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滋賀県彦根市 彦根城
Hikone castle,Hikone,Shiga

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彦根市金亀町1-1 彦根城西の丸三重櫓及び続櫓 重文 近世以前/城郭 桃山 慶長(1596-1614)頃 "三重櫓 三重三階櫓、本瓦葺 東北及び東南続櫓 各一重櫓、本瓦葺" 19510922
彦根市金亀町1-1 彦根城太鼓門及び続櫓 重文 近世以前/城郭 桃山 慶長(1596-1614)頃 "太鼓門 一重櫓門、本瓦葺 続櫓 一重櫓、本瓦葺" 19510922
彦根市金亀町1-1 彦根城天守、附櫓及び多聞櫓 天守 国宝 近世以前/城郭 桃山 慶長11(1606) 天守 三重三階、地下階段室・玄関付、本瓦葺 19510922 19520329
彦根市金亀町1-1 彦根城天守、附櫓及び多聞櫓 附櫓及び多門櫓 国宝 近世以前/城郭 桃山 慶長11(1606) 附櫓及び多聞櫓 各一重櫓、本瓦葺 19510922 19520329
彦根市金亀町1-1 彦根城天秤櫓 重文 近世以前/城郭 桃山 慶長(1596-1614)頃 中央部一重櫓門、両端二重二階隅櫓、両隅櫓背面続櫓、各本瓦葺 19510922
彦根市金亀町1-1 彦根城二の丸佐和口多聞櫓 重文 近世以前/城郭 江戸後期 明和8(1771) 矩折一重櫓、東南端二重二階櫓、各本瓦葺 19510922
彦根市金亀町1-1 彦根城馬屋 重文 近世以前/城郭 江戸中期 元禄(1688-1703)頃 東西棟、桁行25.2m、梁間5.9m、一重、入母屋造、井戸屋形附属、南北棟 桁行31,1m、梁間5.9m、一重、南面入母屋造、北面東西棟に接続、こけら葺 19630701

Mar.12,2017 瀧山幸伸

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Feb.20,2014 中山辰夫

冬木立の彦根城

遠景
             

濠と石垣
         

彦根博物館周辺
      

お馴染みの建物
      

玄宮園周辺
     

欅御殿周辺
     





July 9, 2013 川村由幸

滋賀県彦根市金亀町

小型の天守ながら国宝に指定されているだけ美しい天守でした。
内部でも、敷居の摩耗や天井の梁に歴史が染み込んでいました。

                                                                                                                                      




Jan.5, 2013 大野木康夫 HD video

二の丸佐和口多聞櫓とその付近

               

馬屋

        

内堀

    

彦根城博物館の「ひこにゃん」

       

登城口、登り石垣

   

天秤櫓

                         

太鼓門及び続櫓

            

天守閣

                               

附櫓

        

多聞櫓

    

西の丸三重櫓及び続櫓

                              

大堀切とその付近

   

黒門口へ下る道

      

黒門口

   

玄宮園

                  

玄宮園から見た天守閣

         






Apr.2012 中山辰夫

                                                                            




Feb.2012 中山辰夫

1月末から2月の初めは寒波の襲来で、全国に大雪を降らせた。彦根地方も、2月2日から3日に
かけて積雪量47cmとなり、12年ぶりの大雪となった。

   

彦根城は、明治初年、取り壊される寸前、明治天皇の北陸行幸に際して地元の訴えが取り入れられ
勅命で破壊が免れた。戦後、船橋聖一の「花の生涯」で関心が高まり、今も見学者が絶えない。

雪の城内
                

内堀にかかる表門橋を渡り、彦根城博物館として復元された表御殿前から坂道を上る。
     

☆ 廊下橋
鐘の丸と天秤櫓を結ぶ重要な門。巨大な堀切が設けられている。
もとは屋根があって廊下のようでこの名がついた。非常時には落とし橋となる。幅二間、長さ八間
     
右手の松の根元に、「鮒(ふな)ずしや 彦根の 城に 雲かかる 」と蕪村の句碑がある。

☆ 天秤櫓
国重要文化財
    

天秤のように左右対称になっている。秀吉の長浜城から移築したもの。彦根城だけの形式である。
樟材を使い、左右に二重の隅櫓をおき、三間と六間の多聞櫓があって、天秤のような形をしている。
    
