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滋賀県米原市 柏原
Kashiwabara,Maibara city,Shiga

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May 9, 2016 瀧山幸伸 movie

西から東へ

                                                    



Apr.2012 中山辰夫

柏原宿

JR東海道線柏原が最寄駅である。
北8kmに伊吹山(標高1337m)がある。柏原は「霊気を息吹く山」の南麓にあって、町並の長い静かな町であった。
    
伊吹山はどこからも見える。 町中には芭蕉の句碑が多く立てられている。
    

街なみ
柏原地区は、江戸時代の中山道六十七宿の六十番目の宿場で、近江中山道筋では規模が大きく、重要な宿場であった。
    
道路には、江戸時代から昭和30年代までに建築された建築物(切妻造瓦葺入町家、入母屋造草葺入民家)等が軒を
連ね全体として調和の取れた街なみを形成している。街なみは東西1.4kmほどである。
    
この街なみ全体を博物館として捉え、地区を象徴する旧家を活用した街づくりが進められている。
    
お土産店が一つもない街道の佇まいは喧騒を忘れさせてくれ、落着いた気分にさせてくれる。
   

柏原宿は、醒ヶ井宿と今宿宿の間にあって、古代の東山道に沿い、古くは太平記にもみえる中世からの宿駅で、美濃国との境をなす
宿であった。
中山道分間延絵図「文化3年(1806完成)」と慶長7年(1602)柏原村絵図(個人蔵)
  

旧中山道に沿って街なみを見てまわる。

中山道を右手に折れて本線をわたり、さらに700mほど行くと成菩提院(じょうぼだいいん 天台宗)がある。
寺伝では、最澄が弘治6年(815)に建てた柏原談義所(学問寺)に始まる。「別掲」
 

宿場時代の家の職業を表示しているのか、木札が取り付けてある。
東荷蔵跡、問屋蔵跡の表示がある。荷蔵は公用荷物引継ぎのための一時保管倉庫で、江戸時代の市場の中心で、問屋6軒があった。
     
西荷蔵跡
   

続いて煮売屋の木札がある。煮売屋は“おそうざい”を売るお店と思われる。
     

吉村公三郎の実家と医者宅の木札
  

町並が宿場らしい景観を呈し、旅籠が並ぶ。
一般の旅行者が利用した。
     
天保14年(1843)で、総家数344軒、本陣1軒脇本陣1軒、旅籠22軒あった。
旅籠「京丸屋五兵衛」
    


郷宿(ごうやど)跡「加藤家」

柏原宿でただ一軒現存する郷宿(ごうやど)跡の加藤家を特別に見学させてもらった。
郷宿とは、脇本陣と旅籠やの中間で、武士や公用で旅する庄屋の休泊に使われた。
    

通常の旅籠屋とは構えが異なり、上段の間をもつ書院がある。書院は広く建具も立派である。。
    

襖、欄間、釘隠しも凝っている。
   

奥庭も構えてある。
    

造り酒屋
切妻、平入の二階建 連子格子付 面影を残す遺構である。4軒ほどあったようだ。
      

伊吹艾(もぐさ)本舗の「亀屋左京店」
昔の面影を残す唯一健在である。創業以来350年を経る。亀屋には庭園もあり、諸大名や旅人に評判だった。
広重が「木曽海道六十九次之内 柏原」の「か免や」で描いた、あの福助人形はいまも健在とのこと。
   

かつては旅籠もかねていた。連子格子の二階屋で、「伊吹堂」の大額を掲げている。
    

現在の建物は文化12年(1815)のもの
   

艾を扱う店は10数軒あったようだ。全部の店が亀屋を名乗った。
 

艾は灸治に用いるもので、ヨモギの葉が原料である。日本の伝統的な治療薬としてその歴史は古く、別名「医者ごろし」と
呼ばれるほど高い評価を受けていた。
伊吹山は、古来、薬草の宝庫として知られ、数百種にのぼる薬草が生育する。伊吹艾となる良質のヨモギも産した。
「初旅は灸も支度の数に入り」と川柳に歌われるように、艾は旅の必需品であり、重宝なお土産ともなっていた。

秋葉山常夜燈
伊吹艾本舗のすぐ側をながれる市場川東詰北側に建ち、安永6年(1777)の銘文がある。
市場川の近辺に本陣、脇本陣があった。
 

日枝神社
祭神:大山昨命 創祀年代は不詳であるが、元暦元年と伝えられる。明治以前は、山王社と称せられた。
拝殿:入母屋造 間口二間三尺 奥行二間:本殿:1間社流造 間口一間三尺 奥行二間
      

柏原宿歴史博物館 (平成10年(1998)開設)
国登録有形文化財
染料関係で財をなした松浦氏の邸宅で,中山道に向けて三つの入母屋造妻飾りを重ねる重厚な表構えに特徴がある。
地棟墨書から上棟年と「大工頭梁西村豊太郎」が判る。旧松浦邸を修築して宿場の歴史資料を展示している。
    

