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埼玉県横瀬町 寺坂棚田
Terasaka tanada,Yokoze town, Saitama

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Sep 19,2015 松田浩志 movie
 
埼玉県秩父郡横瀬町大字横瀬1846

『〜棚田復元までの道のり〜
昭和50年ごろまでは、大部分の多で稲作が行われており、昔ながらの田園風景でした。
しかし、時代の流れとともに減反政策や後継者不足などの理由から耕作放棄地が年々増加し、平成10年頃には、地権者約50戸の内、耕作する者はわずか4戸となり、雑草・雑木が生い茂り荒れ果ててしまいました。
武甲山を望む里山地域の無残な姿に、昔のようなきれいな寺坂棚田を復元しようという気運が、田の所有者たちの間で高まり、平成12年、埼玉県の中山間地域ふるさと事業で棚田の復元方法について農家や行政関係者などで話し合いを行いました。その結果、復元は農家だけでなく学校という形をとって都市住民とともに行っていこうという結論に至りました。
平成13年地元農家が中心となり寺坂棚田学校を開校し、まずは学校としての活動ができるよう、草刈りや抜根など、荒れ果てた他の整備から取り組み始めました。
平成14年、田の所有者を中心とする農業者19名が先生となり、応募による32名の参加者(生徒)とともに、有機無農薬、手植え、はざ掛けでの天日干しなど、昔ながらの方法で稲作を始めました。
同学校の活動が定着し、実績が認められるにつれ、鉄道会社、TVや新聞などによる広報の力もあって、多くの人々の共感を得るようになり、現在では、60名を超える県内外の都市部の住民が生徒として参加しています。卒業生を対象としたオーナー制度も行われ、すでに8割方の田が再生されました。
 こうした棚田学校の運営は、企画立案、雑草・雑木刈り、用水路・畔補修などの裏方作業を行う地域住民たちや、棚田指導者、地権者等の理解や協力をはじめ、多くのボランティアの方々の尽力で成り立っています。』
寺坂棚田学校(保存会)ホームページより転載


古代米:
『「古代米」とは、私たちの祖先(そせん)が栽培(さいばい)していた、いわば「古代の稲(いね)の品種(ひんしゅ)」が持っていた特色(とくしょく)を色濃(こ)く残(のこ)した
稲のことだと考えられます。そのなかでも、「赤米」や「紫黒米(しこくまい)(黒米)」「香り米」という、玄米(げんまい)に色や香りを持った米は、品種改良(かいりょう)の対象(たいしょう)にもならず、
現在でも日本や世界の一部の地域(ちいき)で栽培され続けています。「古代米」といっても稲なので栽培の基本(きほん)は通常(つうじょう)の白米の育て方と違いはありません。ただ、
「古代米」は全体的に稲の草丈(くさたけ)が長く倒(たお)れやすいので、肥料(ひりょう)は通常(つうじょう)の栽培の半分以下にしたり、密植(みっしょく)を避(さ)けるなどの工夫(くふう)が必要(ひつよう)です。
病害虫(びょうがいちゅう)や気象障害(きしょうしょうがい)に強いものから弱いものまでいろいろありますが、農薬(のうやく)が残留(ざんりゅう)しやすい糠(ぬか)が持つ機能(きのう)を生かした稲ですから、
低農薬で栽培する必要もあります。また、安定した収量(しゅうりょう)や品質(ひんしつ)を確保(かくほ)するためには、個々(ここ)の品種ごとの特性(とくせい)を知ったうえで栽培することもたいせつです。』
農林水産省ホームページより転載


No.1〜No.74
身近なところに棚田があるとわかりイベントのある前日に出向きました。駐車場の近くに
4,5人の地元のボランティアの人達が道案内をしたり、協賛金(200円以上)を集めたり、棚田の説明をしていました。
「今年の作柄は良かったが、一部イノシシの食害を受けている。ほとんど荒廃地になりかけていたが新住民も増え棚田に価値があるとの機運が高まってから種々の取り組みが始まった」とのことでした。
                                                                          

No.75〜No.84
収穫風景
 「狭い田はバインダー(収穫機器)を使っても頻繁に方向転換をしなければならないので腰に来る」とのこと。
          

No.85〜No.86
古代米
  

No.87〜No.96 
周辺の風景
          

No.97〜No.100
薬師如来堂
 横瀬小学校の敷地に鎮座。通りかかった人に伺うと「もともとは横瀬駅からの曲がりくねった道沿いにあったが、直線の道路が作られ
その時移転してきたとのこと。」町のホームページや横瀬小学校のホームページに見当たらず来歴は不明。
   

No.101〜No.107
 横瀬駅プラットフォーム
       

No.108〜No.118
 横瀬町から武甲山を望む
           


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