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滋賀県大津市 大津祭り
Otsu matsuri , Otsu city,Shiga

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Oct.11,2014 中山辰夫

平成26年度開催の大津祭 現在国の重要文化財の子弟に向けて調査が最終段階に来ている。
今年の大津祭は好天下で行われた。「ちまき投げ」や「からくり」を披露しながら、華麗な曳山が大津市中心部を巡行した。突然の雨から懸装品を守るためにビニールで屋根を覆う山もあった。大勢の人が山から放たれるちまきや手ぬぐいに手を延ばして掴み祭を楽しんだ。
大津祭曳山の特徴である「からくり」を中心にまとめた。

中央通理に集合した曳山13基

曳山巡行開始

西行桜狸山(さいぎょうざくらたぬきやま)

天孫神社に近接する鍛冶屋町は、大津曳山発祥の地である。今も宵宮に『曳山元祖』として飾られる。からくりを狸の腹鼓から西行桜としている。
からくり

古木から桜の精が現れ、枝の先端まで進み、底で舞を舞い、奥の西行と問答を行う。高さ2.5cmの桜の精が廻ったり、立ったり座ったりする仕草が愛くるしい。

湯立山(ゆたてやま)

途中から孟宗から湯立に替わったとされる。湯立は、湯立神事を表す。天孫神社に湯を捧げる形で、曳山の構造も神社の廻廊を模し、屋根も入母屋型である。
からくり

正面中央に巫女が笹葉の束を両手に持って立つ。右には禰宜が、左には鉦をもった飛屋が立つ。禰宜のお祓いの後、巫女が笹を上下して釜の湯をたて、飛屋は鉦を打ちながら左右に首を振る。湯をたてた巫女の手がはげしく上下され、最後に囃子方が湯に見立てた紙吹雪を舞わせ終わる。

西宮蛭子山(にしのみやえびすやま)

「宇治橋姫山」として成立するも、西宮蛭子に代わる。恵比寿は商買・漁業の神様として広く信仰される。
からくり

夷が鯛を釣るからくりである。曳山中央に恵比須顔の夷が座る。所望がはじまると、波がたち、二匹の鯉が上下に泳ぐ。この動きに合わせて恵比寿の頭が左右に動く。やがて一匹の鯉が釣りあげられ、対面の太郎冠者がタイミングよく、魚籠を捧げると釣り上げた魚がその中にはいる、に

月宮殿山(げっきゅうでんざん)

王宮新年節会の場面。皇帝が玉座に着き、廷臣が居並ぶ宮殿は金銀珠玉に飾られる。そこに鶴と亀が舞を舞い、千年万年の寿命を御門に捧げると帝も舞う。
からくり

曳山中央に皇帝。正面右手が亀の冠を付けた舞人、左手に鶴の舞人が扇を持って立つ。鶴亀は正面で両手を上下させて廻りながら向い合う。優雅さが漂う。

石橋山(しゃつきょうざん)

謡曲「石橋」に取材したもの。法師が唐天竺に渡り仏跡を巡歴。石橋の傍らで樵夫に出合う。容易に渡れぬと知る。やがて文殊の愛獣の唐獅子があらわれる。
からくり

曳山の中央に大岩があり。右手に奉仕が立つ。カラクリが始まると下から唐獅子が現れ、後ろ脚をはねたり、回転したりして、牡丹花に舞尉戯れる。

郭巨山(かつきょやま)

由来は「二十四孝」の一つ。郭巨は貧しい中母を養っていた。妻が子を産むと老母は大層可愛がった。子はまた出来る、子を埋めて母を養おうと、妻を説得し土を掘ると黄金の壺が出てきた。そこには「天賜孝子郭巨」などの文字がかかれてあり、孝行な郭巨を点が助けた話。
からくり

曳山の奥に郭巨が鍬を持って立ち、その前に盛り上がった土。右手に子を抱いた妻。地面を掘ると仲から黄金の窯が出る仕掛け。郭巨や妻の表情がみもの。


殺生石山(せっしょうせきざん)