石垣の高さは下から約12mである。左右の石垣は工人も、素材も別のようである。
二重櫓の屋根は、右側が棟入り、左側は妻入りと異なっている。

入口門
    

天秤櫓周辺のあちこち
    
橋の西側の石垣は江戸後期の改修による落し積み、東側の石垣は築城当時の牛蒡積み。
        

天秤櫓内部公開中
  

天秤櫓内部
        
窓格子は、弓や鉄砲で敵陣を広く狙えるように菱形板を使用している。

☆ 時報堂

城全体に響くようにと鐘の丸から移された。今も定時に鐘が撞かれ「日本の音風百景」に選ばれている。
幕末期に美しい音色にすべく大量の小判が投入された。左手は聴鐘庵という茶屋で薄茶が楽しめる。
    

☆ 太鼓門櫓および続櫓
国重要文化財
太鼓門は櫓門とそれに附属する多聞櫓から構成されている。本丸への最終関門にあたる重要な櫓門。
旧藩時代にこの楼上に太鼓を置いて、城内の合図に用いたのでこの名がある。
     

城門は両脇の石垣に渡された冠木(かぶき)
   

中央に両開きの大扉があって、北側の脇間には片開きの潜戸(くぐりど)が設けてある。
    

太鼓門の垂木が白漆喰塗の角形に対し、続櫓では波形に塗りこまれている。
   

彦根山自体の岩体で、自然の岩壁を利用している。
  

建物の背面が開放され、高欄付きの廊下となっており、櫓には大変稀な構造である。
        

☆天守
国宝

いくつもの破風を巧みに組合せ、美しい曲線の調和を見せる天守。
どっしりとした牛蒡積と呼ばれる石垣の上に三重の天守がそびえている。
京極高次が築いた大津城から移築されたとされ、慶長2年(1607)頃完成した。
     

☆天守を飾る工法・手法
千鳥破風と天守鬼瓦 
一重目の屋根は大入母屋で、千鳥破風と鬼瓦が飾る。千鳥破風は屋根の流れの上面に取り付けられた
切妻の破風。鬼瓦は、井伊家の家紋である橘をあしらったもの。
  

切妻破風 
一重目の屋根は大入母屋となり、その両袖部使われている。天守建物で切妻破風を用いる
ことは殆どなく、彦根城と讃岐高松城ぐらいとされる。
 

軒唐破風
唐破風は「唐」の字を冠しているが、わが国で創始された。左右両端が照り、中央部が起こっている。
これが軒先の一部に付けられると軒唐破風となる。
 

花頭窓
禅宗寺院の建築に用いられる独特の窓で、城郭では古代の天守に使われている。彦根城では
2階と3階に用いられている。曲線が美しい窓である。
  

牛蒡積
一見粗雑に見えるが実は堅固な石垣。天守閣のほか、天秤櫓の石垣も東半分がこの積み方である。
   

☆全方位の天守(大雑把な区分である)
東面
     

西面
        

南面
      

北面
    

☆鯱(しゃちほこ)
          
