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2008年10月28日 JAPAN GEOGRAPHIC 通信員 柴田 由紀江

どうしようかしら?
と迷った末、代表の瀧山氏に宛てて書いたメールの一文がこれでした。

 本日は、通信員募集のページを拝見しまして、
 > 写真では、「1点の芸術作品よりも10点の写実教育志向作品を」
 > 記録性を重視していますので、技量は問いません。
 との記述に大変勇気づけられまして、私の撮影した写真でも、 JAPAN-GEOGRAPHIC のお役に立てるかもしれないと思いご連絡させて頂くことにしました。

 春に我が子が進学し、早朝のお弁当作りや夜間の塾の送迎から解放され、ようやく自分の時間らしきものが持てるようになり、大好きだった近代建築を見学しに行く機会が出来始め半年を経た頃でした。
開発が進む事で景観が変わってしまう自然の風景もさることながら、明治から昭和の初期に建てられた近代建築は、安全面や維持費の問題などから、あっけなく取り壊しが決まってしまうことが少なくありません。
それを一つでも多く見ておきたいと思い、また許可された場所では写真に撮って記録を残す事にしました。
そうして撮り貯めた画像を、最初は大型モニタで見たりスライドショーのムービーにしたりと独りで楽しんでいましたが、JAPAN-GEOGRAPHICで目にした
「その価値が認められる適切な場もなく、死蔵される方も多いのです」
という一文にハッとさせられました。
確かに自分のサイトを起こす程のコンテンツ数はないですし、このままバックアップしたメディアやドライブが、50年後にきちんと見られる形で保存出来るのか?という気持にもなりました。
PC環境はこの15年で大きく様変わりし、機器同士の接続方法も、記憶媒体の規格もどんどん変化して来ました。
そんな中、もうドライブが壊れて開けなくなってしまったメディアが我が家には既に複数存在するのです。そして、
「 ほとんどの方の作品は一代限りで散逸してしまいますし」
との言葉で、夢にも思っていなかった可能性に気付きました。
一代限りじゃない保存? 私が撮影した写真が、私の死後も何処かに形を留めていく? なんて素晴らしい事だろうと思いました。
偉大な建築家が100年後の今でもその作品を遺し、それを収めた画像が100年後までカラー版の高画質で残ったとしたら、とてもロマンティックです! (すみません、自分の写真の技量は計算外です)。
勿論、瀧山氏をはじめ通信員の皆さんの素晴らしいお写真を拝見して、躊躇も致しました。
なにせ私は建築に関する知識も少ない上に、肝心の写真撮影は全くの素人ですし、正直自信無いなぁ、と。
それでも冒頭の文章に勇気づけられ、ご連絡を差し上げることに踏み切った次第です。

しかし、どうでしょう。
実際に JAPAN-GEOGRAPHIC のサイトに掲載された自分の写真は、自分のPCで見るより秀作に見えました。なんだか立派な作品に感じたのです。
もちろんそれらは洗練された JAPAN-GEOGRAPHIC サイトのレイアウトや、使い易い各種の検索機能、そして何より記載サイズの制限をしない潤沢なページ容量により齎されたものなのです。
実際に掲載された写真を目にするのはとても幸せでした。その上、
「楽しいコミュニティにも入れず、心豊かになれません。」
という言葉。 瀧山氏は毎回、私が写真を提出する度に温かいメッセージを返して下さり、やはり誉められると頑張ろうと思えるものです。
メールや掲示板での通信員さんとの情報交換も私にとってはとても安心できるものでした。
やはり、楽しいこともさることながら、信頼できるコミュニティであることが一番です。
しかも今後は定期的に通信員の交流会の機会を作って下さるそうです。
私も通信員の皆さんと実際にお会いして、情報を伺ったり撮影方法を学ばせて頂いたり、瀧山氏にもあれやこれや質問したい事が山ほどあり、交流会がとても楽しみです。

JAPAN-GEOGRAPHIC の通信員にまぜて頂いてまだ2ヶ月にもならない私ですが、撮影してきた画像をカメラのメディア内に置き去りで忘れていた、かつての自分とは少し変わりました。
帰宅後はすぐにPCに画像を取り込み、ピンボケを捨てたり通し番号を振ったり、マメに整理をするようになった事に自分自身驚いてもいます。
子育ては少し楽になりましたが仕事も親の介護もあり、そのうえ撮影には先方のご都合や天候など、思い通りにいかない事情もございますが、今後も時間を捻出して頑張っていきたいと思います。

経験の浅い私の、こんな拙い文章を最後まで読んで下さりありがとうございました。
JAPAN-GEOGRAPHIC の通信員として応募されることに、もしも自信が無くて迷いを感じておられるとしたら、是非とも勇気ある一歩を踏み出して下さい。
もしも面倒そうだからと躊躇なさっているとしたら、ご自分の作品の整理整頓をされる良い機会だとお考え下さい。


Dec.2013 私にとってのJapan Geographic JAPAN GEOGRAPHIC 通信員 川村由幸

Japan Geographicを知ったのは2006年、家内との旅行の情報収集でだったと記憶しています。
どこへの旅行を計画していたのかは、記憶が定かでありません。
どちらかというとJapan Geographicが動画に重きを置いていたと感じる時でした。
そして、そのコンテンツが日本の名所旧跡をほとんどカバーしていることに驚き、淡々とした記録の姿勢に感動したものでした。
その後、これもその経緯は失念してしまっていますが、2007年には画像の投稿を始め、2009年後半からは自身の投稿の記録をきちんと保存するようにもなっています。
通信員に入れていただいたのは、2007年私が58才の頃でしょうか。これも曖昧です。

あれから6年、Japan Geographicのおかげで写真撮影が自分の趣味として定着し、次はどこに撮影にでかけようかと思案する時間までも楽しんでいます。
画像・動画を投稿しだす前は、文化遺産や自然を訪ねても、ただ「美しい」とか「素晴らしい」とかで終わっていたものが、今は、その文化遺産や自然を四方八方から眺めるようになり、細部を撮影するためにすごく接近しても見るようになりました。
そうしてみると、文化遺産や自然が違って見えてきます。

Japan Geographicに投稿する画像・動画撮影のおかげで文化遺産や自然の観察の仕方が変わり、自分の感じ方まで変化したようです。
その変化は私自身を豊かにする変化で、とても心地よいものです。
そして同じ場所に幾度でかけても飽きることがなくなりました。
それは見方が変化したことで都度違う感動を得られているからだと考えています。

もちろん、良いことばかりではありません。
重いカメラ機材と三脚を担いで、古刹の急な石段を登るのはなかなかに厳しく体力が必要です。
厳冬時は金属部の多いカメラも三脚も冷たくて持っているのもいやになったりします。

でも、「非営利で自然と文化に関連する高品質な教育コンテンツを百年、千年先に伝える」というJapan Geographicの理念に共鳴し、自分の撮影した画像・動画が千年先の人々に見られるかもしれないと考えただけでワクワクするではありませんか。
このところ、取材場所の選定で苦労し始めています。
近隣で出かけていないところが少なくなっているからです。
活動範囲を拡大する必要があると感じています。
そしてまた、カメラと三脚を担いで新しい感動に出会いたいと思っています。 


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