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大阪府大阪市都島区 藤田美術館
(Fujita Museum, Miyakojima-ku, Osaka City, Osaka)

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May 2012 野崎順次 HD video

大阪府大阪市都島区網島町

撮影日: 2012年5月3日

実業家で男爵であった藤田傳三郎(1841−1912)、その長男の藤田平太郎(1869−1940)、伝三郎の二男の藤田徳次郎(1880−1935)のコレクションを展示している。
藤田傳三郎は、西南戦争で巨利を得、「藤田組」を設立した、明治時代の関西財界の重鎮であった。骨董収集の面でも関西第一と言われ、その豪快な買いっぷりは伝説化している。
傳三郎の没後、昭和初期に藤田家蔵品の売り立てが3回行われ、この時売却された蔵品には、現在各地の美術館に納まっている名品が非常に多くみられる。
それでもなお、現在の藤田美術館には国宝9件、国の重要文化財50件を含む名品が5000点所蔵されており、藤田家コレクション全体の規模の大きさが想像される。

藤田美術館蔵国宝9件

紙本著色紫式部日記絵詞
絹本著色両部大経感得図 −二幅、絹本著色、
紙本著色玄奘三蔵絵(法相宗秘事絵詞)12巻
紙本墨画柴門新月図
曜変天目茶碗
仏功徳蒔絵経箱
花蝶蒔絵挟軾
大般若経(薬師寺経)387巻
深窓秘抄(百一首) 1巻

藤田美術館の所在地は、多くの蔵が並んでいた藤田家本邸の跡地である。明治半ばの建設時、関西で最大級の和風邸宅であった。敷地内には、本邸、西邸、東邸とあったが、東邸(現在の太閤園・淀川邸)と本邸の表門と蔵を除き、空襲で焼失。現在は、日本最初期の鉄筋コンクリート蔵を改装した建物が展示館として使用されている。藤田邸跡の庭園は、現在は大阪市立藤田邸跡公園となっている。園内に滝を配置するなど特徴のある庭園である。この庭園は戦後放置され鬱蒼とした森となっていたのを、JR東西線建設工事時に建設基地として使うために木が伐採され、東西線開業後は大阪市によって公園として整備されたものである。

美術館外観(藤田邸跡公園から見る)


美術館庭園

多宝塔(指定なし、桃山時代、銅板葺、一辺2.48m)は高野山の光台院にあったものを大正五年(1916)に藤田伝三郎が移築した。移築時に桧皮葺の屋根を銅板葺に変えた。

美術館内部の一部と「藤田傳三郎の軌跡」パンフレット

藤田邸跡公園

参考資料
現地説明板
ウィキペディア「藤田美術館」
日本の塔HP


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