平成に入って取り替えられた鯱「二の丸佐和口多聞櫓に展示してある」
 

☆ 天守閣入口付近からの遠景

玄宮園付近
   
大洞弁財天付近
 
長浜港付近
 

☆天守の内部へ
      

天守一階内部
      

天守2階内部
        

天守3階内部
         

3階からの遠望
    

天守閣を出て西へ廻ると広場。西の丸跡である。イロハモミジや桜の木々が林立する。夏は涼が、秋には
紅葉が素晴しいところである。
    

☆ 西の丸三重櫓
国重要文化財
西の丸の南西隅の石垣上に建つ三重櫓
     

外観全景
     
10m以上にも及ぶ高い石垣の上に築かれている。建物子構成は桁裄6間、梁行6間の三重櫓を中心に、北と
東側に石垣に沿ってそれぞれ梁間4間の多聞櫓が接続している。

 
建物壁は白漆喰の大壁で、軒も白漆喰波形仕上げである。
窓は天秤櫓や太鼓門と違い、すべて枠や格子の木地を見せずに塗込縦格子の土戸。

櫓内部公開中
   

櫓各階の内部
            

☆二の丸佐和口多聞櫓入口付近からの遠望
(表御殿「彦根城博物館」の後方は天秤櫓と天守)
 

☆二の丸佐和口多聞櫓
国重要文化財
    
「いろは松」に沿った登城口の正面に佐和口がある。多聞櫓は長屋のような形が特徴。
佐和口の枡形を囲むように2回曲折する長屋となっている。

全景
       
内側は、扉以外には窓もなく、漆喰で塗り込められている。城外側は窓や狭間を多く設けた攻撃的な
壁面となっている。

多聞櫓内部
            

☆馬屋
国重要文化財
近世城郭内に残る大規模な馬屋として例がない。元禄時代に建てられ、常に十数頭の藩主用の馬が繋がれていた。
こけら葺の屋根が美しい。壁は上を大壁とし、下方を簓子下見板張(ささらこしたみいたばり)としている。
       

☆旧西郷屋敷長屋門
彦根市指定文化財
京橋口から入って左手の角地に建つ。旧西郷家の屋敷跡である。明治以降裁判所として使われている。
    

桁裄43.9m、梁間5mの入母屋造で、市内に現存する長屋門中最大のもの。正面の外観は旧形を保つ。
    

☆ 玄宮園
国名勝
城の北東にある大名庭園。中国の瀟湘(しょうしょう)八景にちなんで選ばれた近江八景を模して
つくられた縮景園。延宝5年(1677)に造営された。年間を通じて種々の催しが開催される。
    

全景
第一景
          

第二景
    

第三景
    

第四景
          

第五景
       

第六景
      

楽々園建造物
   

楽々園建造物保存工事中
期間:平成24年3月19日まで
   

玄関口
    






June 2011 酒井英樹


撮影:2007年3月〜2008年11月

 琵琶湖に近隣の山が迫った平地に立地し、交通の要所(中山道と北国街道の分岐点、現在でも隣市である米原市は名神道と北陸道、東海道本線[バイパス:東海道新幹線]と北陸本線の分岐点)として知られる湖東地域の中心地に建つ。速ければ京へ1日程度で移動できることなど戦略的拠点として重要であった。徳に戦国末期には天下情勢の趨勢を期する合戦(姉川の役・賤ヶ岳の役・関ヶ原の役)が繰り広げられている。
 豊臣時代は譜代の五奉行筆頭の石田三成が佐和山城[現在の彦根城の南に位置し、長寿院などが残る]に配置された。関ヶ原の役後、大坂には豊臣秀頼が存在し、西国には豊臣恩顧の諸大名が控える中、徳川政権の最前線となるこの地に徳川四天王(徳川四天王:酒井忠次[筆頭]・榊原康政・本多忠勝・井伊直政)の一人である井伊直政が譜代大名で最高禄高の18万石で配された。大坂の役後に徳川譜代は姫路[藩主:本多・榊原・酒井(雅楽頭宗家)]、福山[藩主:水野]を領するようになり最前線は西進するが、政権発足直後の不安定な時期に最前線を任されたのは関ヶ原の役で先陣の功を得た徳川精鋭軍[井伊の赤備え]を持つ井伊家が担った。
 井伊直政は慶長6年に佐和山城に入ったが、佐和山城は関ヶ原の役後の籠城戦で荒廃していたため、新城の計画がたてられた。
 直政は関ヶ原の役の戦傷が癒えずに慶長7年(1602)に死去したため、跡を継いだ井伊直継が湖岸に近い彦根城を築城した。工事は3期にわたり、政局不安な情勢下急ピッチで進められた。1期及び2期(慶長8年から慶長11年(1603-1606))は天下普請で施工した。しかし、後の大坂城などの天下普請とは異なり親藩・譜代大名(尾張藩[藩主:家康の4男松平忠吉]、越前藩[藩主:家康の次男結城(松平)秀康]など)を中心に12家が助役となった。第3期は井伊直孝が独自で御殿などを築き大坂の役直後の元和2年(1622)に彦根城は完成した。
 政情不安定な時期における最前線の城として短期間で築城する必要性や身内の助役のため工事費のコスト縮減の観点から佐和山城を初めとする近隣の城からの移築した建造物が多くなった。
 江戸期を通じて井伊家が城主を務め、禄高は加増を繰り返した結果、ほぼ倍増の35万石まで達した。(飛び地として遠くは現在の東京都大田区にも領地があり代官所(建造物は現存)が置かれていた。)大きな被災もなく幾度かの修理を経て創建時の建造物を伝えてきた。
 しかし、明治期になると不要な建造物は壊されたが、天守等は大隈重信の功により取り壊しを免れた。第二次世界大戦末期の空襲にも遭うことなく創建時の建造物5棟を現存し合計7棟の建造物が重要文化財(天守は国宝)、石垣等の保存状況もよく城跡が特別史跡に指定されている。
 また昭和62年(1987)に御殿(表向:外観のみ復元、奥向:復元)を再建し彦根城博物館を開館させている。

