまう。ドローンズ・クラブは男性貴族専用のクラブで、その若い連中が繰り広げるたわいもない「冒険」の短編集。

  

⑩ 「山怪 − 山人が語る不思議な話」田中康弘、山と渓谷社

30%。山村に伝えられる素朴で不思議な話がいろいろ語られる。狐や狸に騙されたとか。

現代社会の合理的な領域から外れるのは楽しい。

⑪ 「小沢昭一的東海道ちんたら旅」小沢昭一・宮腰太郎、新潮文庫

25%。小沢昭一独特の語り口による東京から大阪までの鈍行列車の旅行記である。以前に大阪から東戸塚まで鈍行で行ったときの読みかけである。今のところ、ベッドの横の本の山の中ほどにあるが、楽しい本なので手放す気はなく、いつかは完読する。

 


■ 看板考 No.60 「官公庁マリッジ」   柚原君子

「官公庁マリッジ」(消火栓標識に付いた看板)

所在地:東京都中央区銀座

看板を見上げてしばらく呆然としました(笑)。だって、消火栓のありかを示す赤いポールですからてっきり東京消防庁が建てているもの、つまり公共物のような気がして、それに婚活の看板がぶら下がっている!と思ったからです。

しかも「官公庁マリッジ」って、できすぎじゃなぁい?と呆然状態は続きます。

東京消防庁が庁をあげて官公庁マリッジ……つまり公務員が結婚をのぞむ婚活・コンカツ活動に踏み出したのか……消防庁の結婚できないお兄さん方が、共同で看板をかけたのかと思ってしまいました。銀座のみゆき通りの信号の角。振り返り振り返り信号を渡ったので轢かれそうになりました(笑)。

消火栓の有り場所を示すポールやそれに架かる看板については、ご存じの方もあるかもしれませんが、私はただただビックリポンで帰ってきたので、早速調べました。

建っているポールの正式名称は『消火栓標識』。一般社団法人 全国消火栓標識連合会(内閣総理大臣・府益担第2626号)が管理している物であると言うことが解りまました。全国にはそれぞれ別の組織があるようですが、東京の場合は江東区平野にあるとのこと。そういえば……昔江東区に住んでいたとき、このポールが地面いっぱいに寝かされている所を見たことがあるような……。

一般社団法人は利益を追求してもいいけれど株式会社のように分配してはならない、儲けは理事他の会員で分ける、というルールがあるそうで、需要が多ければなんだか美味しそうな職業のような気がします。

看板選別審査はあるそうで、医療関係の特に歯医者さん、それから質屋さんが多いそうです。道路上に出せるというメリットがあるので時間貸し駐車場や、マンション販売・賃貸などの不動産関係、パチンコ店などもあったりするそうです。

広告料はといえば、デザイン・看板製作代、作業代や税金などすべてを含めて、税別で一年間で大体65,000円。3年間が権利有りの期間だそうですが、中には30年も掛かっている看板もあるとのことです。

公道上に出せるのと、かなり安価な勘定になるので、看板を掛けたい競争率は激しいのではと想像できます。看板広告料は社員(会員?)の給料や、標識作成・維持・管理に充てているとこの社団法人のHPにありました。

消火栓は火急の時には絶対に必要な物で、遠くからでも見えなければなりませんし、もちろんその脇に駐車をすることは法律で禁じられています。そのくらい重要な場所を示す標識ですが、なんだか俗っぽい看板が掛かっていて面白いなぁと思いました。

ちなみに、消火栓標識にかけられる看板はタブーがあり広告全面を赤色、黄色、黒色にしてはならないそうで、当該看板はなるほどね、クリアーしています。ついでながら「官公庁マリッジ」は公務員と結婚したい人や、公務員自身の方々が登録できる事を特出とした民間の婚活の会社でした。

消火栓が必要になる火事は避けたいですが、すべての若者は恋の炎に身を投じて、結婚率をあげて頂きたいですね。この国の未来を維持していくためにも。


■ おばちゃんカメラマンが行く 両子寺@大分県国東市   事務局

 

今回は両子寺。六郷満山の中山本寺で、山岳信仰の根本道場だ。

往時には半島一帯に185の寺院、洞窟、僧坊を含めて800の大小の堂、また石仏、石塔が点在し、ほとけの里といわれる六郷満山仏教文化圏が開かれていた。ほとんどの寺院の開基は仁聞菩薩でAD718年開創だ。(HPより)

来年は1300年の記念の年となる。七不思議、パワースポット、子授けご利益。訪れる人の目的は様々のようだ。

  

参拝した日は12月12日、例年にない寒波が襲来し、前日の夜に雪がうっすらとつもり、観光客はほとんどいない。どんよりとした雰囲気が修験の場にぴったりだ。今回3度目の訪問だが、連れ合いはもっと訪問し、雪景色にテンションが上がって、足取りも軽い。足元ばかり見ているおばカメは、寒さと足元の悪さに撮影は二の次で、ちょこちょこついて回る。

護摩堂から鬼橋を渡り、奥の院へ。ここで十分と思うが、さらにお決まりのお山巡りが始まる。

   

奥の院から少し引き返すと鎖場があり、覚悟はあるのか?と試すように人を一瞬たじろがせる。

 

石仏などを横目に「針の耳」に着く。岩場に落ち葉と雪が重なり合い滑る。ちょうど針の糸通しの穴のように見える。狭そうだが、何とか通れる。穴の形がアートのようだ。

     

数々の大木が巻き付いた岩は圧巻だ。しばし森を歩き「鬼の背割」に到着。両子山に登らない人はここが終点。大きな切り立った岩の間をくぐる。

    

感動と達成感というよりは、期せずして、必要を感じない撮影修行にトホホである。足場が悪いのでキャノンのM3しか持っていかなかったが、大雑把な記録写真になってしまった。

雑念を払い益々修行に励むようにと仁聞菩薩様が導いてくださったのだろう。

なんじゃこれ〜申子子授け祈願袋

奥の院に厳かにというより、ポンと置いてあるつぎはぎだらけの年代物のきんちゃく袋、これは申子子授け祈願袋と言い由緒のあるものでした〜。

子供が欲しい夫婦が午の日にコメ一升三合三勺を入れたきんちゃく袋とお神酒、お供物と祈願料を添えて子授祈願をするもので、毎年午の日には大変な賑わいとなるらしい。

この袋のすごいところは、子供を産んだ事のある32人のお母さんから8〜10cmの端布をもらい自分の一枚を加えて33枚で、パッチワークで作ったきんちゃくなのだ。

今風のキャラクターものだったり、レトロな和柄だったり、相当気持ちがこもっているもので、ご利益もあり出産した子供を連れてお礼の御参りも欠かさないらしい。その土地土地で変わった風習があり驚かされる。


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Editor Yukinobu Takiyama

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