謡曲「殺生」に由来した曳山。玄翁という僧が下野の那須野を通りかかると飛ぶ鳥を落とす巨石があった。そこへ女が現れ石の由来を語る。鳥羽法皇の頃、学芸に優れた玉藻前という美女がいた。が実は狐の化身で、日本に来て帝の命を縮め国を滅ぼそうとしたが、見破られ石となった。
女は自分こそが石塊と語り、夜になると真実の姿を見せるという。玄翁が石を供養すると石は二つに割れ、妖狐が姿を表すが、翁の法力で成仏する。
からくり

曳山中央に「殺生石」がある。正面右手に玄翁が座っている。カラクリは、翁が右手に持った法子をサツと動かすと岩が割れ、中から玉藻前が現れる。玉藻前は十二単を着、扇を持って岩の中に坐っている。持っている扇で顔を隠し、下ろすと玉藻前の顔が妖狐に代わる。この繰り返し。

孔明祈水山(こうめいきすいやま)

孔明祈水は、中国三国時代蜀の丞正、孔明にまつわる伝説である。諸葛亮、字孔明は劉備に三顧の礼をもって迎えられた軍師である。川に臨んだ孔明が、魏との合戦で、押し寄せる大軍を前に、水神に祈った所、大洪水になり、たちまち敵軍は押し流され、大勝利になったという。
からくり

曳山中央に、遺車に乗った孔明が座り、右手に羽扇を持つ。正面右に劉備の武将趙雲が鉾を持って立っている。カラクリが始まると波と渦が現れる。趙雲が鉾を下に突くように動かすと、波がくるくると回り、水が湧きあがる様を表現する。孔明はこれを見て大層に喜ぶ。

神功皇后山(じんぐうこうごうやま)

神功皇后は伝説上野人物。伝説で、身重の体ながら朝鮮半島に渡り帰国後応神天皇を無事出産した話が有名で安産の鴨様として信仰されている。
からくり

中央に大岩があり、正面右に甲冑姿で弓を持った神功皇后がたち、左手に武内宿祢が兜を持っている。岩の中から次々と文字が出てくる。文字が架かれるカラクリはここだけである。

源氏山(げんじやま)

紫式部が石山寺で『源氏物語』を執筆した場面と伝えられる。これに由来した曳山である。
からくり

大人形の紫式部が琵琶湖の湖面を眺める風情、右手に筆、左手に巻物を持ち高座に座る。その下に小屋、立木が現れ、岩屋から汐汲みの翁と娘、船尾漕ぐ船頭、牛車の一行が次々と現れ、左から右に消えてゆく。

龍門滝山(りゅうもんたきやま)

龍門滝は中国の故事に由来する。黄河の上流に魚も登れない程の急流な場所がある。もし鯉がこれを登れば龍となり天に昇るとされ登竜門の言葉が生まれた。
からくり

天井に延びる滝を鯉が登ってゆく様を表す。鯉は尾やヒレを動かしつつ登り、滝の上部で翼が左右に拡がり雲の中に消える。金色の鯉が竜と化す瞬間がみもの。

西王母山(せいおうぼざん)

「西王母」は神話的な仙女。館の武帝が宴を催し、出合った東方朔から西王母の桃を食べると寿命が長遠になったと聞く。その後西王母が現れ、桃の実を帝に奉り、舞を舞って天井に上る。
からくり

中央奥に西王母が座り、正面右に東方朔、左に桃の大樹が立ち大きな実がなる。この実が二つに割れ、桃童子が現れ、膝を上下したり、身をひるがえして舞い、最後には桃の中に戻り、桃の実が閉じる。愛らしい仕種である。

豬々山(しょうじょうやま)

謡曲「豬々」から取材された。夢のお告げで酒を商って豊かになった「高風」なる人が、いくら飲んでも酔わない客がいて名前を聞くと、豬々と答えた。高風は酒を用意して豬々とのみ、唄い舞うった。豬々は高風の人柄を褒め、汲めども尽きない酒壺を授けた。

からくり

曳山奥に豬々が、正面右に高風が立ち、中央に酒壺が置かれる。カラクリは、高風が手に持った酌で酒を汲み、豬々が左手の持った大杯でそれを受ける。酒が注がれる間、右手に持った扇で顔を仰ぎ、酒が注がれると、豬々はこれを飲み干す。そして杯で顔が隠れ、これを外すと、白かった豬々の顔が真っ赤に変わる。

曳山見物
町中の様子の一部。

国登録有形文化財―佐野宅やその他町家から、お互い見つめ見られての見物


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