<天守>

 天守の部材に残る墨書によって慶長11年(1606)に完成したことが明らかになっている。独立天守で北西隅に附櫓が付き、これから東へ長い多聞櫓が連なる。北面の東寄りには玄関があって、石垣内の地下入口に通じる。外観は4面ともに唐破風や千鳥破風が多用され、複雑な様相を見せるが、構造的には入母屋造の上に二重の楼を載せた形で、これを軒先の変化で華やかに造形している。特に三重の軒に唐破風を使う意匠は現存最古の例である。また石垣上に土台を回らして水切板を伏せ、柱は太さの半分だけ内転びに立て、柱頂に桁と梁を組み回らして順次上層の柱を受ける方法がとられ、通柱を用いない。壁は大壁で軒まで塗籠めるが、腰回りを羽目板で覆い、外壁には栗石を詰めた。各階とも側回りに武者走りがあり、長押・建具で仕切られた2室が設けられている。窓は一重が突揚戸、二重と三重は花頭窓で、三重には高欄付きの縁があるが、これも各面中央部は軒破風の棟で切られているので装飾的なものである。外部の装飾も華麗で、鯱や棟紋瓦は金箔を押し、軒唐破風は黒漆喰に金箔金具を用い、花頭窓や高欄も漆喰を塗る。狭間は全て隠狭間として、石落しは設けていない。
 井伊家の記録によると大津城の天守を移築したとされるが、昭和30年(1955)の修理の際に柱・梁・桁等に前身建築物を移築した形跡が認められた。前身の建造物は4重5階で1階と2階、4階と5階に通柱を持つ真壁造の天守であったことが推定される。大津城天守は京極高次の居城で関ヶ原の役の前哨戦で西軍に攻められ、相当な破壊を被ったと伝えられる。京極氏の跡を継いだ戸田一西は直ちに膳所城を築いて移っていることから大津城は荒廃していたと想定されるため、部材の再利用に過ぎないと考えられる。

 三重三階、地下階段室玄関付、本瓦葺、塗籠、一重腰羽目板張、縁高欄、花頭窓
 桃山時代[慶長11年(1606)]

 [2007年3月撮影]

        

 [2007年11月撮影]
  

 [2008年8月撮影]
  

 [2008年11月撮影]
  

