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滋賀県大津市 居初家
Isomeke, Otsu city,Shiga

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Mar.13,2017 瀧山幸伸 movie

                                                                    



Aug.2011 中山辰夫

大津市堅田2−12−5

居初氏庭園が国指定名勝である。居初氏茶室の天然図画亭(てんねんずえてい)は県指定文化財

居初氏は中世の琵琶湖の水運を支配してきた、地侍階級「殿原集」を構成する有力家。
刀根家・小月家とともに堅田の指導的な立場にあった。
この居初家には、「天然図画亭」と称する建物と庭園があり、天和元年(1681)頃に茶人藤村庸軒(ようけん)と地元の郷士北村憂安
の合作でできたものと伝えられている。
「天然図画亭」と命名されたのは、寛政11年(1799)、天台僧の六如(ろくにょ)による。
    

資料 滋賀県教育委員会発行
  

末広町のバス停から湖岸に向って歩き、突き当りを右へまがる。浮御堂からも近く、湖岸に沿う道を北上する。
居初家は通りに面して建つ。

浮御図画亭
県指定文化財

建屋の外観と周り
建屋・土蔵は通りに面して建ち、庭園は琵琶湖に向って広がる。
    

土蔵もさすがに大きい。
   

琵琶湖側から見た建屋
高く詰まれた石垣上に建ち、琵琶湖に面している。琵琶湖への出入も自由に出来たであろう。
    

29代目の当主・居初寅夫氏(30年前と現在)から説明がお聞きできた。
  

玄関に入ると三畳ほどの土間がある。置かれた提灯にある居初家の家紋が気になる。
   

天井は高く、頑丈なつくりである。使われている部材からも重みが感じられる。
  

上がり口に使われている床材がゴツイ。この部屋から見る庭園の景色が一幅の図画と称される。
  

天然図画亭(てんねんずえてい)
県指定文化財

平面図
 
天然図画亭は、桁裄10.9m、梁間5.1m、茅葺 入母屋造で瓦庇が付き、平入(ひらいり 横に平行した側面に入口のある様式)の建物。
中央に玄関と中の間 東側に客室と広い廻縁、西側に四畳半と仏間がある。内部は書院形式を取る。北面と東面に庭がある。
    

屋根の茅の押さえや樋は竹材である。このため10年ごとに取換えるようだ。
 

他にも竹材は多く使われている
    

「日本式」茶室は、渡り廊下で繋がる草庵形式のものが殆どだが、ここは居住機能としての一室をそのまま茶室にした。
茶を飲む以外のこともここでおこなう。
    

いわゆる書院式とよばれるもので、古くから残る民家は天然図画亭だけといわれる。床の間が清楚な書院造を引き締める。
    

茶室は、茶道具が客に見えないように、主室との間に低い結界がつけられ、主人の謙虚さがうかがえる構造になっている。
一畳の手前畳と手前座は向切逆勝手で珍しい。茶室からの眺めは、琵琶湖と対岸の雄大な景観を借景している。
        

古賀精里の書。江戸昌平校の教師
 

居初家庭園
国指定名勝

土間から出て、蔵と隣り合った露地が庭園へと導く。露地には御影石が直線的に、飛び石的に置かれている。
    

敷石の上をすすむといよいよ庭園の入口となる。敷石と大刈込の調和がみものである。
    

露地の直線を強調した敷石は、庭の入口から始まり、中央をぶっ通して湖岸壁まで迫る。途中から、直角に南に延びる。
露地全体を敷石が支配しているようだ。
    

庭園の飛び石、あられ敷、置石が絶妙の配置である。
    

大刈込みを巧に取り入れた枯山水庭園である。刈込みされた皐月・山茶花・まきなどが並ぶ。
      

刈込みの向こうに雄大な景色がある。茶室から湖東の山々や琵琶湖を一望できる
    

二本の松 
唐崎の松である。左は幕末に植えられたもので約150年、右は明治中期に植えられたようだ。
昭和初期まで「小唐崎」と呼ばれた樹齢500年以上の老松があった。度々この庭を訪れた小林一茶は、次の句を呼んでいる。
「湖よ松よ それから寿々(すす)み 始むべき」
    

松を植えたのは藤村庸軒と北村幽庵。二人は師弟の関係で、庸軒は茶道庸軒流の祖。江戸前期の茶人・千宗旦の高弟で
千利休の孫。居初家とは親戚で当時、堅田に住んでいた幽庵は庸軒の門弟。茶の水の鑑定や、料理・造園に通じていた。
二人は居初家十九代当主の居初市兵衛に頼まれ天和年間(1681〜84)にこの庭園と「天然図画亭」を合作した。
庭に植えられた大松を小唐崎と名付けたのは堅田藩主・堀田正高。茶席は居初家と交流のあった天台宗僧侶・六如上人が
命名した。黒松は「唐崎の松」や「浮御堂の松」と同種である。

何気なく置かれた手水鉢が周りを引き締める。鎌倉時代の宝塔の塔身を利用したもの。
   

湖族の郷で威容を誇った居初家の全景(引用)
  


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