JAPAN GEOGRAPHIC

滋賀県米原市 坂田神明宮

Sakatashinmeigu,Maibara city,Shiga
Category
Rating
Comment
General
 
Nature
 
Water
 
Flower
 
Culture
 
Facility
 
Food
 


Nov.2011 中山辰夫

米原市近江町宇賀野835-2 祭神:天照皇大神 豊受昆賣命

御神号悉軸が国重要文化財JR北陸本線坂田駅の南側、駅から2〜3分のところにある。

道路に面して鳥居が建つ。石橋を渡って参道に入る。参道の両側には石塔籠が並ぶ。

参道の両側には石灯籠が並ぶ。やがて参道はJR線路で二分される。

境内

拝殿

入母屋造軒唐破風付 間口3間 奥行2間2尺

中門・透塀

本殿

(内宮)神明造 間口1間 奥行5尺 : (外宮)神明造 間口1間 奥行5尺

後陽成天皇宸筆御神号懸軸

国重要文化財

由緒

垂仁天皇8年の御代、天照皇大臣を淡海甲可日雲宮より、此地に2ヶ年の間奉斎され、御分霊の旧社として、古より坂田宮又は坂田大神宮とも称し、坂田郡の総社として信仰が厚かった。

又、天皇の命をうけて、大御神鎮座の地を求めた倭姫命の御神徳を偲び、命を祀ったのが坂田神明宮の起源である。

当社は、彦根藩井伊家の崇敬厚く、享保18年(1733)、藩主直惟は社殿を造営し、神殿を寄進、以来社殿の修復等に費用を献じた。

又奥方より鏡、絵馬、家老以下神田の米、石燈籠を奉献された。

蹴り奴振り

天照大神を祀る坂田神明宮は、享保18年(1733)彦根藩主の井伊直惟によって造営された。

宇賀野の蹴り奴振りは、足をはね上げる所作に特徴があるが、これは直惟が参詣した際の行列の様子を模倣したものといわれる。

大正6年(1917)に道具・衣裳をつくり、5月1日、春の例祭に始まった。

昭和57年(1982)以降は、青年団が奴振りを行っていたが、昭和60年(1985)に保存会が発足し、現在に至っている。

 All rights reserved 無断転用禁止 登録ユーザ募集中