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大阪府河内長野市 金剛寺
(Kongoji Temple, Kawachinagano, Osaka)

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河内長野市天野町996 金剛寺金堂 重文 近世以前/寺院 鎌倉後期 元応2(1320) 桁行七間、梁間七間、一重、入母屋造、正面向拝一間、背面一間通り三間庇、本瓦葺 棟札1枚 19000407
河内長野市天野町996 金剛寺御影堂 重文 近世以前/寺院 桃山 慶長11(1606) "桁行四間、梁間四間、一重、宝形造、正面向拝一間、背面向拝二間観月亭 桁行南面一間、北面二間、梁間一間、一重、東面向唐破風造、西面御影堂に接続総檜皮葺" 棟札1枚 19070527
河内長野市天野町996 金剛寺鐘楼 重文 近世以前/寺院 室町前期 室町前期 桁行三間、梁間二間、袴腰付、入母屋造、本瓦葺 19070527
河内長野市天野町996 金剛寺食堂 重文 近世以前/寺院 室町前期 室町前期 桁行七間、梁間三間、一重、入母屋造、妻入、本瓦葺、正面軒唐破風付、本瓦葺 19411106
河内長野市天野町996 金剛寺多宝塔 重文 近世以前/寺院 平安後期 平安後期 三間多宝塔、こけら葺 19070527
河内長野市天野町996 金剛寺楼門 重文 近世以前/寺院 鎌倉後期 鎌倉後期 三間一戸楼門、入母屋造、本瓦葺 棟札1枚 19070527
河内長野市天野町996 摩尼院 書院 重文 近世以前/寺院 桃山 桃山 桁行16.9m、梁間12.5m、一重、入母屋造、茅葺、四面庇付、本瓦及び桟瓦葺 19650529

Sep.2009 撮影/文 野崎順次

大阪府河内長野市天野町996
真言宗御室派大本山
天野山 金剛寺

撮影日: 2010年9月4日

金剛寺(こんごうじ)は大阪府河内長野市にある真言宗御室派の大本山である。山号は天野山(あまのさん)。
高野山が女人禁制だったのに対して女性も参詣ができたため、「女人高野」とも呼ばれる。

奈良時代に聖武天皇の勅願により行基が開いたとされる。
弘法大師(空海)も修行をしたとされている。
平安時代末期に高野山の僧・阿観(あかん)が金堂・御影堂などを建立し、再興した。南北朝時代には南朝方の勅願寺とされ、後村上天皇の行在所(あんざいしょ)ともなった。
また、北朝の光厳・光明・崇光天皇の行在所とされた時期もあった。
その後、戦火にも遭うことがなく、貴重な文化財が数多く残されている。

アプローチ

重文 楼門
重文 持国天立像
重文 増長天立像

重文 食堂(天野殿)
後村上天皇が当寺に行在中の6年間、この食堂を正殿として政庁に使用された。

重文 金堂(2009年より9年かけて大修理中)
1178年(治承2年)の建立、慶長年間に大修理で改造されたといわれている。本尊の木造大日如来坐像は脇侍の木造降三世明王坐像及び木造不動明王坐像とともに運慶作と伝わる。

重文 多宝塔
桧皮葺の塔で、わが国最古の形式を持つといわれる。

府文 宝蔵

府文 薬師堂

府天然記念物 千年杉 と 求聞持堂

府文 五仏堂

重文 御影堂と観月堂
真如親王真筆の弘法大師堂を祀る。金堂と同じ1178年(治承2年)の建立。

府文 閼伽井屋

府文 法具蔵

府文 開山堂

宮内庁 光厳天皇分骨所

府文 護摩堂

重文 鐘楼

重文 摩尼院書院(南朝行在所)

それから、

無量寿院など

本坊

河内長野駅あたり。たこ焼きが安い。高野街道の合流点。

参考資料
ウィキペディア「金剛寺(河内長野市)」
霊場参拝新西国三十三ヶ所HP

 

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