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滋賀県愛荘町 宝満寺
Houmanji,Aisho town,Shiga

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Jan.2014 中山辰夫

愛荘町愛知川泉町

寶満寺の細部資料・・・「近江愛知川町の歴史」より引用




Jan.2011 撮影/文:中山辰夫

愛荘町愛知川1562

真宗大谷派
本尊:大日如来
街道からは少し奥に入る。境内にある紅梅が有名とされる。
愛知川宿の中ほど本陣跡の西方にある。もとは大国寺と称した。
奈良町末期、光仁天皇(770〜780)の宝亀年間に僧知徳が開基した。
延暦5年(786)に豪族秦豊満が知徳の後を継いで豊満神社の別当となり豊満寺と改称した。

建歴2年(1212)8月、親鸞聖人が流罪の地越後から京都へ帰る道すがら、愛知川が氾濫して川を渡ることが出来なかった時にここに仮宿をもたれた。また大国寺に立ち寄って教化したので、この時から真宗に帰依することとなった。
境内にはその時、親鸞聖人お手植えした紅梅があり、今も多くの人が見に訪れる。

宝満寺と、左隣の八幡神社とその周辺一帯は戦国時代の豪族愛智秦氏の屋敷跡とされる。
寺の西側には、かなり大きな堀跡があり、「阿弥陀屋敷」という地名も残っている。文化5年(1808)6月、寺の背後の庭地から、古銭が、約1万枚も出土したしたという。秦豊満を先祖とする氏の一族波多野氏が館を構えていたとされる。
この寺には、親鸞聖人直筆の掛け軸が寺宝として保存されている。

山門
規模が大きく、意匠に見るべきものがある棟門(むねかど)で、19世紀前期の建立とみられる。

本堂
擬宝珠銘に文化6年(1809)とある。大規模場建築で、浄土宗本道の標準的な平面形式である。近江八幡市の本願寺八幡別院本堂や五個荘金堂町の弘誓寺と共通する構造が見られる。大規模浄土真宗本堂の姿をよく残す貴重な遺構である。





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