豪壮な屋根組みに魅入る。
  

柏原銀行跡
明治中期から昭和初期まで開業。今の滋賀銀行の前身)
切妻、平入の二階建、連子格子付。面影を伝える遺構である。
   

御茶屋御殿跡
柏原銀行跡から少し先の交差点の一帯。現在御茶屋前という小字が残る。
  

天正16年(1588)、徳川家康の上洛の折の宿舎として、在地の土豪に西村勘介屋敷を使用したのに始まり、その後、元和9年
(1623)の家光上洛に際して御殿を建立。以後元禄2年(1689)に廃止されるまでの66年間、将軍休泊の御殿として機能した。
野洲市永原御殿、甲賀市水口御殿(水口城)、能登川の伊庭御殿とともに近江の四御殿である。
古い柏原宿絵図に描かれた「御茶屋御殿」個人蔵と柏原御殿之図(中川泉三氏原図)
  

その他の目だった建物
     

一里塚
通称仲井町と呼んでいる住宅内(北側)と中山道沿いに流れる天の川を隔てた土手上(南側)にあった。
北側は現在愛宕神社の登り口。
  

徳源院
御茶屋の北800mには、清瀧の集落があり、その西側の山麓に清瀧寺徳源院(天台宗)がある。
近江の守護佐々木氏信(京極家の祖)が、弘安9年(1286)に開き、一族の菩提寺にした。
本堂の裏山に京極氏の墓所がある。鎌倉から江戸時代までの一族の墓が並んでいる。
他に、佐々木道誉が自ら植えた道誉桜の大木や?葺の三重塔がある。
   

徳源院から500m南の丸山南麓には、北畠具行(きたばたけともゆき)の宝篋印塔がある。
北畠具行は後醍醐天皇に使えた公卿で、元弘の変(1331)に加わり、幕命によりここ柏原で、佐々木道誉に処刑された。
 

≪参考≫
滋賀県の伊吹山の南に位置したところに旧中山道の柏原宿がある。かつては伊吹艾で名を売っていたが、今では艾の
製造販売の店が一軒残っているだけである。
柏原村は古くは豊臣秀吉の蔵入地だったが、その後、徳川幕府の直轄地となり、本郷村にあった陣屋の代官の支配下
にあった。
そして江戸時代中頃の享保9年(1724)から大和郡山藩領となって神崎郡金堂村(五個荘町)の陣屋の代官の支配の
まま明治維新に至っている。 
慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いで勝利をおさめた徳川家康により、主要街道の整備が始まり、まず東海道が整備され
中仙道がこれに続いた。
よって柏原を通る街道は、鎌倉時代からは東山道、江戸初期は中仙道、江戸中期(正徳6年・1716年)からは中山道と
呼び名が変わっていった。
美濃の国から近江へ入った最初の宿が柏原で、そこから醒ヶ井、番場、鳥居本、高宮、愛知川、武佐、守山と続く。

柏原は国境の町であり、織田信長、豊臣秀吉等その当時の権力者達は必ず柏原で休憩したり宿泊したりした。
信長、秀吉は成菩提院を使ったが、徳川家康は柏原西部の土豪西村氏の邸を使った。家康が8回以上、二代将軍秀忠
も4回使い、元和9年(1623)三代将軍家光の上洛のとき、御茶屋御殿(柏原御殿)を建築した。
しかしこの柏原御殿は、柏原宿の整備、つまり本陣や脇本陣が完成したのと、上洛が無くなり不要となり、元録2年
(1689)に終止符をうち、解体されるまでの66年間この御殿は将軍の休泊施設として機能した。
天保14年(1843)の「中山道宿村大概帳」によると、宿駅の町並みが13町、家数344軒、人口1468人、旅篭22軒
本陣・脇本陣各一軒、人馬継立問屋場5ヶ所が存在していた。本陣・脇本陣ともその成立以来、廃止にいたるまで
当地の有力者の南部氏が世襲していた。 
柏原宿は中山道の宿駅の中では比較的大きいほうに属していた。
旧中山道筋には、江戸時代以来の旅篭の建物や古い商店が幾つか残っており、宿駅の名残をよく留めている。
市場川の橋を渡り西に下ると、伊吹もぐさを今も製造販売している「伊吹堂亀屋佐京店」がある。

伊吹艾はこの宿駅の名物で、「木曽路名所図会」にも「此駅は伊吹の麓にして名産伊吹艾の店多し」と記されている。
盛んな時期には十数軒のもぐさを商う店があった。
もぐさは旅の必需品であり、また旅のみやげものとして重宝がられていた。でも今はこの店一軒のみである。
切妻造り、白と黒のコントラストの漆喰の塗り込めの中二階建、平入り、桟瓦葺、格子がついていて、古めかしい
大きな看板が軒の上に揚がっていた。
形の整った見越しの松も手入れが行き届いていた。店内には大きな福助の像が置かれており、亀屋佐京店のトレード
マークになっている。江戸時代に歌川広重が描いた「木曽街道六十九次」柏原宿かめやの店頭風景と同じである。

この亀屋の松浦七兵衛が寛政の頃(18世紀末)江戸へ下り、吉原の遊女に「江州柏原伊吹山の麓の亀屋佐京の切り艾」
という唄を教えこみ、毎夜宴席でうたわせ、伊吹もぐさの宣伝につとめた話は有名である。 




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