<天守附櫓及び多聞櫓>

 附櫓は天守東台地を固め、多聞櫓はその南方に連なる。独立天主に属する附櫓と多聞櫓の組み合わせの一例、多聞櫓は床高が高く外壁を塗下げる。

 各一重櫓、本瓦葺、塗籠、附櫓腰羽目板張
 桃山時代[慶長11年(1606)]

 [2007年3月撮影]
 

 [2008年11月撮影]
  

<太鼓門及び続櫓>

 太鼓門は天守入り口に構えられ、南面した渡櫓門に続櫓が東側に付く。櫓部分の床天守台地面にほぼ等しく、門は天守台石垣の内側から造られた石階段で降りる構造になっている。この門は登城時に鳴らす太鼓が置かれていたと伝えられ、格子建の窓以外は狭間も石落しは設けない。
 慶長時代の築城時に移築したと伝えられるが、その前身建造物は明らかでない。昭和31年 (1956)の修理で太鼓門の移築が確認され、前身の建造物が現状より一回り大きかったことがわかった。続櫓からは移築の形跡が確認できなかった。

 太鼓門:脇戸付櫓門、西端切妻造、東端続櫓に接続、本瓦葺、大壁造、軒塗籠
 続 櫓:一重櫓、入母屋造、本瓦葺、塗籠
 桃山時代[慶長年間(1596〜1615)頃]

 [2007年3月撮影]
 

 [2008年11月撮影]
  

<天秤櫓>

 天秤櫓は太鼓門から一段下った位置に東面して建ち、本丸への正面入り口を扼す。櫓の外側は高い石垣で、東方の鐘之丸と相対し、その間を石垣途中から頬杖柱支えられた木橋が架けられている。非常時にはこの橋を落とすことで本丸を守る要衝であった。
その独特の形状から天秤櫓と呼ばれている。櫓は石垣上に建つが、門は石垣を切り下げて構えられている。櫓の両端が後方に折れ曲がるコの字型平面で、両隅に各2重2階の櫓を載せる。隅櫓はともに方形で、一見左右対称に見えるが、北隅櫓が棟を南北に、南隅櫓が東西に置くため左右非対称の意匠を持つ。
 井伊家の記録では長浜城の大手門を移したと伝え、部材の一部に痕跡が認められる。瓦に長浜城主であった内藤氏の家紋を示すものが混在していた。嘉永7年で大規模な修理が施され、移築した部材がほとんど残っていない。また、石積みが積み直されたため、形式の異なる石垣が混在する(向かって右側が江戸初期の石垣、左側が江戸末期の石垣)。

 中央部一重櫓門、両端二重二階隅櫓、両隅櫓背面続櫓、各本瓦葺、塗籠
 桃山時代[慶長年間(1596〜1615)頃]

 [2007年3月撮影]
        

 [2007年11月撮影]
    

 [2008年11月撮影]
     

<西の丸三重櫓及び続櫓>

 西の丸三重櫓は西の丸の南西隅に建つ。三重の隅櫓の北と東に多聞櫓が取り付けた形で、三重櫓の三重四方と二重及び続櫓の外面のみに格子建の窓がつき、続櫓の内面に4戸の出入り口があって土戸を建て、隅櫓へはこの続櫓から板戸戸口を経て出入りする。隅櫓1階は入側柱と中央に中柱が立ち、2階は中柱のみ、3階は中柱もなく、各1室である。続櫓は棟通りに中柱が並び、大梁と束踏梁を受ける。ともに大壁塗籠で、外回りの建具は土戸を用い、三重櫓の一重と続櫓の外面に狭間が露わになっている点では、天守や天秤櫓と異なる。意匠は簡素で、実用的な建物である。小谷城から移築したと伝わるが、小谷城落城から時間が経過しており、この間近江の旧城は織田信長によって取り壊されていることから伝説の域を脱していない。また昭和35年(1960)の修理の祭にも転用材の痕跡が見つかっていない。筆頭家老の木俣家預かりで、陪臣(大名の家来)でありながら1万石の領地を所領する木俣家の政務場所として使用された。

