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滋賀県彦根市 摺針峠
Suriharitouge, Hikone city, Shiga

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Nov.2010 撮影/文:中山辰夫

彦根市中山村

赤玉神教丸本舗を過ぎると鳥居本の宿も終わりに近づく。松並木を過ぎて、宿への入口案内を過ぎると中山道と国道八号線が分岐する箇所に着く。摺針峠の案内石碑が立つ所から上り坂となり、峠まで登ることになる。
道標には800mとあったがそれ以上歩いたに感じた。結構つらい行程であった。道中の両側には大木が点在していた。
見晴らしもよくないので、ひたすら登るだけであった。(車で登れる。)
昔から旅人を苦しめた難所で、難儀の末、峠にたどり着いて名物の「すりはり餅」をほおばりながら休憩した気持ちが分る気がした。
途中階段道があった。近道かと思い登ったが、中山道と合流した。

摺針大明神が祀られている。

望湖堂跡から見える朝妻港付近の琵琶湖

ここら当たりは中山村で、称名寺がある。後は下りとなって、番場宿へと向かう。

中山道の峠で、中世の資料には磨針峠と書かれることが多いとされる。峠を下りると番場宿で、同所からは番場宿と呼ばれた。
この峠はなだらかで磨針村の村落を形成しているが、西側は比較的急峻で、街道中の難所であった。しかし、その分峠からの眺望はよく、近江輿地志略には「眼前好風景なり。山を巡りて湖水あり。島あり。船あり。遠村あり。竹生島は乾の方に見ゆる。画にもかかまほき景色なり」と記されている。
江戸時代、この峠には「望湖堂」という大きな茶屋があり、旅人はここで絶景を楽しみながら「するはり餅」に舌鼓を打った。
参勤交代の大名や朝鮮通信使の施節、さらには幕末の和宮降嫁の際の当所に立ち寄っており、そのため茶屋といえども本陣構えで「御小休御本陣」を自称するほどであった。

昔、修学の士が、学半ばで自分の才能を諦め帰国の途中、ここに一人の老人が斧を摺いて針を作っていた。これを見て自分の努力の少なさを反省して都へ引き返したという。
この修士は弘法大師で、大師は “道はなお学ぶことの難からん 斧を針とせし人もこそあれ”
という歌を詠み、杉の若木を植えて神霊を祀った。摺針明神に「弘法大師お手植えの杉」という老木がある。



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