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近江八幡 馬見岡神社
Oumihachiman Mamiokajinja

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Jan.2010 撮影/文:中山辰夫

近江八幡市馬渕町1812
主祭神:天戸間見命・天津彦根命

バス停岩倉の東側の山を岩倉山といい、その山麓に馬見岡神社がある。
地名の通り、山上には磐座(いわくら)があり、山腹には岩倉山北古墳群・南古墳群・妙感寺古墳・神社前方の水田中には岩倉古墳 ラカン塚古墳・トギス塚古墳・住蓮坊古墳・供養塚古墳、など5世紀中頃から7世紀代の古墳がまとまってあり、篠田郷の奥津城(おくつき)の観がある。
とりわけ、この地の開発は早く、馬渕には条理遺制の坪名が数多く残り、蒲生郡家の所在も推定されていることなどから、有力な古代豪族がいたことを推定させるとともに、この神社の古さが伺われる。
延喜式神名帳に列する馬見岡神社は当社であると伝える。
宝暦13年(1763)社殿を造営する。

毎年5月1日から5日には、四村の祭礼が行われる。
馬身岡神社を中心に、岩倉の諏訪神社、馬渕の八幡社、そして千僧供の椿神社が村々の結合のために合同で執り行われる。
この祭礼は、六百年前の中世時代の宮座の様式を忠実に伝え、現在でもそのままに慣行しているという誠に珍しい貴重な歴史資料として注目されている。
本殿・拝殿以外の主な建物:中門透塀、社務所 境内社:2社
社宝に、国重要文化財である平安時代の仏像を多数有している。

拝殿
間口五間三尺、奥行三間三尺、入母屋造千鳥破風付

本殿
一間社流造、間口一間三尺、奥行一間

岩倉山
岩倉山からは近世初め、御影石が砕石された。
馬渕の石工たちは、大阪城築城の際にも活躍し、それを示す桃山から江戸時代にかけての「石工文書」が地元の恵比須講で保存され、供養塚古墳出土の短甲・刀剣も千僧供町で保管されている。

社宝
平安時代の作 国重要文化財
木造天津日子根命坐像(あまつひこ)
木造女神坐像4体
木造僧形神坐像2体
木造天戸間見命坐像(あまのとまみ)

参考資料《近江蒲生郡史、滋賀県歴史散歩》






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