 三重三階櫓、北東及び南東続櫓各一重、総本瓦葺、総塗籠
 桃山時代[慶長年間(1596〜1615)頃]

 [2007年3月撮影]
      

 [2008年11月撮影]
  


<佐和口多聞櫓>

 佐和口多聞櫓は二の丸の西端部にあり、外堀に面して折曲りに続く櫓である。かつて連なって建っていた佐和口門は明治初年に取り壊されその際に多聞櫓も取りつけ部の約1mが取り壊された。佐和口は搦め手に当たり、城構えとして大手の京橋口とともに重要な部部であった。井伊家の記録から元和8年頃には完成したと考えられている。その後明和4年(1767)には火災に遭い、明和8年(1771)に再建された。平面は稲妻形に屈折した形状で平櫓が連なって建ち、南端に二重櫓が接続する構造となっている。内部にはかつて棚のあった痕跡があり、平常時は倉庫として使用されていた。

 矩折一重櫓、東南端二重二階櫓、総本瓦葺、塗籠
 江戸時代[明和8年(1771)]

 [2007年3月撮影]
  

 [2007年11月撮影]
 

 [2008年11月撮影]
    

 佐和口多聞櫓内部

 [2008年11月撮影]
     

<馬屋>

 馬屋は佐和口門の内側から西に延び南に折れ曲がる建物である、南端部に門があり、かつてはさらに南に同様の建造物があった。現存部は馬屋として使用され南側は長屋であった。明和4年(1767)に佐和口多聞櫓が焼失した際に罹災したが多聞櫓の復興とともに修理されている。この際在来のこけら葺の上に桟瓦をのせたが、昭和42年修理の際にこけら板が当初のものと判明し、経年変化からみて元禄頃の建立されたと推定される。城郭の附属施設としての馬屋は、唯一の遺構であり貴重である。

 東西棟:正面25.2m、側面5.9m、一重、入母屋造、こけら葺
 南北棟:正面31.1m、側面5.9m、一重、南面入母屋造、北面東西棟に接続、こけら葺
 東端に仲間部屋1室、馬20頭を収容
 江戸時代[元禄年間(1688〜1704)頃]

 [2007年3月撮影]
   

 [2008年11月撮影]
   

 馬屋内部

 [2007年11月撮影]
  

 [2008年11月撮影]
  








Jan.2011 中山辰夫

滋賀県教育委員会資料 
        


Nov.2010 撮影:大野木康夫

JR彦根駅から西に向かえば、中濠の石垣が見えてきます。

   

さらに進めば左側に佐和口多聞櫓(重要文化財)、右側に佐和口門続櫓(復元)が見えます。

                

佐和口の桝形を抜ければ、正面に内濠、左手に馬屋(重要文化財)が見えます。
馬屋は特別公開中でした。

             

馬屋を抜ければ佐和口多聞櫓の裏側です。こちらも特別公開中でした。

            

内濠に向かい、表門橋から天秤櫓に向かいました。
内濠の東側、円弧上の石垣が印象的です。

     

表門山道を登ると、廊下橋と天秤櫓(重要文化財)が見えてきます。
天秤櫓は左右対称に近い建物で、大変美しいです。
ここも内部が特別公開中でした。

                           

天秤櫓から太鼓門櫓に向かいます。

      

太鼓門櫓(重要文化財)も特別公開中でした。

           

太鼓門櫓をくぐれば本丸で、天守閣(国宝)が聳えています。
大津城から移築された際、四層から三層に作り変えられたといわれており、ずんぐりとしていますが、多くの破風が設けられており、金の金具が光る唐破風と多数の花頭窓が印象的です。
本丸に数本あるモミジが紅葉してきれいでした。

                   

本丸から西の丸に向かいました。西の丸は紅葉がきれいでした。
また、西の丸三重櫓(重要文化財)も特別公開中で、琵琶湖の眺めが素晴らしかったです。
西の丸西側の山崎郭との間に設けられている大堀切も素晴らしい眺めでした。

