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滋賀県大津市 神田神社(真野町) 
Kanda jinja,Otsu city,Shiga

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Sep.2011 中山辰夫

大津市真野4−7−2

祭神:彦国葺命(ひこくにふき) 天足彦国押人命(あめたらしひこくにおしひと)

国道477号線に入り、真野川を渡ったあたりから森が見える。そこが神田神社である。真野小学校が近くにある。
平地にあって、叢林こんもりと目立ち、結構な広さである。

およそ200年前、現在地より東の下河原に祀られていた神田神社が水害を避けるために現在地に移した。
参道には灯籠が、境内に六角石塔籠や石造宝塔が建つ。
毎年1月17日の幸在祭(さんやれ)や5月5日の稚児祭など、古式ゆかしい祭礼が行われる。

第五代孝昭天皇をはじめその皇子、天足彦国押人命とその三世の孫、彦国葺命あわせて須佐之男命をお祀りする。
彦国葺命は真野の遠祖で、その子孫が真野の入江の汀、神田(みとしろ)の地に神殿を建ててお祀りしたのが始まりで
地名により神田神社と称した。
普門の社を上社とし、当社を下社とする一体の信仰として成り立っていた。

境内を進む


参道には灯籠が立ち並ぶ。右側には社務所・不動堂、左側には鳥居があって、その先に境内社がある。

さらに進むと広場にでる。左側には絵馬堂があり、拝殿の後ろに本殿、境内社が建つ。

境内の全景である

拝殿
間口三間 奥行三間 入母屋造 まだ新しい。

本殿
一間社流造 間口一間 奥行一間 

向拝の組み物と装飾

本殿の組み物と装飾

二の宮

さんやれ祭り 1月 17日
この祭りは、字下河原に祀られていた神田神社を約200年前に水害を避けて現在地に遷したとき、すべての氏子が
松明を持って鉦・太鼓を叩き供奉(ぐぶ)したことに始まる。
松明の火に象徴されるこの祭りは、豊作祈願を行う予祝の火祭りとしての性格を持っている。
約160本余りの松明が境内に集合し、「さんやれ、さんやれ」のかけ声と共に神社に参拝。
祝詞の後に全員に神酒が配られ、8時40分頃には帰路につく。

由緒
当社は真野という地(大津市)にあり、その氏神である彦国葺命(ひこくにふきのみこと)を祀る。
延喜式神明帳という書物に載せられている旧滋賀郡にあった八社の中の一社。
彦国葺命は崇神10年(紀元前87年、第10代 崇神天皇の御代)に武埴安彦(たけはにやすひこ)が率いる賊軍を討つ功績を挙げられた。
(古事記に記載)
知勇、学才に優れた方で、今日は「厄除、勝運の神」と仰がれる
当社の創始は弘仁2年(811)創建、彦国葺命を祀るためその子孫が祠(ほこら)を建てたことにあると伝えられる
当社が鎮座する地は、伊勢の神宮(内宮)の神田(みとしろ)であった。
神田は伊勢の神宮(内宮)が全国に領有する土地のことで、御戸代(みとしろ)とも書く。
このような土地の領有は他の大社にもみられ、賀茂社(下鴨神社、上鴨神社)をはじめ、春日社、石清水八幡宮などがあった。
当社名 「神田神社(かんだじんじゃ)」 はこの神田に由来。「みとしろのかみのやしろ」とも云われた。(HPより)

真野
「まの」と訓み、大変古くから開けた神気ただよう素晴らしい土地の意である。万葉集をはじめ種々の和歌集に真野を詠んだ歌が
数多く見られるのも歴史上大事なところ由緒のある土地柄であることがうかがえる。





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