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東近江 五個荘 近江商人博物館
Higashiomi Gokasho Oumishonin museum (Oumi merchants museum)

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June 2010 中山辰夫 

東近江市五個荘竜田町583

「てんびんの里」五個荘は近江商人発祥の地とされる。
幕末から明治にかけて、天秤棒を担いで全国津々浦々まで行商に歩いた彼らは巨大な富を築いた。
現在に残る多くの有名企業や商社のルーツはここ近江にある。
どうして少ない元手で富が得られたのか、200年近く続く企業を創業できたのか、そのカギはここ近江商人博物館にある。

同館は平成8年4月、「近江商人」を教育の核にして、情報発信しようと「てんびんの里文化学習センター」3階にオープンした。
客の喜ぶ顔を心の糧に、全国津々浦々まで行商に歩き、やがて豪商へと出世していった五個荘商人たちの奇跡をたどる博物館である。
近江商人が育んだ土壌から、彼らの商法、教育、精神まで、近江商人の発生前史から隆盛期、永遠の未来へと続く近江商人の全貌をやさしい表現でわかりやすく紹介している。

中でも近江商人の「家訓」には、現代の閉塞感を打破するヒントがあるようだ。売り手よし、買い手よし、世間(社会)よしの「三方よし」などは偽装を行なった会社に聞かせてやりたい。
「目先の利益に迷わず、遠き行く末を見る」ことを説き、「売って悔やむようならば先々に利益有るなり」と説く。お客様に得をしてもらってはじめて「お得意様」になると説く。
寺子屋に通う人数が多く、算術普及率も全国平均をはるかに超えていた。優秀でなければ長男でも家を継がせない、社長であっても不適切な行ないが有った場合は分家の合議で隠居させるなど厳しいルールも働かせていた。
今すぐにでも取り入れるべきものが多く残されている、そのような情報が一杯並んでいる博物館といえる。

中世よりの商人の系譜の紹介や、幕末の動乱期に商人と社会との関わりなども興味ある展示である。


琵琶湖の東側に位置する五個荘町は近代日本経済の基礎を築いた近江商人のふるさとである。
白壁と舟板壁の蔵屋敷、そのそばを流れる小川のせせらぎ、そこには日本の()原風景」と文化遺産が息づいている。
天秤棒一本を担いで、一商人から大商人へと成長した足跡を振り返ってみる。

社会貢献について

今も生きる五個荘商人のスピリッツ「日本経済新聞 平成22年7月7日」

五個荘町商人
近江商人として全国に名をはせた多くの商人の出身地である。
中世には小幡商人が保内商人と覇を争い、近世初期〜昭和にかけては八幡商人や日野商人と並んで当町も多くの豪商を輩出した。
特に五個荘町商人は麻布などの繊維製品を中心に手がけ、その商圏は関東・長野など中山道沿いを中心に遠く北海道から四国・九州に及んだ。

参考資料《観光協会配布パンフレット、近江蒲生郡志、滋賀県の地理、近江商人の道、その他》




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