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大分県臼杵市 臼杵石仏 
Usuki buddas,Usuki city,Oita

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臼杵市大字中尾字ホキ143 五輪塔 重文 近世以前/その他 平安後期 嘉応2(1170) 石造五輪塔 嘉応二年七月二十三日の刻銘がある 19540917
臼杵市大字中尾字ホキ143 五輪塔 重文 近世以前/その他 平安後期 承安2(1172) 石造五輪塔 承安二年歳次壬辰八月十五日日次□□の刻銘がある 19540917
臼杵市大字深田字木原929-2 宝篋印塔 重文 近世以前/その他 鎌倉後期 鎌倉後期 石造宝篋印塔 19540917


Dec.2014 瀧山幸伸 movie



鍛治屋橋


March 4,2014 田中康平

大分県臼杵市大字深田字古園1936-3、中尾字山王山219-2、中尾字ホキ140-2、中尾字ホキ139-2

国指定特別史跡 特別指定年月日:1952.03.29(昭和27.03.29)
国宝(美術品)国宝指定年月日:1995.06.15(平成7.06.15)

臼杵市の西、臼杵川河岸の丘陵にあり59体が確認されている。製作者は不明、製作年代は平安後期から鎌倉にかけてと推定されている。頭部は丸く掘り出されており立体感がある。また施された彩色がうっすらと確認できる。
大日如来は以前首が下に置かれていたが平成6年の修理時に元の位置に復元された。

文化財等データベース解説文:
国指定特別史跡解説文:臼杵市の西方約4粁の距離にあたり、臼杵川の支流深田川を挾みて起伏する凝灰岩の丘陵に刻せられているもので、字古園・観音・木原・大日及び南津留村大字中尾字山王・ホキの地域にまたがっている。字古園に存する磨崖仏は、その北に対する丘陵にあり、いづれもその岩壁に仏・■等を半肉彫している。壁面並に彫像に亀裂を生じ、造像にも破壊毀損しているものがあるが、その数頗る多く、中にも古園の本尊大日の首部、及び■像、ホキの弥陀、觀音勢至の三尊、山王の隠れ地蔵の如きは優秀なものである。字観音に存する磨崖仏は、大日山の西南丘陵亭ヶ鼻の末端にあり、丘陵を穿って2個の■洞を作り、一洞には蓮城法師の坐像を、一洞には眞野長者夫妻の坐像を置き、共にこの地の磨崖仏佛群像彫作に関係している伝説を存する。字木原の磨崖仏は、亭ヶ鼻の東方低地、道路の傍にあり、凝灰岩をもって彫作している二王の立像で、その作は簡素である。字大日に存する磨崖仏は、俗に門前と称さる丘陵の末端にあり凝灰岩岩壁に仏佛・■等を半肉彫にしたもので、岩貭粗鬆の爲彫像の破壊が甚しいが、不動の立像及び脇侍二像は比較的よく保存している。 これらの磨崖仏は、ほぼ平安時代から鎌倉時代にわたって彫作されたものとみなされるが、中にも平安時代の作に見るべきもの多く、わが国におけるこの種の磨崖仏としてきわめて優秀なものであり、學術上の価値が特に深い。 なお日吉塔は木原にあり、阿蘇熔岩で作られた宝篋印塔で、その作精巧であり、鎌倉時代の遺品と認められる。五輪塔は南津留村中尾の丘陵上にあり、一基には承安二年の銘を存し、一基には嘉応二年の銘を存し、共に阿蘇熔岩で作られた供養塔である。
国宝解説文:臼杵石仏は、豊後地方に集中して存在する平安時代の磨崖仏のなかで最大の規模を誇り、かつ出来ばえが最も優れた石仏群として広く知られている。これらは丘陵斜面の熔結凝灰岩の露出した部分を開鑿して造られたもので、大略四群(古園、山王山、ホキ第一群、同第二群)に分かれており、いずれも比較的浅めの龕を穿って高肉彫の手法で計五九躯の仏体を刻み出している。その造営に関する史料は知られていないが、作風からみて、平安後期にその規模の大半をそなえ、鎌倉時代に一部追加されたと思われる。
古園石仏は丈六の金剛界大日如来像を中心に仏・菩薩・天部を左右六体ずつ並べる構成になり、その張りのある堂々とした造形や、中尊および菩薩の一体の頭部を完全に岩から離して丸彫りとし、各像とも岩層の足りない下半身の一部を別材から造り足す技法を用いるなど、石仏群中で最も注目すべき存在である。山王山石仏は丈六の如来坐像の左右に脇侍如来像を配する三尊で、やや素朴な作風は平安後期のこの地方における石仏造像の水準を示している。ホキ石仏第一群の第一・二龕はともに五尺を超える如来坐像三体を並置し、前者ではその左右に脇侍菩薩立像各一体が添えられている。同第二群第一龕は丈六の定印阿弥陀坐像に両脇侍立像を配する三尊像である。これらは温雅な藤原様式を示し、当代木彫像の優品に較べて遜色のない作行を見せている。
本石仏群は昭和三十七年に重要文化財に指定された当時、すでに経年による損傷が甚しく、頭部や仏体の一部を割落するものも少なくなかった。昭和五十五年度から平成五年度にかけて行われた美術工芸品としての保存修理によりそれらは小断片に至るまで母岩に接合復元することができ、四群それぞれ面目を一新した。その結果、龕の前面に仮に置かれていた頭部が復位された古園石仏の大日如来像をはじめ、これらの彫刻作品としての偉容の全貌がここに明らかになり、今回、国宝指定の運びとなったものである。

臼杵石仏

化粧の井戸、満月寺周辺石像






Dec.2011 瀧山幸伸 HD video

A camera

















B camera












Dec.2010 川村由幸

所在地:大分県臼杵市深田
訪問日:2010.12.11

四群五十九体の石仏が国宝に指定されている臼杵石仏。
平成七年に磨崖仏では国内初の国宝に指定されました。
平安後期から鎌倉時代にかけて制作されたと伝えられ、その数と美しい造形は他の磨崖仏を圧倒しています。
特に古園石仏の大日如来像は美しいお姿で臼杵石仏を代表する磨崖仏です。




Jan.2010 撮影:蛭田信次




Dec.2003 撮影/文:瀧山幸伸 

ガイドツアー
その1 Preview video 500Kbps High Vision Quality
その2 Preview video 500Kbps High Vision Quality
その3 Preview video 500Kbps High Vision Quality
その4 Preview video 500Kbps High Vision Quality

臼杵磨崖仏は国の特別史跡に指定されている。平安末期から鎌倉時代の作風様式ではあるが、年代は特定されていない。地上に落ちていた仏像の頭部を復位するなどの補修を得て、1995年石仏として初めて一群の59体が国宝に指定された。特別史跡と国宝を併せ持つ、大変価値が高い文化財だ。

臼杵石仏に限らず、臼杵市郊外から豊後大野市、竹田市にかけて、平地に多くの磨崖仏などの重要文化財や史跡が点在する。国東半島の山奥にある石仏群とは違うのどかさが味わえ、じっくりと時間をとって巡礼したい地だ。





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