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滋賀県東近江市 瓦屋寺
Kawarayaji, Higashiomi city,Shiga

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July 2010 撮影: 中山辰夫

東近江市建部瓦屋寺町

宗派:臨済宗妙心寺派
本尊:千手観音
国指定文化財:千手観音立像

瓦屋寺に行くには
近江鉄道八日市駅から20分程歩くと表参道の登り口につく。ここから1250段余の石道を登ると境内。
八日市駅の西側の延命山麓にある松尾神社横の林道を利用したドライブ道からは門の前まで車で行くと門前。
太郎坊宮からは車で林道を走って門の前まで行ける。さらに山越えする往古の参詣道を辿る。

山裾の閑静な一角に寺域を構え、境内の奥に本堂、経堂、庫裏、地蔵堂、鐘楼など寺観を整えている。

表参道

箕作山(みつくりやま)の山中にあるため表参道からは1250段余の石の道をあるく。この石の道が素晴しい。
自然石が乱雑につまれているが、やわらかな、ときには荒々しい表情をみせる。この地域一帯にある湖東流紋岩である。

木々に囲まれた道はいつ登ってもこぼれ日が差し込むのみである。

自然石が重なる道 季節毎の景色が石にも映る

瓦屋寺正門 (林道側)

参道は結構な広さで、静寂の世界。木々の緑やもみじが美しい。

境内
境内やその周辺には古代祭祀の遺跡や磐座と見られる大きな磐が地面に生えたようにしてある。
中でも境内の「磐石岩バンジャクイワ」と呼ばれる三角岩は、神崎郡と蒲生郡の境界を示す裁面石であった。

本堂

鐘楼・地蔵堂・ほか

経堂

庫裏

石段を登った高台には「金色慈母大観音像」が建つ。

近くの展望台から見るモミジと遠景が素晴しい

正門から太郎坊宮や八日市市駅に行く林道。いずれも約2kmの距離である。

本尊:千手観音立像
国重要文化財
12世紀の作例で、天台宗時の遺品 像高:160.5cm 木造(カヤ材か 一木造) 素地 
疱瘡(ほうそう)に霊験あらたかであると信仰され、人々が芋を糸に貫いて仏前に献じたことから「芋観音」と称された。

石造宝篋印塔と奉籠舎利塔

由緒
「輿地志略」によると、聖徳太子創建の旧跡で、摂津四天王寺を建立するにあたって瓦屋寺山の土で瓦を焼成し、この地に
一寺を建立して瓦屋寺と号したとする。勿論聖徳太子建立説は中世の聖徳太子信仰の隆盛の中から生まれた俗説であるが
瓦屋寺山中から白鳳期以降の古瓦が多数出土ことは事実で、早くからこの地で瓦が焼成されていた。

当寺の境内およびその付近には古代祭祀の遺跡かとされる奇岩(磐座)が多く露頭し、また平坦な湖東平野のほぼ中央にあた
る瓦屋寺山が太古より信仰の対象とされてきたこと、山麓には後期古墳群があることなどから、かなり早い時期に寺院が建立され
た可能性が高い。

「東大寺三綱記」には寛平3年(891)奈良東大寺僧源仁によって再興され、東大寺末寺となったこと、僧房24宇・宗徒160で
あったことが記されている。
文禄年間(1592〜96)兵火で焼失し、堂宇も再建されずに荒廃したらしい。
近世初期、瓦屋寺の住持になった香山祖桂は当寺の荒廃を憂い、正保年間(1644〜48)美濃瑞竜寺(現岐阜市)にいた雲井
希膺を請い、堂宇の建立など当寺の復興に着手した。

近世当寺の経済的基盤の一つに祠堂銭の貸付があった。その始まりは延宝年間(1673〜81)以前とされる。
特に当寺を菩提寺とする彦根藩家老庵原氏を介して、18世紀後半から彦根藩の保護奨励を受けることに聖公した。
近世寺院の金融活動の実態や、藩の上級家臣と寺院の経済活動との具体的な結び付きを示す資料が残る。



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