                                     

西の丸から天守を望めば、天守とともに国宝に指定されている附櫓及び多聞櫓が見えます。

           

再び本丸に戻り、天守に登りました。
三層の天守ですが、急階段のため最上階から下りるのに行列ができます。
子どもの頃来た時は、今の整備された階段よりももっと段差が大きく、登るのも大変だったように記憶しています。

                    

紅葉の西の丸から、黒門山道を下り、黒門橋で内濠を渡って玄宮園に向かいます。
黒門口の素晴らしい石垣、内濠に映る紅葉がきれいでした。

                           

楽々園が改修中でしたが、玄宮園は紅葉が池に映えて美しかったです。

                        

夕暮れの内濠端を京橋口に向かいました。

              

旧西郷屋敷長屋門から桝形を抜けると、中濠にかかる京橋に出ます。

         

京橋から中濠沿いに西に向かいました。

        

滋賀大学経済学部で建物を撮影していたら日が暮れたので、内濠沿いに戻りました。

             

 


Nov.2010 野崎順次


彦根城お堀端ぶらぶら
(Walking along the moats of Hikone Castle, Hikone, Shiga)

撮影日: 2010年11月27-28日

彦根城マップ

  

1のコース
南西の大手門橋辺りから内堀の外側を北に行き、彦根西中学校の校門を左に折れて、中堀の外側を南に下り、石垣を慎重に登るネコを観察、さらに京橋を渡って場内に戻り、旧西郷屋敷長屋門を見た。

       

中堀の外側

              

石垣を恐々登るネコを発見。

               

後で上から見ると垂直に近い傾斜であった。

  

京橋口門と雁木(長大な石の階段)

        

旧西郷屋敷長屋門

      

2のコース
大手門橋あたりをうろうろ、その後、グランドを横切り、中堀の土手から天守閣を見た。

                                

3のコース
天守閣の東の下、屋形船乗船所に近い金亀児童公園あたりで、咲きかけの二季咲桜や最後の紅葉を楽しんだ
                      




二の丸佐和口多聞櫓(にのまるさわぐちたもんやぐら)
(Ninomaru Sawaguchitamon-yagura Turret, Hikone, Shiga)
重要文化財 

撮影日: 2010年11月27-28日

パンフレット、現地説明板、隣のお堀

    

建物外観、中堀沿いの登城道から近づき佐和口から左に回る。

                     

建物内部

                             



馬屋(うまや)
(Umaya, Hikone, Shiga)

撮影日: 2010年11月27-28日
重要文化財 

パンフレット、現地説明板、隣のお堀

   

建物外観、佐和口から左に回る。

             

建物内部

           


Nov.2010 柚原君子

                                                                    

 


Nov.2010 瀧山幸伸 HD video

A camera

彦根城外堀
                               

二の丸佐和口多聞櫓

                            


馬屋
              


B camera

                    
          
        
                            



May. 2007 瀧山幸伸 Preview video 500Kbps HD video Video FAQ

  

  

         
    

天秤櫓
Tenbi yagura
          

  

太鼓門櫓
Taikomon yagura
     

天守閣
Tenshukaku
                                   

本丸
     


西の丸
Nishinomaru
                                        

           


彦根城 天守閣内部
Hikone castle tenshukaku interior Preview video 500Kbps HD video Video FAQ


                






玄宮園
Genkyuen  Preview video 500Kbps HD video Video FAQ

                        

   

   

                                                       

        


彦根城下
Hikone castle and vicinity  Preview video 500Kbps HD video Video FAQ

     

                

            

馬屋
Umaya
                
 

開国記念館
Kaikoku kinenkan
                 

埋木舎
Umekiya
    
               
                    

彦根城博物館
Hikonejo museum
                                   

                        




彦根城下 本町 夢京橋
Hikone Honmachi yume kyoubashi  Preview video 500Kbps HD video Video FAQ

                                                            



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